348、モモ、お使いをする~旅前の準備には荷造りと挨拶まわりが必要なんだって~前編
マーリさんからセージのコントロールについて合格をもらえた翌日、桃子は護衛の神殿の門前である手紙を大事に握りしめながらレリーナさんと馬に相乗りしていた。隣にはジャックさんも馬に乗っている。自分の足で歩くのとは違い、やっぱりお馬さんだと着くのが早いの。現在の時刻は鐘十回が鳴った後、つまり元の世界の言い方では、午前十時過ぎだね!
今日は加護者として来たわけではない。だから桃子は目立たないようにお子様らしい装いをしている。白いシャツのまん中におっきなお花が刺繍されたものに、サスペンダーつきの黄色いチェックのキュロットスカート、それから、春祭りの時にバル様に買ってもらったリンガのポシェットを首から下げている。ちなみに中身はキャンディです!
そのキャンディは、バル様がくれた試食品が美味しかったから「どこでもらったの?」 って聞いたら、今日の朝には紙袋にたくさん入ったものがお屋敷に届いちゃったんだよ! 最近よく出現するのが、この『甘々バル様』なの。どうしてそこまでしてくれるのかはわからないけど、気にかけてもらえるのは嬉しいよねぇ。甘やかされっぱなしはダメだと思いつつも、プレゼントしてくれたのがキャンディーだから素直に喜んじゃった。
でも量が多かったから、お屋敷のみんなにもおすそ分けしたよ。器に盛って今回は紙に「ご自由におつまみください」って書いておいた。ミミズがちょっと跳ねたような字だけど、なんとか人に読んでもらえるくらいには成長しました! 蜂蜜味のキャンディは上品な甘さだからおすすめなの。
神殿の解放された扉からは街の人達が出入りしていて、門番として立つ神官さんにも親し気に話しかけている姿を見つけた。今は基本的には誰でも出入り可能な状態になっているようだ。門をくぐると、神官のお姉さんは一瞬固まって、慌てているのを隠すように速足で近づいてくる。
「……加護者様と護衛の方でいらっしゃいますね? 本日はどのようなご用向きでございますか? 大変恐縮でございますが、伝達が滞ったのか、門番係の神官もご訪問についてなにも伺っていないようでして……」
「ううん、門番さんのせいじゃないの! 今日はルイスさんにお手紙を届けに来ただけだから、普通の子として通してもらえないかなぁ?」
「ルイス、様ですか?」
「モモ様がおっしゃっているのは、ルクティス大神官様のお名前です」
「ああ、そうだったのですね! わかりました。まずは馬をお預かりいたしましょう。それから大神官様をお呼びいたしますので」
レリーナさんの素早いフォローのおかげで、ハテナの出し合い合戦とはならずに話が通じた。安心していると、馬の手綱を見下ろしたジャックさんが考えるように一瞬動きを止めて、桃子に顔を向けてきた。
「今日は神殿に長居はしないんだよな?」
「うん、お使い先がまだあるからねぇ」
「それなら、馬はこのままオレ達の傍に置いた方がいいよ。──ですよね、レリーナさん?」
「ええ、そうね。その方がスムーズに次の届け先にいけるわ」
「わかりました。でしたら、どうぞ目立たぬこちらでお待ちください」
神官のお姉さんにすすめられて、桃子達は馬を連れたまま通り道から外れた壁の傍で待たせてもらうことにした。おいちゃんかルイスさんって呼ぶことが多いから伝わるとばかり思っていたけど、神殿内では本名のルクティスさんで呼ばれてるんだったね。
桃子はそれを思い出しながら、神殿内の様子をのんびりと見まわしてみた。街の人達が進む先には、桃子も入ったことがある円形の建物がある。それは街の人達のための神殿だ。以前は閉ざされていた扉も全開で解放されているようだ。神殿という場所は変わらないのに、前とは全然様子が違う。穏やかな静けさの中に人の動きや声で生まれる細やかな音が存在し、そこには優しさを感じた。
腰の曲がったお婆ちゃんが男の人に支えられるように神殿に入っていったり、元気な子供がお父さんらしき人と一緒に手を繋いで扉の奥に消えていく。みんな、亡くなった人や神様に祈ったり、心の中で語りかけているのかな?
通りかかった神官さん達の表情も明るくて、桃子に気づくとさりげなく頭を下げてくれた。加護者として来ているわけじゃないから、見てみない振りをしてくれるのはありがたいよねぇ。私も頭を下げる代わりに手をフリフリすることを忘れない。最近はこうやって手を振ることが多いの。それだけ挨拶をしたい相手が増えたってこと。
この世界は私を一人ぼっちにはしない。それは、とても幸せなことだよね。だから些細なことでもお返しをしたいの。
「しっかし、上に立って人を率いていく人が交代しただけでこんなに変わるんだなぁ」
「そうね、神官の方達も雰囲気がとてもいいわ」
「今の神殿なら神様にも祈りがしっかり届いていそうだねぇ。私も軍神様に後で挨拶させてもらおうっと」
ルクルク国に向かうことの報告も兼ねてね。なんて三人で小さな声で話していると、お姉さんがおいちゃんを連れて戻って来てくれた。神官服を着ていないので一見すると一般人に見えるから、街の人は誰も注目してない。つまり、誰もおいちゃんが大神官だと気づいていないのだ。就任披露をした時と今では無精ひげとぼさっとした髪のせいで別人みたいだもんねぇ。それに神官服を着ている人が神官さん! っていう印象が強いから、そのせいもありそう。
「よく来たなぁ、モモちゃん! おっ、髪を切ったのか? すっきりしてて似合うぞ」
「えへへっ」
前髪を触りながら照れていると、おいちゃんが桃子を抱き上げて左腕に乗せてくれた。おおぅっ、大歓迎されてる!?
「はぁ、モモちゃんの重さが落ち着くよ」
「大神官のお仕事が大変なの? ちょっとお疲れ気味に見えるねぇ?」
「まだ慣れないことが多くてな。だが、幸いにも周りに恵まれてるからずいぶんと助けられてるよ」
「そっか。私にお手伝い出来そうなことがあったら、いつでも言ってね。ダッシュで駆けつけちゃうよ!」
「モモちゃんは頼もしいなぁ。おいちゃんも頑張るとするかね。大神官になると自分で決めたんだからな、ここが踏ん張りどころだ。ところで今日はどうしたんだ?」
「あのね、バル様のお使いで来たの。お手紙をどうぞ!」
「お使いか、偉いなぁ」
桃子はずっと大事に握りしめていたお手紙の内の一通をおいちゃんへと差し出した。これで一つ目の任務は完了です! けれど、受け取ってくれたおいちゃんの後ろからタオが怖い顔で走ってくるのが見えた。どうしたんだろう。なにか怒ってる?




