360、モモ、振り返る~生まれた場所は違っても、感じた気持ちは似てるはず~前編
門の外に出た馬車が街道をガタゴトと進む。桃子はバルクライと改めて向かい合うと、クッションに座り直しながらはにかんだ。
「どんなことから話したらいいかな?」
「難しく考えなくてもいい。モモがこことは異なる世界でどのように生きて来たのかを教えてくれ」
バル様の言葉に、桃子は少し考えて、両手をぺちっと合わせる。うんっ、ここからにしよう!
「じゃあ、名前の理由からお話してみるね? 桃子っていう名前は、たぶん私が三月三日生まれだから、桃の節句にちなんでおばあちゃんがつけてくれたんだと思う」
詳しく聞いたことはないが、両親の様子からしてもおそらくこの推測は正しいだろう。
「三日はわかるが、サンガツとは?」
「えっと、この世界でいうと一年の始まりから数えて、三ヶ月目のことだよ」
「覚えておこう。言葉の違いで言うのなら、次の月はヨガツか?」
「おしいっ! 意味は合ってて、読み方がちょびっと違う。正解は四月なの」
「シガツか。数字にガツという言葉を繋げているのは間違いなさそうだな」
「大正解。バル様なら私の世界の言葉もすぐに覚えられちゃいそうだよ。ちなみに、桃の節句は別名ひな祭りとも言って、女の子の行事なの。お姫様と王子様みたいなお人形を飾るんだよ」
「そのような祭りがあるとは興味深いな。モモもそれをやっていたのか?」
「おばあちゃんが生きていた頃は、毎年玄関に可愛いお人形を並べてくれてたよ。私の誕生日でもあるから、ご飯もちょっぴり豪華にしてくれてね、ケーキも二人で食べたの。この世界でも誕生日ってある?」
「誕生した日という認識はあるが、特別祝ったりはしないな。赤子は一歳になれば、肉体に魂が定着するそうだ。こういう考え方のために、自分の生まれた日にこだわりのない者がほとんどだ。代わりに国中をあげて祝うのは、年が明けてからとなる。【新しき誓いの日】と呼ばれるものだ。新たな一年を周りの者達と力を合わせて生き抜こう、という意味合いを持つ。その時期になれば、オレ達にも招待の声がかかるだろう」
害獣という危険な生き物が存在する異世界ならではの考え方だ。桃子は目を輝かせる。
「すごく素敵な考え方だねぇ。今から来年が楽しみになっちゃった! ちなみに、バル様の誕生日っていつ?」
「一年の最後の月の十五日だ。その頃にはジュノール大国も冬を迎えている。モモにも暖かな服を用意せねばな」
「おおぅ、そっか。ずっとあったかいから忘れてたけど、春と冬がある国だったねぇ」
桃子は目を丸くしながら、こっそり心の中にメモしておく。私の世界計算では十二月十五日がバル様の誕生日! こっそりプレゼントの用意をしたらまた驚いてくれるかな? 想像するだけでわくわくしてくる。それに新しくイベントを作るのも楽しそう!
その時を想像してわくわくしていたら、バル様が膝の上で手を組みながらまっすぐに桃子を見つめてくる。どこか改まった様子だ。桃子がパチクリと瞬くと、美声がゆったりと落ちてくる。
「モモの家族について教えてもらえないか?」
どう答えたらいいのか少しだけ悩んで、桃子は迷いながら話し出す。
「……私の家族はおばあちゃんと両親だけ。おじいちゃんは私が生まれる前に亡くなっていて、会ったこともないからよく知らないんだ。前にちょっとだけ話したことがあるけど、私の両親は外の国を飛び回るお仕事をしているんだよ。お母さんが会社の社長でね、こっちの言い方だと商人って感じかな? いい商品を仕入れて売るお仕事をしているの。お父さんはお母さんの補佐だから、私は小さな頃から両親とはあんまり顔を合わせることがないまま育ったんだよ」
「父君と母君に会いたかったか?」
「小さな頃はね。二人ともっと一緒にいたかった。お母さんとお父さんに頭を撫でて、抱きしめてほしくて、勉強を頑張ってみたり、玄関で帰ってくるのを待ってみたりしたんだけど……今思うと、私がたくさん求め過ぎちゃったのかも」
両親からの愛情を必死に求める桃子を見て、祖母は悲しそうに眉を寄せながら桃子を抱きしめてくれた。
『お母さんとお父さんは忙しさで目隠ししてるの。もう少し待ってあげてね』
あの時、おばあちゃんはどうしてそんなことを言ったんだろう? 不思議に思いながらも、桃子は心の中で首を横に振る。考えても仕方ないよねぇ。だって、正解がわかる日はもう来ないもん。
ただ、間違いないのは、両親が側にいないことに傷ついても、祖母が後ろにいてくれたことは桃子の心を守ってくれていたことだ。
「ずっと我慢してきたんだな。モモの父君はどんな人なんだ?」
「うーん、正直言ってよく知らないの。あんまり話したこともなかったからねぇ。ただ、お母さんのことはすごく大事にしてたんじゃないかな?」
思い出すのは、算盤で一位を取った時のことだ。あんまりにも嬉しくて、お母さんとお父さんが玄関で靴を脱いでいる時に、走って伝えに行ったのだ。けれど、母の反応は『……そう』というそっけないものだった。
思ったより反応を貰えなくてしょんぼりしていると、続けて家に上がったお父さんに『春香さんは疲れているから、また今度にしなさい』と窘められたのだ。
ぎこちなく頭に伸ばされた大きな手が、桃子を撫でることなく離れていったことが、すごく印象に残っている。
「モモ、どこか苦しいのか?」
「ううん。ちょっぴり前のことを思い出して悲しくなっただけ。もう平気なの!」
桃子は元気を装って、声を明るくする。小さな頃の話だけど、胸がツキツキと痛む。心の中の五歳児が口をへの字にして膝を抱えている。それは、まさに幼い頃の桃子の姿だった。
桃子はなるべく明るい表情を浮かべようとする。しかし、鋭いバル様はそんなことでは誤魔化されてくれなかった。
ふわりと身体が浮く。バル様が桃子に手を伸ばして抱き上げてくれたのだ。力強い腕に優しくぎゅっと抱きしめられる。
「母君達は惜しいことをしたな」
「惜しいこと?」
「本来なら、モモと一緒に過ごして、その成長を一番近くで見ることが出来た立場にありながら、その権利を自ら手放したんだ。ならば、オレがその権利をもらいたい。いいだろうか、モモ?」
「バル様……うん、いいよっ!」
バル様の優しい言葉に、桃子は目にじんわりと涙を浮かべながら笑顔でバル様のお腹に抱きついた。痛みでズキズキしていた心が、今はドキドキと高鳴っている。
背中に腕が回されて、バル様に抱きしめられた。わぁーいっ、バル様のぎゅうだ! 心の中で五歳児が喜んでいる。十五歳の桃子は嬉しさと照れを覚えて、バル様のお腹にこてっと頭を寄りかからせた。
バル様の柔らかな美声が落ちてくる。
「モモの側にいると、いつも不思議なほど温かい感覚を得るな。だから、何度でも抱きしめたくなる」
「私もバル様にぎゅってしてもらうの好き! 幸せな気分になるもん。あのね、今度は私が聞いてもいいかな? バル様はどんな子供だったの?」
桃子はしがみついていた腕を放すと、バル様の整った顔を見上げた。黒曜石のような瞳が穏やかに細められる。
「物心つく頃には、世話係の侍女と父上がつけた護衛の兵士が数人いるだけの生活だった。毎日スケジュールが決められており、王族としてのしきたりやこの国の成り立ちなどを学んでいたな。それが王族に生まれた者の義務であるからだ。特に不満は感じなかった。しかし、八歳くらいだったか……突然義母上と兄上がやってきて、オレを外に連れ出したんだ」
桃子は王妃様とした女子会のことを思い出した。内緒にするって約束したからバル様に直接伝えられないけど、遠まわしに言うことは出来る。
「王妃様はバル様のことを本当の子供だと思って育ててきたって言ってたもんね?」
「ああ。本来なら、オレのような庶子は王妃に厭われてもおかしくない立場だ。義母上があのように懐の深い方だからこそ、出来たことだろうな。それから二人は毎日のようにやってきては、鍛錬場にオレを連れていくものだから、戸惑ったものだ。なんの意図があるのか計りかねていたとも言える」
バル様が淡く苦笑する。滅多にしない表情にまた一つ桃子の心が跳ねた。ちょっぴり心配になって聞いてみる。




