351、モモ、お使いをする~旅前の準備には荷造りと挨拶まわりが必要なんだって~後編
「待った! そもそも、なんでギャルタスさんはそんなにルクルク国の内情に詳しいんだよ? オレは加護が薄れてるなんて話は聞いたこともないぞ」
「疑うわけではありませんが、私もありません」
専属護衛の二人は情報の出所に注目したようだ。目のつけどころがすごい! 私は普通に聞き入れちゃってたよ。なるほど、こうしてちゃんと確認することも大事なんだね。
「請負屋ってのはそれぞれの国や地域に根を張ってる。ということは、当然ルクルク国にもあるわけだ。そこから得られる情報はオレの元にも入るのさ」
「じゃあ、ギャルタスさんは情報屋さん?」
わくわくする役職名を桃子は内緒話をするように、ギャルタスさんにこそっと囁いた。刑事のドラマで見たことあるの! 路地裏とかでね、こっそり情報をくれる怪しい雰囲気の人がそうだったんだよね。そのドラマでは、情報屋さんだった人が被害者遺族という立場で、犯人を追いつめるために警察に協力していたって最後にわかるんだよ。あれは泣いちゃったなぁ。
桃子が期待した目で返事を待っていると、ギャルタスさんがおかしそうに白い歯を見せた。
「オレはただの請負屋さんだ。けど、情報量と質はそんじょそこらの情報屋には負けない自負があるぜ。頭目という立場上、常に各国々の情勢は知っておく必要があるからな。請負人を無駄死にさせる気はない。さっきの言葉はそんなオレからの忠告と思っておいてくれ」
続けられた言葉の不穏な響きに、桃子は眉を下げて不安を押しこめるように瞬いた。意味を正しく飲み込んで、理解するための間を開けてから聞いてみる。
「……ルクルク国では加護を失っちゃうようなことが起きてるの?」
「表面上はなにもないよ。ただ、これまでルクルク国の歴代の女王からは姫しか生まれておらず、それこそが神による加護の証だとされていたのさ。ところが、当代の女王の四番目の子供は、姫と王子の双子として生まれ、姫だけが亡くなってしまった。そうして残されたのが一度として生まれることのなかった王子なわけだ。ルクルク国には、その誕生と姫の死を関連づけて王子を不吉の象徴と考えている人間が一定数いるのが現実だ」
「でも、それは王子様のせいじゃないよね? 生まれる性別は自分で選べないもん」
「オレ達からすればな。ルクルク国の認識は違う。そう割り切れる問題じゃないんだよ。だから気をつけるんだぞ? 今のルクルク国からすればモモちゃんという新たな加護者の存在は、それはもう魅力的に映るはずだ」
「そっか、肩書きが立派過ぎるからだね。中身は私だからあんまり威厳とか威光は発揮できないんだけど」
桃子は大仏様をイメージして、自分の背後に後光が射す様子を思い浮かべてみた。……やっぱり、ちっとも神々しさがないなぁ。太陽の強さを心配したバル様に帽子をかぶせられちゃいそう。ぽんっと麦藁帽子をかぶった五歳児が心の中に現れる。右手にひまわりの花をもってふよんふよん振っている。
そう言えば、小学生の頃に庭でひまわりの種を植えたことがあったなぁ。たくさん植えたらたくさん育つと思ってたから二個も三個も一緒の場所に植えたら、二つの向日葵がくっついて育っちゃったんだよねぇ。お婆ちゃんが双子の向日葵だねぇなんて笑っていたっけ。
桃子がのほほんと小さな頃を思い出していると、ジャックさんが首を傾げた。
「モモちゃんの場合はあながち肩書きだけの問題じゃないよな? ──ですよね、レリーナさん」
「ええ! モモ様は愛らしいだけではなく、思いやりに溢れた、そして他人の心の機微がおわかりになられる、それはもう素晴らしい方でいらっしゃいます。たとえ加護者であられずとも、モモ様の魅力が損なわれることはございません!」
「お、おおぅ……レリーナさんの絶賛をいただいちゃった?」
拳を握って力説する美人な専属護衛に戸惑っていると、ギャルタスさんが物珍しそうな顔で腕を組む。
「レリーナがここまで豹変するとはなぁ。モモちゃんはよほどいい主らしい。怖がらせるようなことを言っちまったが、今の話は覚えておくだけでいい。モモちゃんの後ろにはジュノール大国とバルクライ殿下がついてるからな。気軽に喧嘩を吹っかけていい相手じゃないのはルクルク国もわかっているはずだ。だけどもし、ルクルク国の中でなにかおかしいと思ったら、その時はためらわずに疑うんだ」
「気にかけてくれてありがとう、ギャルタスさん。そういう状況にならないことを願うけど、もしなっちゃったらちゃんと警戒する! ギャルタスさんのお話はバル様にも伝えていい?」
「構わないとも。信頼してくれて嬉しいよ。モモちゃんは素直に聞き入れてくれるから、オレもらしくないお節介を焼いちまった。受付が限界みたいだから戻らないとな。さすがに、あいつに任せたのは不味かったか」
頭を掻いて苦笑いするギャルタスさんの視線は受付カウンターを向けられているようだった。桃子は背の低さがあだとなってちっとも見えないけど、受付前に立つお姉さんが首をぶんぶん振っている後ろ姿だけは見えていた。ピッピッピッ、斜めにバックしまーす! 桃子が見える角度まで下がっていくと、ようやくなにが起こっているのかわかった。
請負人に対応していたのはギャルタスさんの右腕を務めているフェナンさんだ。アルパカのようにぬぼーっとした様子で、ずずいっと依頼書を突きつけている。絶対に換えるつもりはないという固い決意が眠そうな目の中に宿っている気がする。ごり押し感がすんごい! あっ、請負人のお姉さんが折れたみたい、丸めた背中に影を背負いながら依頼書を受け取っているもん。
桃子がそちらに気を取られていると、ジャックさんが的を射た指摘をする。
「オレが聞きたいのはそれですよ! なんだってあんた達が受付業務なんかしてるんです? 受付嬢がやけに少ないのが目につくし、彼女達は辞めちまったんですか?」
「辞めてないよ。実は受付内で風邪が流行ってるようでな、熱を出して自宅のベッドで唸ってる。だから代わりにオレ達が入ることにしたんだよ。とは言ってもフェナンはあの調子だし、オレも普段どれだけ彼女達に助けられていたか身に沁みたぜ、まったく」
「そういう事情があったんだねぇ。私がお手伝い出来たらよかったんだけど……」
「気持ちは嬉しいが、モモちゃんは旅立ち前の準備に忙しいだろ? どうせ二、三日の辛抱だ、なんとかするさ」
ルクルク国へ旅立つ前の準備で周囲がパタパタしているので、気軽に手伝うよとは言えない。自分のことを任せっぱなしなのに自分が違うとこで働いているなんて、悪いことをしている気になっちゃうからねぇ。その状況を察していたのか、ギャルタスさんが気軽な口調で言った。なにか私にしてあげられることはないかなぁ? 桃子はせめて助けになれないかと深く考え込む。考えて考えて……そうして一つ思いつく
「それなら請負屋さんから短期間だけ受付のお仕事をしてくれる人を募集したらどう? それとも、請負屋さんから出すのはダメ?」
「いいや、名案だ! でかしたぞ、モモちゃん。さすが子供なだけあって発想が柔軟だな」
「ちょっとは役に立てた?」
「大助かりだぞ。オレじゃ思いつかなかったよ。そうと決まればさっそく依頼書を発行するか」
「じゃあ、私達はお暇するねぇ。お仕事頑張れーって意味を込めて、このキャンディーあげる! 疲れた時には甘い物っていうから」
「おっ、ありがとな。じゃあまた、モモちゃん」
「うん、お邪魔させてもらうね」
ギャルタスさんの背中にそう言葉をかけると、僅かに振り返ったギャルタスさんから爽やかな笑みが返ってきた。そうして、今度こそ奥に消えていく。うんっ、これでバル様から頼まれていたお使いは達成だね!
「それじゃあ私達もお屋敷に帰ろっか。お昼が近いからお腹がぐうぐう言いそうなの」
桃子は専属護衛の二人を見上げると、ちょっぴり恥ずかしく思いながらお腹をさすった。




