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361、モモ、振り返る~生まれた場所は違っても、感じた気持ちは似てるはず~中編

「もしかして、バル様はそれがイヤだった?」


「……あの当時は、その感情がどういうものなのか理解していなかったが、今ならわかる。兄上と一緒に義母上の鍛錬を受けられて、オレは楽しかったのだと思う」


 バル様が記憶を追いかけるように目を伏せる。どこか優しい横顔に、桃子は胸が温かくなるのを感じた。


「私の側にお婆ちゃんがいてくれたように、バル様の側にも、バル様のことを気にかけてくれる人達がちゃんといたってことだね!」


「そうだな。だが、モモに出会えていなければ、おそらく当時の自分の感情を理解することもなかっただろう。オレはお前と出会えたことを幸運に思っている」


「すんごく嬉しい言葉なの。私でもバル様のお役に立ててるってことだよね?」


「役に立つ立たないで揺らがないほど、オレにはモモが必要だ」


 バル様の表情や声に乗せられた感情があまりにも真摯で、桃子は顔を熱くする。ドキドキさせられっぱなしだよぅ! 心の中で五歳児がうひゃあーっと叫びながら、両手でほっぺたを押さえている。お子様の最上級の照れだ。


「お家で独りぼっちだった頃は、寂しい気持ちに慣れてそれが普通になっちゃったけど、今は毎日心が忙しいの。周囲の人が私のことを気にかけてくれることは嬉しいことだし、バル様の側にいると楽しいなぁとか、幸せだなぁって気持ちで心がいっぱいになる」


「今で満足しなくていい。モモの幸せに上限はないのだから」


「じゃあ、心が楽しさで溢れちゃうくらい、皆で幸せになろうね!」


 笑顔が弾ける。バル様の向けてくれた気持ちが心から嬉しかったのだ。二人で顔を寄せて小さく笑い合っていると、ガタンッと馬車が一度大きく揺れて止まった。あれ? まだお城を出て一時間も経ってないと思うけど、もう着いたのかな?


 桃子がきょとりと瞬くと、コンコンと馬車の扉をノックされた。


「バルクライ殿下、モモ様、失礼いたします。少々問題が起きました」


「何事だ?」


「荷運び中のドラゴンが飼い主の言うことを聞かずに、道を塞いでいるのです。ルクルク国の使者がいっそドラゴンを討伐してはどうかと申しておりますが、いかがいたしましょう?」


 バル様の眉がぴくっと反応して、ゆっくりと立ち上がる。


「道を引き返して遠回りするのも手だが、旅の日程に遅れが出る。オレが出よう」


「はっ」


 バル様の言葉を受けて扉が開かれる。ユノスさんが馬の手綱を握りながら、胸元に手を当てて右側によったまま頭を下げていた。バル様がスツールを使って外に出ていくのを見て、桃子は心を浮き立たせながら、そわそわと様子をうかがう。


 邪魔しちゃいけないけど、油断するとお子様の求めるがままに、身体が動き出しちゃいそう!


 桃子が十六歳の意識で五歳児の自分を引きとめていると、バル様が振り返った。


「モモも来るか? オレの側にいるのなら問題ないだろう」


「行きたい! 私もドラゴンを見たいの」


 気づけば、言葉が口から飛び出していた。恐るべき五歳児の本能。十六歳の理性という手綱はぷちっと切れてしまったようだ。五歳児がお子様用のハサミをちょきちょきしながら、全身でわくわくしている。もう頭の中はドラゴンでいっぱいだ。ちょびっとだけでも触れたらいいなぁ。


 桃子はバル様の抱っこで馬車から下してもらう。地面に足がついてなんとなくふぅっと息が出た。ついでに両手を拳にして大きく伸びをしておく。お城を出たばかりだからまだ全然疲れてないけど、先は長いからね!


 身体をほぐしておかないとなんて思いながら、ふと顔を上げると五歳児にとっては小山ほどに見えるドラゴンが桃子をじっと見下ろしていた。薄い水色の目の中に縦長の瞳孔があり、灰色の胴体は二階くらいの高さがありそうだ。そのあまりの迫力に、桃子は両手を上げたままビタッと固まる。


「グルゥッ」


「小型のドラゴンだな」


「これでちっちゃいの!?」


「ドラゴンにも種類があるんだ。これは荷物を運ぶことに特化しているから、ルーガ騎士団の騎獣ドラゴンよりも、翼が大きく胴体が小さい。背中と足に荷物を括りつけて運ばせるんだ」


 低い唸り声がドラゴンから聞こえてくる。はっ!私のポーズが威嚇に見えたのかな!? 桃子は急いで両手を下ろすと、バル様の長い足の後ろに隠れて、ドラゴンをこそっとチラ見する。私はただの五歳児です! 敵意はちっともありません! そんな気持ちをふんだんに視線に込めてみる。 目で伝わらないかな?


「グルルルルルルッ!」


 しかし、ドラゴンは鼻息も荒くのしりのしりと桃子に近づいてこようとする。飼い主なのか、三十代前半に見えるおじさんが必死に手綱を引っ張っている。


「こらっ、止まらないか、ドリ!」


「お二人に害が及ぶ前に私達が仕留めましょう」


 ルクルク国の女性騎士達がいっせいに弓を構える。きりきりと弓矢が絞られて、ドラゴンを狙う。おじさんが青ざめた顔で訴える。


「そ、そんな、こいつはうちの大事な飼いドラゴンなんです。すぐに落ち着かせますから傷つけないでください!」


「バルクライ殿下とモモ様を守れ!」


 ユノスさんの一声で護衛騎士さん達が馬を降りながら剣を抜いて、桃子とバル様を囲む。いきなりの戦闘態勢に桃子はあわあわと忙しく首を動かしながらプチパニックになる。ど、どうしよう! おじさんを信じて止めた方がいいかな!? それとも邪魔をしないように大人しくしてるべきっ?


 バル様が落ち着きのない桃子を左腕に抱き上げながら剣を抜く。心と体の安全地帯はここだ! とばかりに身体から力が抜ける。バル様の側にいるだけで、プチパニックとはお別れだねぇ。


「ならば、早くするのだ。王族の道を阻むとは無礼であろう」


「モモ様、バルクライ様、ドラゴンが暴れるやもしれません! 我々が前に出ます」


「エテミティ殿、ユノスさん」


「ドラゴンごとき我らの敵ではありません」


 ドラゴンはおじさんを引きずりながら桃子達に近づいてくる。こわ……くない? そこで桃子は気づく。興奮しているけど、ドラゴンの金色の目がなんだかすんごくキラキラしているように見えるのだ。


「モモ、危ないから下がっていてくれ」


「待ってバル様! あの、あのね、ドラさん怒ってないんじゃないかな? こっちに近づいて来てるけど威嚇はされてない気がするの。目がね、すんごく輝いている感じがするんだけど……」


 桃子の言葉を聞いて、バル様がドラゴンに目を向ける。そうして剣先を僅かに下ろした。


「たしかに殺気は感じない。それにあのドラゴンが目指しているのはモモのように見えるな」


「わ、私なんにもしてないよ……?」


「ああ、わかっている。モモは動かないでくれ。──護衛騎士は全員この場から離れろ」


【はっ】


 バル様の命令に従って、護衛騎士のお兄さん達が離れていく。砂利道のまん中に桃子だけが立っている状況だ。なんかポーズ取ったほうがいい? なんて思いながら瞬いていると、バル様がドラゴンの様子を見て、確信したように桃子を見た。


「やはりモモが目的のようだな」


「心当たりがなんにもないよぅ」


 バル様の言う通りだった。ドラゴンがどんどん桃子に近づいて来ている。脇目も振らないその様子は異常とも取れた。なんでぇーっ? 桃子はすがりつくように、バル様が買ってくれたリンガのポシェットの肩紐を握りしめる。


 すると、ドラゴンの目が桃子から逸れた気がした。というよりも、その視線はポシェットに向けられている。


「ポシェットが原因か? 中になにを入れてきた?」


 バル様も気づいたようだ。足早に戻ってくると、桃子を抱き上げながらそう聞いてくる。ドラゴンが欲しがるものなんて……あっ!


「もしかして、これが欲しいのかなぁ」


 桃子はポシェットを開くと、中からバル様が大量に買ってくれたアメを取り出す。食べられるものはこれしか持っていないのだ。美味しいから皆にもあげようと思って、ポシェットの中にたくさん詰めて来たの。


 その中の一つをバル様に差し出すと、バル様は紙袋を開いて大きく振り被ってドラゴンの頭上に向かって投げた。


 ドラゴンが足を止めてパカッと大きく口を開く。そうして、落下を始めた飴が口の中にゴールする。


「グルルーッグルルーッ」


ドラゴンさん、なんだか嬉しそう! 唸り声にこんなバリエーションがあるのかと思うほど、声色が明るくなっている。


それをチャンスととらえたのか、おじさんが手綱を引きながら、ドラゴンを道端に誘導していく。


「そら、こっちだぞ」


 ドラゴンは今度は素直に道路を横切っていく。ほっ、これでようやく通れるようになったね。

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