362、モモ、振り返る~生まれた場所は違っても、感じた気持ちは似てるはず~後編
桃子達の後ろにも馬や馬車が五台ほど距離を取って並んでしまっている。遠目にもドラゴンが道を塞いでいた様子が見て取れたのだろう。こちらの様子を聞きたそうに伺っているようだ。でも、こちらの物々しい警備態勢に警戒しているのか、誰も近寄って来ない。ごめんよ、もうすぐ進むからね!
「話しを聞きに行こう。モモ、念のためにポシェットは護衛騎士に預けておくといい。──ユノス!」
「はっ、お呼びでしょうかバルクライ殿下」
桃子は駆け寄ってきたユノスさんに、ポシェットの紐を外して差し出す。
「ごめんね、ちょっとだけこれを預かってくれるかな?」
「お任せください。万が一を想定し、一番足の速い馬に乗る護衛騎士に持たせます。これから飼い主に事情をお聞きするのでしたら、私を含めて数人がお供しても?」
桃子が返事を返す前に、弓を下ろしたルクルク国のエテミティさんも近づいてくる。
「お待ちください。でしたら、こちらからも何人かお付けしたいのですが、いかがでしょうか?」
桃子はバル様に確認しようとして、少し考える。ここは私が答えた方がいいのかな?
ルクルク国の人がいるのに、バル様ばかりに頼っている姿を見せちゃうのはよくないかもしれない。きっとダメだったら止めてくれるはず! 結局心の中ではバル様を頼りにしながらも、桃子は二人に答えることにした。
「ありがとう、二国の騎士さんが守ってくれるなら安心だね」
そう言いながら、バル様に視線を向ける。この答えでいいかな? バル様から頷きが返る。
「モモの安全が第一だ。──エテミティ殿のお気遣いに感謝する」
「お客人をお守りするのは我等が使命です。どうぞ私達のことも遠慮なくお呼びつけくださいませ」
「それじゃあ、旅の休憩時間にエテミティさん達にも会いに行っていいかな? ルクルク国の人達ともお話ししたいの」
「ええ、もちろんです。喜んでお話しさせていただきますよ」
エテミティさんが上品に微笑む。眦が下がると凛とした顔立ちが女性的な表情になる。ちょっとずつ仲良くなって、ルクルク国につく頃には二つの国を交えてお茶が飲める関係になれてたらいいよねぇ!
そんなそんなことを想像しながら、桃子はバル様の元に走り寄る。そうして、両国の護衛を連れてドラゴンと飼い主の元に向かった。
飼い主であるおじさんは恐れた様子で、バル様と桃子に向かって深々と頭を下げる。
「なんとお詫びすればいいか……っ、ご身分の高い方々とお見受けいたします。うちのドラゴンが通行の邪魔をいたしまして、申し訳ございません。なんでも差し出しますので、ドラゴンと私の命ばかりはどうかお見逃しください!」
「頭を上げろ、元より命を取るつもりはない。ただ、状況は正確に知る必要がある。そのドラゴンは普段から主の命令に従わないのか?」
「普段はここまで聞き分けが悪い奴ではありません。休憩場所を通行の邪魔にならない森の中にしようとしたところ、目測を誤りまして道の真ん中に降りてしまったのです。移動させようとしたのですが、なぜか言うことを聞かず……」
「では、どうして今回は言うことを聞かなかった? 理由に心辺りはあるか?」
「とんとわからんです。普段はうちの子供達にもよくなついていますし、このようなことは一度もありません。この鐘にも素直に従っています」
おじさんはほとほと困り果てた顔をして、首飾りにしている小ぶりの鐘を人差し指と親指でつまんでみせる。
それは今の桃子の手でも振れそうなほど小さな銅の鐘だった。表面がつるつるしていてシンプルな作りだけど可愛い。
桃子が興味を持ったのがわかったのか、ユノスさんが説明してくれる。
「モモ様は初めて見るものでしょうか? あれは【ドラゴンの鐘】と呼ばれるもので、音が鳴る部分に呼び寄せたいドラゴンの鱗を加工したものが入っているのです」
「それじゃあ、鱗はどうやって手に入れるの?」
「ドラゴン自身が信頼した者に対して与えます。無理やり取ったものや、拾ったものを使っても従いませんので」
なるほど! じゃあ、あのおじさんとドラゴンの間にも信頼関係があるってことだね! 動物と心が通じる関係って素敵なの。
「モモ様はドラゴンにご興味がおありですか? ならばルクルク国でもお見せできますよ」
「そうなの? ルクルク国のドラゴンはジュノール大国とは違うの?」
「ええ。我が国は年中夏の気候です。そのため、熱さに強いドラゴンが生息しており、騎獣用に軍で飼育もされているのです」
「そうなんだ。じゃあ、騎獣用のドラゴンにも鐘があるの?」
「ふふっ、いいえ。鐘を作るのは運搬などの職業を担う者達が大半ですね。というのも、騎獣として存在するドラゴンは獣騎士の命令に必ず従うように訓練されているので必要がないのです。それに、知能が高いドラゴンほど矜持も高いので滅多に鱗を差し出したりはしないのですよ」
「そうなんだ。ドラゴンも人間と一緒でそれぞれ違うってことだねぇ。──あのね、バル様、そのドラゴンさんのことなんだけど、単純に飴が好きってことはないかな?」
「なに?」
「へっ!?」
バル様とおじさんが驚いたような顔をした。桃子はドラゴンさんを見上げる。その目には純粋な好奇心が満ちていた。その姿が孤児院の幼い子供立ちの姿とかぶる。うんっ、やっぱり悪いドラゴンじゃないね! 桃子の中で五歳児も白い紙に『むざい』とひらがなで書いて掲げている。
「そうか。お前の子供はモモと同じ年くらいか?」
「はいっ、おっしゃる通りです」
「ならば、そのドラゴンがモモをお前の子供だと思った可能性があるな。ここからはオレの推測となるが、おそらく普段から子供がドラゴンに菓子を与えていたのではないか?」
「い、今まで考えたこともありませんでした。たしかに、子供達が飴を分け与えていることがあったような……。──お前、飴が好きだったのか?」
「ギュルッ」
おじさんが右手を上げると、ドラゴンが高い声を出しながら甘えるように頭を下げた。手の平にすりっと擦り寄っている。この反応を見る限り当たりかな?
おそらく間違って下りた場所に、たまたま甘い飴を持った幼い桃子が居合わせたことが原因だったのだろう。
「原因がわかってよかったよ。これで一件落着なの。あっ、そうだ! みんなちょっと待っててね」
「モモは動かなくていい。──ユノス」
「はい、お任せを。──すぐにモモ様のポシェットをお持ちしろ!」
桃子が駆け出す前に、考えを察したのか、バル様がユノスさんを見た。心得たようにユノスさんが部下に命を下す。すると、お兄さんが足早に駆け寄ってきた。
「モモ様のお荷物をお持ちいたしました」
「ありがとう」
護衛騎士のお兄さんが片膝をついてポシェットを捧げ持つ状況に、内心どぎまぎしながらも桃子はなんとか笑顔を保つ。おおぅ、なんだかすんごく畏まられてる! こんなお世話をかけちゃって申し訳ないけど、今は加護者の立場だから、こういう状況にも慣れないとねぇ。
さっそくポシェットを開いて中から飴を二つ取り出す。そうして、おじさんにグーにした拳を向ける。
「な、なんでございましょう……?」
「あげるの。ドラゴンさんとおじさんで仲良く分けてね」
「えっ、ですが、なにか私に罰は……?」
「今回は偶然の事故であると判断した。従って、特に罰を与えるつもりはない。ただ、今後同じような状況にならないように、ドラゴンの操縦はよくよく熟すことだ」
「なんとっ、ありがとうございますっ! 寛大なご判断に感謝しかありません」
「よかったねぇ」
おじさんが目を潤ませながら頭を下げる姿に、桃子はにこにこした。バル様なら絶対に公平な判断をしてくれるって思っていたの。
バル様が桃子を抱き上げてくれる。
「問題は解決したな。先を急ぐぞ」
「うんっ! ──バイバイ、おじさん。ドラゴンさん」
桃子が手を振ると、バル様が馬車に向かって歩き出す。その背中におじさんが震える声をかけてきた。
「私はカガナイ村のイリクと申します! ぜひお二方のお名前をお聞きかせください」
桃子が口を開こうとすると、バル様に人差し指で唇をつつかれた。ダメってこと? 目で聞くと頷きを返される。その代わりにユノスさんが答えてくれた。
「控えよ! こちらの方々はジュノール大国第二王子バルクライ殿下であられる。そして、もうひと方は加護者モモ様だ」
「なんとっ、そのようなご高名な方々だったとは……っ。寛大なお心はけして忘れません!」
「今後も、ドラゴンの信頼を裏切らずに暮らすことだ」
バル様は背中越しにそれだけを言うと、今度こそ馬車に向かって足を進める。
私にも仲良しなドラゴンさんが出来たらいいなぁ。出だしからプチ事件に巻き込まれたものの、桃子達の旅は再びゆっくりと進み始めたのであった。




