359、モモ、旅立つ~大好きな人達が一緒なら不安よりもわくわくが先にくるよねぇ~
桃子とバルクライが王座の間を訪れると、その壁には交差した剣に、二匹のドラゴンが巻き付いて王冠を見上げている模様が彫られた白い布が掲げられている。
おそらくそれが、ジュノール大国の紋章なのだろう。どことなくルーガ騎士団の紋章に似ていて、桃子は思わずじぃっと眺めてしまう。そんな桃子の気を戻すように、バル様が開かれた扉の前に一緒に立ちながら声を上げる。
「陛下のご命令に従い、第二王子バルクライ、並びに加護者モモが参りました」
「二人とも入るがいい」
バル様と桃子が足を進めると、ルクルク国の人が滞在しているためだろう、王様と王妃様もバル様に負けず劣らずの煌びやかな装いをして王座から降りて出迎えてくれる。
白と金の刺繍がされた正装で固めた王様と、小さな宝石がいっぱいついた紫のドレスを着る王妃様に、豪華なバル様が加わればモデルさんのパーティみたいにみえちゃう。桃子はそんなおしゃれな空間に混ぜてもらった気分だ。
「バルクライ、モモよ、ルクルク国に旅立つ準備は万全か?」
「はい、全ての確認を終えました」
「心の準備も出来てます!」
「そうか」
「とはいえ異国だからな。モモは少し緊張気味か? それにしても、二人とも正装がよく似合っている。バルクライは職務上、団服を着ていることが多いからな。こうして見ると、お前も男振りが上がっているじゃないか。モモは愛らしさが存分に生かされているし、目の保養だな」
「そう言ってもらえて嬉しいです。バル様とお屋敷の人達が用意してくれました。王妃様はいつも美人さんですが、今日はピカピカに磨かれた宝石みたいです!」
「ははっ、モモに口説かれてしまったぞ。──ラルンダ、やはりこの子は国に残さないか? こんな可愛い幼子を我が祖国といえど旅にやるのはおしい」
「わわわわっ!?」
ぐんっと抱きあげられて、桃子の加護者のお面が剥がれかける。いきなりだからびっくりしちゃった。とろける笑顔に目が眩んじゃいそう! そんな桃子をバル様がさっと取り上げる。
「母上がモモを可愛がっているのは周知の事実ですが、加減を覚えてください。ルクルク国の使者を困らせたいのですか?」
「なに、ちょっとした冗談ではないか。彼女達とは私の気性は知る仲ぞ。このくらいの戯言で困る肝の持ち主ではない。しばらくモモに会えぬのだから名残りを惜しませろ」
桃子は再び王妃様の腕に奪還される。そんでもって、ほっぺたをツンツンされた。五歳児だから、触り心地のよさをお約束されてます! 心の中の五歳児が自分のほっぺたを両手で挟んで嬉しそうにしている。優しくて面白い王妃様が大好きなの!
バル様と王妃様のやり取りを見て、ルクルク国の人達が微笑ましそうに笑ってくれる。
「ナイルよ、ルクルク国の使者とモモの顔合わせをさせよ。」
「そうだな。これから共に旅をするのだから、挨拶しておくといい」
王妃様に下ろしてもらった桃子は、バル様と一緒にルクルク国の人達の傍にいく。
えへっ、甲冑姿の美人さんがいっぱい。暑い国だからかな? 甲冑の下に袖のない青の上着に白いスカートを身に着けていて、弓を背負ったり帯剣をしているようだ。服の裾に花の模様がある!
さりげないお洒落はカラフルな髪を綺麗に結いあげているところからも滲んでいた。剥き出しの肩にはしなやかな筋肉。女性らしさの中に強さが見えるのは、ルクルク国の特徴をあらわしているようだった。
バル様が緑髪の三十代くらいの女の人に話を向ける。その背中にある大きな弓にも注目しちゃうの!
「エテミティ殿、こうして顔を合わせるのは久方振りとなるな。息災だったか?」
「はい。バルクライ殿下はますますジュノール国王様とご尊顔が似てこられましたね。ナイル王妃様より、ルーガ騎士団でのご活躍もお聞きしてございます。──そして、お隣におられるのが加護者様でございますね? お初にお目にかかります。私はルクルク国の使者として参りました、ルクルク国バージェ騎士部隊隊長エテミティ・シンスでございます。ご両人におかれましては、我が女王の願いをお聞き届け下さいましたこと、感謝の言葉しかありません」
「初めまして、エテミティさん。軍神ガデス様の加護を与えられたモモです。加護者としては半々人前くらいなので、モモって呼んでください! 今回バル様と一緒にルクルク国に行けることをとっても楽しみにしていました」
「なんと嬉しきお言葉でしょうか。ルクルク国の素晴らしさを、モモ様にもぜひご覧にいれましょう。私共のことも自国の騎士と同じように扱っていただけましたら幸いでございます」
「……敬語でなくともいいと言っている」
桃子が頭にハテナを飛ばしていると、バル様がこっそり耳打ちしてくれた。そっか、私は一応ジュノール大国の加護者ってことになっているもんね。言葉遣いがとっても丁寧だけど、視線も柔らかくていい人そう。
「わかったよ。──エテミティさんは王妃様とも仲良し?」
「ナイル様が幼き頃より友として育ってきました」
「じゃあ、すんごく仲良しってことだね。王妃様の小さな頃のお話とか、ルクルク国のことも聞かせてほしい」
「喜んで語りましょう」
桃子はそんな彼女達に、にこりとおすまし笑顔を向けた。加護者らしさも兼ね備えたつもりだけど、第一印象としてどうですか……? ルクルク国の女の人達は柔らかな表情で頭を下げてくれる。掴みはよかったみたい。
王様がルクルク国の使者の人達に話を向ける。
「バルクライが保護者としてつくが、加護者のモモはこの通り幼い子供ぞ。重ねて、他国に赴くは初めてのことよ。ルクルク国に向かう道中については、そなた達にも格別の配慮を頼みたい」
「心得てございます。ジュノール国王様、どうかご安心くださいませ。私共は全員武術を納めておりますので、加護者モモ様とバルクライ殿下を必ずや安全にルクルク国へお連れいたしましょう」
「バルクライも守ってもらえるとは心強いことだ。さて、実に別れがたいが二人を見送るとしよう」
「護衛と侍女を外で待機させている。ついて参れ」
豪華な椅子からゆったりと立ち上がると、王様は王妃様に手を差し出した。紫色の裾の長いドレスを揺らしながら王妃様は優雅な仕草で王様のエスコートを受ける。二人は腕を組んで扉を出ていく。
桃子はバル様に抱っこされて移動することになった。ぬぅっ、きっと足の長さが原因なの。私に合わせてもらうのも申し訳ないから、こればっかりは仕方ないよねぇ。十六歳に戻ったら自分の足でたくさん歩いちゃうもん。
王座の間を出て広い廊下を進んでいくと外から漏れる光が見えた。旅立ちの日にぴったりのいいお天気!
広間には豪華な箱を積んでいる荷馬車と、金と白で装飾された王国の紋章つきの馬車、それから黒い馬車が待っていた。その左側には銀色の甲冑を着込んだ騎士のお兄さん達が六人に、右側には侍女のお姉さん達が四人並んでいる。あっ、ユノスさんだ! 知っている人がいるだけで嬉しくなちゃうね。
「護衛騎士の隊長はユノスが、侍女のまとめ役はイゼリアが務める。皆の者、二人によく仕えよ」
【はっ、国王陛下の仰せのままに】
「しばしの別れだな、モモ、バルクライ。旅もルクルク国も楽しむといい。それから、姉上にもよろしくな」
「必ず伝えましょう。では、行ってまいります。──ルクルク国へ、出発!」
「王様、王妃様、行ってきます!」
桃子は二人に大きく手を振ると、バル様に抱っこされたまま馬車に乗せてもらう。本日二度目のお別れだけど、一人じゃないから寂しさはちょっぴりだけ。
馬車は外見同様に中も豪華だ。お尻がクッションが効いた椅子に着地すると、バル様が向かい側に座った。隣に転がっているふわふわの白いクッションを桃子は抱きしめる。むにむにして遊んでいたら、バル様が今後の予定を教えてくれた。
「これからのことを簡潔に説明しよう。まず向かうのは、イージスという港街だ。そこから船で川を渡ってルクルク国に入る。間に何度か休憩を挟むが、モモも疲れたら教えてくれ」
「うん。ありがとう、バル様。ユノスさんとも休憩の時にお話し出来るかな? お邪魔じゃなければ挨拶したいの」
「ああ、モモは久しぶりに会うのだったな。オレは打ち合わせの際に会っていたから失念していた。ならば呼べばいい。──ユノス隊長、来てくれ!」
バル様が窓を開きながら、桃子を手招いてくれる。桃子はクッションを窓のすぐ傍に敷いて外に向かってひょっこりと顔を出すと、馬に乗ったユノスさんが窓に顔を寄せてくれた。ザ・無表情だけど、きりっとした目は前よりもほんのちょっぴり柔らかいように思えた。
「お呼びでしょうか」
「呼びよせてすまない。モモが久しぶりにお前に会えたから、挨拶をしたいと」
「知らない人ばっかりだったから、ちょっぴり緊張していたんだけどね、ユノスさんが護衛騎士の隊長になってくれてて、すごく嬉しかったの。休憩時間に話しかけてもいいかな?」
「大変光栄でございます。モモ様、どうかご心配なさらずに。バルクライ殿下と私が選んだ騎士達はモモ様がお裾わけをしてくれた者達が中心です。ですから、悪意のあるものは一人としていません。気軽に接して下されば彼等も喜びます」
「そうなんだ! ……お邪魔にならない?」
「はい、なりません」
「それじゃあ、休憩時間にちょっぴり混ぜてもらうね。バル様も一緒に行こう!」
「ああ、そうしよう」
「では、私は護衛に戻ります。なにかあればいつでもお呼びください」
ユノスさんはそう言うと馬の上から頭を下げて離れていく。その背中が格好いい。バル様が窓とカーテンを閉めてしまう。あれ? 外の景色は見たくないのかな? 桃子の視線に気づいたバル様が座り直すと、ゆっくりと瞬いた。
「これから街中を通るが、その時にカーテンを開ける。オレとモモがルクルク国に向かうことはすでに噂となっているからな、もう隠す必要はない。今日まで隠した意味はなしているのでな。今度はジュノール大国に、今からオレ達が不在になるという事実が確実に周囲へ伝わるようにするのだ」
「じゃあ、窓も開けた方がいい?」
「いいや。モモとオレの姿が市民の目に触れるだけでいい。噂が大叔父に届く頃には父上達も策を巡らせているはずだ」
「わかったよ。じゃあ、私はバル様とたくさんお話しできることを喜んでおくねぇ。だって、すんごく贅沢な時間だもん!」
普段はルーガ騎士団の仕事に忙しいバル様だ。そんな保護者様を独り占めできると気づいて、心の中の五歳児は小躍りして喜んでいる。もう、わくわくが止まらない!
バル様の黒曜石の瞳が熱を帯びて、桃子を焼けつくような眼差しで見つめてくる。
「オレはモモのことをもっとよく知りたい。そして、理解したいと思っている。同じように、モモにもオレを深く知ってもらいたいんだ。……いいだろうか?」
こんな風に言われちゃったら、なんでも正直に答えちゃうよ。桃子は顔が熱くなるのを感じながら、小さく頷いてはにかんだ。




