354、モモ、整える~出発前日は心残りをなくすべし~中編
玄関ホールに辿り着いたら、ちょうどロンさんがメイドさん達に指示を出しているところを見つけた。桃子達の出発が決まってから、お屋敷の中はいつもよりパタパタしている感じだったんだよね。私も出来ることはお手伝いしたけど、昨日の時点でほとんどの荷造りが完了してたから、今日はのんびり英気をやしなってくださいって言われたの。だけど、まだ必要なことが残ってたのかなぁ? 桃子はメイドさんとの話が終わったタイミングで、ロンさんに声をかけることにした。
「ロンさん、私なら手が空いてるよ? お手伝い出来ることはある?」
「これはモモ様、お姿に気づかず失礼いたしました。もう手伝いは十分ですよ。お二人がご不在の間はこの屋敷の警備を厳重にいたしますので、今はその指示をメイドにしていたのです」
「バル様から聞いてるよ。賭けの女神様からもらったジュースを守るために警備を強化するんだよね? お屋敷を留守にしている間に誰かが泥棒にくるといけないから。ロンさんにもお仕事増やしちゃってごめんよぅ。……そんなことはもちろんない方がいいんだけど、もし誰かが大きな怪我をしてジュースが必要になった時は遠慮なく使ってね。きっと、そういう使い方なら賭けの女神様も怒らないよ」
バル様からジュースの管理についてお話を聞いた時に、相談して決めたことであった。ジュノール大国から離れる間はこの国のことも耳に届きにくくなる。そのため、桃子は自分に優しくしてくれた人達の力になれるようにしておきたかったのだ。バル様が私のためにお守りを用意してくれたみたいにね!
桃子が真剣にロンさんを見上げたら、ダンディーな八の字お髭の口元に落ち着いた笑みが浮かんだ。
「使用人である私共まで気にかけてくださりありがとうございます。モモ様のお気持ちはしかと受け取らせていただきましたよ。こう見えて私も腕に覚えがございますし、使用人達の一部にもモモ様が攫われた後に少々体術を仕込みました。さらに言わせていただくと、そこにレリーナとジャックが加わるのですから、めったなことは起こせませんとも。例えば、盗人ごときでは恐れる理由にもなりませんな」
力強い断言に頼もしさを感じて、桃子の心配もすっかり消えてしまった。でも、私が攫われちゃった後に体術の特訓をしていたなんて、まったく気づかなかったなぁ。庭師のおじいさんとか御者のお兄さんは元から逞しい体格の人が多いからね。
ということは、このお屋敷って他のお屋敷よりも強かったりする? 強いお屋敷選手権でも一等を取れそう。そんな選手権はないけども! それに、人に教えられるほど強いロンさんって、この世界の執事さん基準からすると普通なのかなぁ? 桃子は尽きない疑問の中から、一番の謎を拾い上げてロンさんに聞いてみる。
「執事さんになるためには、戦えることが必須条件なの?」
「…………はい?」
「やっぱりそうなんだねぇ。執事さんってすごい職業!」
異世界の執事さん恐るべし。きっと鍛錬を重ねて努力の末に執事になったんだろうね。桃子が感嘆と尊敬の混じった目をロンさんに向けていると、ジャックさんから突っ込まれた。
「モモちゃん、執事ってのは腕にものを言わせるのが仕事じゃないからな? さすがに請負人ほど強い執事はそんじょそこらにいるわけじゃないと思うよ。いや、オレも貴族の屋敷について詳しくはないから、絶対にいないとは断言出来ないけど。──でも、普通の執事の腕っ節は強くないですよね、レリーナさん?」
「ええ、ロンさんほど腕の立つ執事の方はめったにいないのではないかしら。──モモ様はロンさんの強さの理由が気になっていらっしゃるのですね?」
「うん。ロンさんはいつも身だしなみもお髭もぴしっとしてるし、いつでも落ち着いた雰囲気があって、これぞ執事さんって感じがするでしょ? でもみんなに体術を指導出来るほど強いなら、執事の試験があって、合格するために戦えるようになったのかもしれないと思ったの」
「ふむ、モモ様はそのようにお考えになられたのですか。執事になるための試験はございません。一般的な例として申し上げますと、執事は代々その屋敷の主にお仕えいたします。それ以外には、執事長について一から仕事を学び、何年も勤めあげて正式な執事として雇われる者もおりますが、私はそのどちらにもあてはまりません。……そうですね、ここは一つ、モモ様にクイズをお出しいたしましょうか」
「クイズ?」
五歳児をわくわくさせる言葉! 桃子が興味を引かれたのを見て、ロンさんが上品に腰を屈めて桃子に小さく囁く。
「はい。私はかつて剣を扱っておりました。さて、そんな私の前職がおわかりになりますかな?」
「剣……ということは、レリーナさん達みたいに請負人だったの?」
「いいえ。ヒントをもう一つお出しいたしましょう。私は昔からバルクライ様にお仕えする者でございます。クイズの答えはルクルク国へ向かう道中で、バルクライ様にお尋ねするのがよろしいでしょう。あの方の昔話を聞くことが出来るやもしれませんよ」
「うんっ、聞いてみるね!」
バル様の昔話! すんごく気になっちゃうよねぇ。そう言えば、私とバル様は今のことはちょっとずつ知っていけてるけど、小さな頃の話はあんまりしてこなかったよね。ついつい今日はなにがあったんだよーとか、どこどこに行ってねーとか私が今のことばかり話しちゃうせいもあるんだけど。
今までぽつぽつと話したのは、私は両親にあんまり構ってもらえなくてお婆ちゃんに育てられたってことと、バル様のお母さんは亡くなってて小さな頃は周囲に優しい人がいなかったってこと、かな? 今のロンさんのクイズをいいきっかけにして、もっとお互いのことを深く知っていけたらいいよねぇ。
桃子がそう思いながらにこにこしていると、ドドッ、ドドッという乱れた馬の足音が遠くから聞こえてきた。きっと、バル様達が帰ってきたんだ! 桃子はうずうずする気持ちを抑えて、キュロットスカートの裾を手で直しながらドアが開く瞬間を待つ。……こちら五歳児桃子、バル様にいつでもぎゅっとする準備はできてるの、おーばー。……こちら十六歳桃子、標的がドアを開ける瞬間まで待ち、心して突撃しようね、オーバー。
五歳児からの心無線に応えていると、とうとうドアが開いた! 桃子は駆け出すと、長い足にびたっと張りついて笑顔で出迎える。
「お帰りなさーいっ、バル様!」




