358、モモ、カタコトになる~保護者様の抱っこには魔法みたいな力があるよ~
キルマとカイにおはようの挨拶をして、一緒にご飯をいただいたら、食後のほっとタイム! 今回は馬車に乗ってお城に行くんだって。いつもは馬の移動が多いから、久しぶりなんだよねぇ。バル様が準備で席を外した応接間で、桃子はおもむろにソファから下りて、きりりっと表情を改めた。
「突然どうしました、モモ?」
「カクニン、ダイジ」
「あらら。土壇場になって、緊張してきちゃったのかな? 一緒に洋服のチェックをしてみる?」
「オネガイシマス」
ロボットのようにカクカクと頷いていたらカイに苦笑されちゃった。心臓が口からこんにちはってしそうなほど緊張してますとも! スーハーと呼吸して、ドレスの裾を両手でちょこっとつまんでみた。
「どうかな? キルマとカイから見て、ちゃんと加護者に見えそう?」
「ええ、立派なレディに見えますよ。加護者の装いとしても問題ないでしょう」
桃子さんのファッションチェック! フリルがついた青いワンピース風ドレスに、リンガのポシェット、足首は金具で留められる皮のサンダル。前髪はまだ短いけれど、髪質はいつもお高そうなシャンプーのおかげでツヤンツヤンです。お化粧もちょこっとだけ。今日は淡い色のメイクだから、柔らかい印象になる。それからレリーナさんにブラシで丹念にとかしてもらったおかげで、あら不思議、可愛さ盛られたお子様の出来上がり!
レリーナさん監修の元、三人のメイドさんによって整えられた桃子の今日の装いは可愛いお姫様風な雰囲気でまとめられていた。
くるくる回って、最終確認をする桃子を見て、キルマとカイがおかしそうに笑う。その笑顔に桃子はむんっと両手を握りしめる。格好は完璧だけど中身も大事だよね! しっかり加護者のお面をかぶんなきゃっ。桃子がバルチョ様を腕に抱えてぎゅうぎゅうすることで心をおちつかせていると、バル様が戻ってきた。こちらもすっかり支度が完了した様子だ。
「バル様格好いい……!」
語彙力が消え失せるほどキラキラしているバル様が再登場した。いつもと違う分け目を作っているので、綺麗な額がよく見えて、滴るような色気を纏っている。その装いはいつもの団服とは違い王族の正装姿だ。白いシャツと濃紺の上着。腰には太いベルトを通して帯剣している。上着には金の糸で刺しゅうが施され、ボタンもシルバーと煌びやかだ。襟元でチェーンで繋がる飾りは、五本の剣が重ねられた上に竜が飛んでいる紋章だった。
顔の熱さを感じながら、ぼうっと見惚れていると、ふっ、と柔らかく目を細めたバル様に呼ばれる。急いで走り寄れば、腰を屈めたバル様が桃子の首筋に両手を添えて、首飾りをつけてくれた。二重にされたシルバーの円に、涙みたいな形にカットされた青い宝石が乗せられていて、光の角度によって色が少しだけ濃く変わっていく。
「ルクルク国にいる間は必ずコレをつけておきなさい」
「うんっ、肌身離さずつけておくね。大事にするの」
「ああ、それでいい。それから……今日は一段と愛らしい」
「あ、あ、ありがちょう!」
ひーんっ、噛んじゃった! 顔がボッと火を噴く。こんな色気たっぷりな美形さんに囁かれちゃったら、全身が発火しちゃいそうだよぅ。
「バルクライ様、恥ずかしがっているモモが可愛いのはわかりますが、そろそろお時間ではありませんか?」
「そうだな。では行こうか、モモ」
「はいっ!」
「ははっ、可愛いなぁ。この姿がしばらく見れないのが寂しいけど、オレ達もお見送りしますか」
「ええ、そうしましょう」
桃子はバル様と並んで、キルマとカイはその後ろを歩きながら玄関ホールを抜けて外に出る。すると、お見送りをしてくれるお屋敷中の使用人さん達がずらっと並んでいた。その中にはもちろんレリーナさんやジャックさんもいる。あっ、レリーナさんの目が潤んじゃってるよ。ちゃんと帰ってくるからね? そういう意味を込めてにこっとすると、目元をぬぐいながら微笑んでくれた。
それからジャックさんに目を向けて、アイコンタクト! 拳を前にぐっと握る仕草が返される。レリーナさんのことを慰めてあげて。それから、アピールも頑張ってね。私も頑張るから!
密かな合図を送り合っていると、バル様の美声が落ちてきた。
「モモ、それは持っていけない。キルマに渡しておきなさい」
「はっ! このふにふにの感触が馴染み過ぎて忘れてたの。むぅ、腕からなくなっちゃうのは寂しいけど──はい、バルチョ様をお預けするね。疲れたらお腹をふにふにするのがおすすめなの!」
「では仕事の合間にふにふにさせていただきましょう」
キルマがふにふにって言った! 男の人なのは知ってるけど美人さんの曇りのない笑顔はまるっと全部が可愛く見えちゃうよねぇ。もしカメラがここにあったらパシャッと撮ってたよ。思い出に残したい一枚です!
カイがキルマの腕に収まったバルチョ様のお腹を指でつつく。さっそく癒しをお求め?
「こいつには大役があるからね」
「バルクライ様がいらっしゃらない間に団員達がだらけてしまわぬよう執務室で見張ってもらいます。あなたも含めてですよ、カイ」
「いい笑顔でまぁた厳しいことを。ルーガ騎士団の隊長はクセ者揃いだけど統率力はあるからオレは心配してないよ。──それより、オレが心配なのはバルクライ様とモモです。ルクルク国は情熱的な女性が多いのは誰もが知るところですし、そういう意味でも気をつけてくださいよ」
「……善処する」
今のやりとりには秘密がありそう。言葉の裏や含みはさっぱりわかんないけど、感じ取れるものはあって桃子は首を傾げた。うーん、なんとなくもやぁもやぁとする。どういう意味なんだろう? 心の中の五歳児が帽子と煙管の玩具を装備して、探偵風な服装に着替えようとしていたら、バル様が抱き上げてくれた。
途端に心は大はしゃぎだ。嬉しさに疑問も霞んじゃう。これがお子様力! バル様の抱っこで五歳児返りが止まらない。ついでにご満悦の笑顔も浮かべちゃったり。保護者様の抱っこはお子様にとっては魔法に違いないよねぇ。
桃子の心と頭が忙しい間に、なにやら話は終了間近に差しかかっているようだ。桃子はにこにこしながら周囲の様子を大人しく見守る。
「二人がいれば問題ないだろうが、不測の事態はいつでも起こりえる。柔軟に対処しろ」
「お任せください」
「あなたの帰る場所はオレ達が守り通します」
「頼む。──屋敷の主として、モモからもロン達になにか言っておくことはあるか?」
「言っておくこと……このお屋敷で働いてくれている人達のことを信じてるからね、なんにも心配はしてないの。でも、管理者としてロンさんはいつもよりお仕事が大変になっちゃうかもしれないので、皆で協力してあげてほしいなぁ」
「ああ、そうだな。では、オレとモモが不在の間はロンに屋敷の全権をゆだねる。その補佐としてレリーナとジャックがつけ。有事の際にはロンの指示に従って動け」
【かしこまりました、バルクライ様、モモ様】
声を揃えてざっとお屋敷中の使用人さん達が頭を下げる。有能な執事さんやメイドさんがいるから、これならきっと大丈夫だよね。
「モモがいい子過ぎて感動の涙が……っ! こんなに愛らしくて優しい子に育ってくれて、私はもう胸がいっぱいですよ。大きくなりましたねぇ」
「実際は身体の成長はしてないからな? 感激屋はともかく──行ってらっしゃい。モモとバルクライ様が帰る日を楽しみに待ってるよ」
「行ってらっしゃい、お二人とも」
【バルクライ様、モモ様、行ってらっしゃいませ】
「うんっ、行ってきまーす!」
桃子はバル様に抱っこされたまま、高級感溢れる馬車へと一緒に乗り込んだ。いざ、お城へ!




