35、バルクライ、冷静に激する
バルクライ視点にて。
最初から、おかしいとは思っていたのだ。国王の毒殺未遂を兄が騎士団に一報したというのが、まず不自然だった。今日は城に行くことが決まっていたため、それを知る兄ならば、バルクライが屋敷に居ることくらいは予想がつくはずだ。
それなのに、伝令を飛ばす先を騎士団にした時点で、誰かの意図を感じ取るのは容易かった。だが、仮にも国王の暗殺未遂となれば、立場上バルクライには確認を取る必然性が生まれる。それが嘘でも真でも兄から登城の命が出ているというのだから、従わざるを得ない。
狙ったようなタイミングは、作られたものだ。関与しているのは間違いなく神殿だろう。しかし、バルクライはそれほどモモのことは心配していなかった。彼女の本来の年齢が十六歳であり、普通の幼女ではないことと、屋敷にいる使用人の中に魔物討伐で稼いでいた腕の立つ者が数人居たからだ。
しかしその安心も、城で執務中の国王である父の様子を目にした瞬間に、嫌な予感に変わる。
「バルクライ? 約束の時間よりも随分と早いが……?」
執務の手を止めて尋ねる父に、バルクライは胸を焼く怒りに暫し口を噤む。やはり、謀られていたのだ。その時、王の間の外がざわつき、兵士が入室を求めた。
「国王様、申し訳ございません。バルクライ様のお屋敷のメイドが、バルクライ様に今すぐお会いしたいと来ております」
「父上、申し訳ないが、ここに通させてくれ」
「好きにせよ」
資料を一瞥し、問題ないと判断したのだろう、許可が出る。バルクライはすぐに兵士に命じた。
「通してくれ」
「はっ」
バルクライはすぐに扉を開かせて、レリーナを迎え入れた。レリーナは汗だくで息を荒げている。尋常ではない様子でバルクライに近づくと目の前で崩れ落ちる。
「申し訳、ございませんっ。モモ様が何者かに攫われてしまいました!」
「……予感はこれか。父上、聞いた通りだ。神殿の者が噛んでいるのは明白だが、今は証拠がない。騎士団を動かすわけにはいかないだろう」
「ならばどうする?」
試すように黒い双眼を向ける父に、バルクライは頭を下げる。
「オレを騎士団団長から外してくれ。あの子をこのまま死なせるわけにはいかない」
「幼い迷人一人に立場を捨てると言うのか?」
「そうだ。オレにとっては貴重な一人だ。あの子の傍ではよく眠れるからな」
「…………」
「必要ならば、この場で王位継承権を返上する。それでも許されないのなら、この国を出てもいい」
「その必要はない!」
バターンと扉が開く音が背後でした。顔を上げれば兄が立っていた。強い目がバルクライを射抜き、破顔する。
「聞かせてもらったぞ。お前がそれほどまでに誰かを欲するとはな。そのモモという子はよほど特別と見える。父上、騎士団を動かす許可を出してやればどうだ? このままでは本当に国を去りかねんぞ」
「ふむ……ではバルクライ、お前に一隊動かす許可を出してやる。自由に動いてみよ。その子供を保護した後は、今度こそ必ず連れてこい。王妃も楽しみにしている」
「感謝する」
バルクライは父に一礼すると、兄の傍をすり抜ける瞬間に囁く。
「……助かった」
「兄だからな」
屈託ない顔で手を振る兄に背を向けて、廊下を足早に急ぐ。レリーナが慌てて国王と兄に礼を告げて、後を追いかけてくる。
「バルクライ様、私達はいかがいたしましょう?」
「お前は屋敷に戻り次第、モモの行方に関する情報を密かに集めろ。ロンの指示で、もう探している者もいるのだろう?」
あの優秀な執事は、そのくらいのことはしているはずだ。案の定、すでに動いていると返事が返って来た。
「六日以内に見つけなければ、モモの命にかかわる」
昨日の夜、寝る前にセージを与えたきりなのだ。このままでは三日後に一歳児に戻り、六日後にセージ切れで死を迎えることになってしまう。神殿がそれより早く、モモに何かをする可能性も十分考えられた。
「アレを使えば、あるいは……」
しかし、モモにはまだアレの使い方を教えていなかった。朝は慌ただしく時間がなかったために失念していたのだ。いや、逆にそれが見つけ出す手助けになるかもしれない。バルクライは頭の中で今後の指示を並べ立てて、冷静さを保つ。だがその目には、冷酷で苛烈な怒りが宿っていた。