355、モモ、整える~出発前日は心残りをなくすべし~後編
一番に言えた! 小さな目標を達成した喜びでほっぺたもゆるんじゃうよねぇ。保護者様のお帰りにテンションが爆上がりしている桃子を、バル様は手慣れた仕草で抱っこして左腕に座らせてくれた。そうなると、美形なお顔が近づいて照れてしまう。いつ見ても美しいという言葉が似合うお顔だなぁ。でも、今夜のバル様は一味違う様子だ。涼やかな目元がちょっぴり疲れて気だるげな色気を醸し出している。
どうしよう、どきどきしちゃう! 桃子がほんのり緊張しながらも労わりの気持ちでバル様のスベスベお肌に手を伸ばすと、バル様に手を取られて手の平にちゅっと唇を当てられた。ふよんっとした感触を手の平に感じて桃子は尾を踏まれた猫のように飛び上がる。
「ぴゃっ!?」
「……今帰った」
「バ、バル様? すんごくお疲れなの?」
そのまま両腕で抱き込まれて、桃子はどことなく動きまで重く見えるバル様にそう言葉をかけた。初めて見る姿に心配していると、熱いため息が頭に振ってきて広い胸元から解放された。
「想定外の書類量でな、さすがに堪えた。モモ、キルマとカイのことも労わってやってくれ。よく働いてくれた」
くるりと振り返ったバル様のおかげで、へらりとよれた笑みを浮かべて手をひらひら振ってるカイと、美しいお顔がやつれて壮絶な美貌になっちゃってるキルマの姿が見えた。こちらもお疲れモードみたい。
「キルマもカイもお疲れ様! 来てくれるって聞いたから待ってたの」
「ありがとうございます、そう言ってくれて嬉しいですよ」
「オレ達はモモに会いたい一心で仕事を片付けたようなものだからね」
「そのことについてなんだが、今回はお前達に褒賞を与えよう。これからまた負担をかけるからな」
「ありがたいお話ですが、一番働いていらっしゃるのはバルクライ様ですから、私達の苦労なんてささやかなものでしょう。褒賞はいりませんので、思う存分モモを抱っこさせてもらえませんか?」
「キルマ、お前それは狡いだろ! ──バルクライ様っ、それならオレはモモを膝の上に乗せて夕食を食べる権利を褒賞代わりに下さい!」
「二人とも疲れちゃってるんだと思うけど、よく考えて! 私よりご褒美の方がお得じゃないかな!?」
褒賞ってたぶんお金だよね? お金なら物を買えるし貯められるし持ってて損はないし、いいことだらけだと思うよ。それに比べて私にお得要素はあんまりないの。ぱっと思いつくのは、寒い夜は温められそうな子供体温? いつの間にやらご褒美扱いされている事実にびっくりしながら、桃子は正しいご褒美を受け取ってもらうべく二人を気遣う。しかし、桃子をご褒美用要員として見ていたのは二人だけではなかったようだ。
「モモが褒賞か。……わかった。モモが受け入れるのなら、キルマの申し出は今夜に限り許可する。カイの場合は膝の上は許可出来ないが、モモを隣に座らせるだけなら構わない。モモ自身が許可すればな」
「ええっと、抱っこもお膝も私には嬉しさしかないけどね? でも、それをご褒美と呼ぶにはつり合いがあんまりにも取れてない気がするし……」
「そうか。褒賞にしては豪華過ぎるということだな」
「逆だよ!?」
すっとんきょうな声が出そうになりながら、ひしっとバル様の胸元にしがみついて見上げたら、口元を押さえて笑われていた。
「……ふっ、冗談だ」
「ははっ、モモは加護者だからね。加護者を抱き上げたり膝に乗せたりするのは栄誉ある行為であるとは言えるんじゃないかな?」
「そうですよ。十分なご褒美ですとも」
カイとキルマにまで笑われて、桃子はあんぐりと口を開いてショックをあらわにする。ううっ、またからかわれちゃった! バル様の冗談はさらっと自然過ぎて見破るのが難しいの。ポーカーフェイスが上手だから、ポーカーボイスも上手いのかも。
ロンさんがバル様達から外套を受け取りながら、和やかに場を取りなしてくれる。
「皆様、どうぞ食堂へご移動くださいませ。お夕食の準備が整ってございますので」
「ああ、そうしよう。──キルマ、褒賞だ」
「ありがたく受け取らせていただきます。──さぁ、私の腕にどうぞ、モモ」
「うーん、じゃあ、お邪魔します?」
桃子が困り眉のままバンザイの仕草をすると、キルマが優しく抱き上げてくれる。いいのかなぁ? なんて思いながら、廊下を歩くキルマの振動に合わせて桃子も揺れる。眠くなる振動だけど、今は空腹が勝ってるからね! 歓迎するように開かれた扉の先にはしっかりと四人分の食事がセットされていた。
そこで動いたのは優秀なメイドさん&護衛さんである。レリーナさんとジャックさんがすかさず桃子のお皿や椅子をいつもカイが座る席の隣に移動してくれた。素早い! あっという間にセッティングが完了してしまった。
桃子はキルマにお子様用の椅子に座らせてもらう。バスケットの中には様々な種類のパンが覗いているし、テーブルに並べられているのは油が滴りそうな分厚いステーキに野菜が泳ぐお魚のスープだ。桃子のお子様用のお皿には小さめのお肉が乗せられて茹でられたアスパラと人参が綺麗に盛られている。ガラスのボールには茹で卵のサラダもつけられていた。見てるだけで食欲がそそられちゃう!
皆のコップに水が注がれて行きわたるのを確認すると、バル様が静かに口を開いた。
「オレとモモは明日からジュノール大国をはなれる。その間、ルーガ騎士団のことはお前達に全権を委ねよう」
「ジュノール大国副師団長として、心してお受けいたします」
「頂いたご信頼には誠意を持ってお返しします。オレ達に任せといてください」
「ああ。──モモもなにか言っておくか?」
口をむずむずしてたのがバレちゃった!? なんかバル様達が格好いい感じだったから、私も仲間に入れてほしくて……えへっ。桃子は三人の優しい視線を貰って顔をぽぽっと熱くしながら笑顔を向ける。
「あのね、明日は私が『行ってきます』っていうから、帰ってきたら『お帰りなさい』って出迎えてほしいの」
「ええ、いいですよ。モモこそ、どんなに引きとめられてもちゃんと帰って来てください」
「バルクライ様と一緒にね」
「うんっ!」
「それでは、明日に向けて栄気を養うとしよう」
バル様の言葉を合図に、さっそく食事が始まった。
桃子は差し出されたバスケットからこんがりと焼き色のついた丸いパンを手に取ると、指でちぎって食べてみる。出来たてだから優しい香りが口の中を満たして、美味しさも倍増してるみたい。スープも頂く。美味しいよぅ。透明なスープなのに、野菜とお魚の旨味がすんごい出てて、お子様じゃなかったらおかわりをお願いしてたね! お腹の容量があんまりないのが悔やまれる。
でも、こんな豪華なものを私が作るのは難しいよねぇ。練習すれば出来るかなぁ? 桃子は嬉しそうに料理に舌鼓を打つカイをこっそり見つめた。その視線が桃子に向けられる。
「どうしたの?」
「カイはどういう料理が好き?」
「オレが頼んだことを気にしてくれたんだね。そうだなぁ、さっぱりしたものかな。キルマはリンガを使ってやれば喜ぶと思うよ。この屋敷の料理は本当に美味しいけれど、もともとオレ達は貴族的な料理を食べる立場ではなかったし、庶民的なものの方が親しみがあるんだ。だから、そこは比べなくてもいいからね?」
リンガの部分を隠すようにカイが耳に囁いてくる。桃子はふむふむと頷きながら、囁き返す。
「わかっちゃった? 私も元の世界で食べていたものは庶民的なものばかりだから、すんごい料理を期待されちゃってたらどうしようかなって思っていたの」
「モモの世界の料理に興味があるだけだから、豪華さは二の次かな。それよりも調味料で足りないものはない? 代用出来そうなものを探すよ?」
「この世界で出来そうな料理を作るつもりだから、そこは心配ないの。料理場もちょっぴり見せてもらえたしねぇ」
コンロに魔法陣が刻まれてたからじっくり見ちゃった。触れる回数で火加減を調整するんだって。それに立派な竈もあったし、好奇心をくすぐる料理場でした! ただ、料理長さんには相変わらず会えてないんだよぅ。こそこそと話していると、キルマがバスケットから新しくパンを取りながらおかしそうに聞いてきた。
「モモとカイで内緒話ですか?」
「前に約束した料理の話だよ。モモがルクルク国から帰ってきたら頼むつもりなんだ」
「そのことですか。しかし、それならなぜ今日にしなかったのです?」
「やる気の問題だよ。お前も知ってるよな? オレが昔から好きなものは最後に取っておくことをさ。この方が仕事に張り合いが出るだろ?」
「ああ、わかります。ご褒美を目標にバルクライ様とモモの不在を乗り越えようということですよね」
「そういうこと」
「……部下にやる気を出させるにはそのような方法もあるのだな」
こうして、桃子にとって穏やかで楽しい夕食は続いていったのである。
|д゜)コソッ(「お出かけ先は異世界ですか?」もしもな番外編を投稿しました。楽しんで頂ければ嬉しいです)




