346、モモ、鍛錬する~魔法とは奥が深いもののようです~前編
ルクルク国への出発が決まってから、桃子はバル様とはまた違う忙しさに見舞われていた。というのも、ルクルク国はジュノール大国と違い気候が一年中暑いらしく、服をそれに合わせて準備する必要があったからだ。
そのため昨日は、セージの鍛錬を早めに切りあげて屋敷に戻り、バル様が呼んだお洋服屋さんとレリーナさん主導のもとで桃子の夏服ファッションショーが開催されたのである。ドレスを買ってもらった時にスリーサイズを計ってもらっていたので改めて図る必要はなかったけれど、持ち込まれた服はかなりの量だった。こんもり積まれた服には回れ右して逃げ出したくなったけど、踏ん張ったよ!
爛々と目を輝かせるレリーナさんとメイドさん達の迫力に押されたっていうのもあるけど、ルクルク国に一緒に行けないって知らされて落ち込み気味だったレリーナさんが楽しそうにしていたからねぇ。元気になってくれるなら、いつもお世話になってるんだし少しくらい苦手なことだって頑張っちゃうよ。
そうして今日がセージの特訓最終日。桃子はディーとリキットと一緒にルーガ騎士団の鍛錬場にやってきていた。木々の近くで胡坐をかいて瞑想する二人の間で、桃子はジャックさんが貸してくれた上着の上に遠慮がちにちょこんと正座しながら深く息を吸ってセージを細く放出することに集中していた。
「モモ様、意識が散漫になっていますわね? 集中しましょう」
「はいっ、マーリ先生」
「ディーカル君とリキット君はそのままセージの放出をキープしてください。そう、安定していますわ。精霊は絶対に呼びよせてはいけませんよ。特にディーカル君」
「おう……」
「了……解……」
ディーもリキットもすんごく眉間に皺をよせて、前に出した右手にじっと手元を睨んでいる。くたびれてどことなくボロッとしてる二人に、マーリさんが清清しく微笑んで注意を促す。短期間でコントロールするっていう目標を達成するために文字通りに寝る間も惜しんで頑張ったのがありありとわかる姿だ。だって、ディーとリキットの目が疲れで据わっちゃってるもん。なのに異様にギラッとしてて迫力がある。
これまでの鍛錬を振り返れば、思わず遠い目になる。たった三日なのが信じられないほど濃い内容だった。一日目は、セージの使い方の基本を教わって、二日目からはどれだけセージを出すことを続けられるか、それから自分達のセージがどれだけの量なのかを体感で確認した。ディーは規格外だけど、リキットも普通の人に比べたら量は多い方なんだって。私は身体が五歳児だから使える量がまだ少ないみたいだけど。
でも、心の中の五歳児は魔法という素敵な単語にそわついていたから、口をへの字にして手に持っていた魔法ステッキで地面にのの字を書き出しちゃった。つられて私もがっかりしちゃったけど、ダナンさんは私は成長途中だからセージも増えていくはずだって教えてくれた。だから未来に期待しよう。十六歳に戻ったらセージもギューンって増えるかもしれないもんね?
そんなわけで、この三日間、三人は頑張ったのだ。それはものすんごく頑張った。ディーとリキットは言うまでもないが、桃子も午後の鐘三つが鳴る頃には眠気に襲われて首がかくって落ちそうになりながら、必死にセージの持続鍛錬を続けてきたのである。
ちなみに今やってるのは細く長くセージを放出し続ける鍛錬なんだけど、これをしていると身体がだんだん疲れて重くなっていくんだよ。それでも頑張って続けることでコントロールを強化して、自分の限界がしっかりわかるようになるの。私はセージを細く細―く糸みたく伸ばすのは少し上手になったんだけど、元々の量が少ないからあんまりたくさん魔法は使えない。でもね、精霊さんとの交信は順調なの! お願いしたらちゃんと来てくれるようになったもん。これぞ鍛錬の成果だよねぇ。
それぞれの手に触れてセージの流れを確認していたマーリさんは、考えるように自分の両手を合わせると、にこりと微笑んで優しい声で恐ろしい号令を出した。
「皆さん、素晴らしい成長ぶりですね! では、これより十秒間だけ全開でセージを放出してくださいませ。始め!」
「くっそ、やった、らぁ……っ!」
「こ、これは……きつ……っ」
「ぬぅぅぅぅっ」
「モモ様、頑張ってくださいませ!」
「耐えるんだ! もう少しだぞ!」
お腹がスーッとして、お風呂の栓を抜かれたように自分の中にあるセージがぐんぐん減っていくのがわかる。その急激な変化に、頭の中で五歳児がキケーンキケーンと両手を振り回して訴え出す。レリーナさんとジャックさんの声援に後押しされて、それでも桃子は必死にセージの放出を続けた。
「うふふ、……三、ニ、一、止め!」
マーリさんの合図と共に三人は揃ってへたり込んだ。桃子もぱたりと後ろに倒れこむ、全身が重くて、地面に身体がめり込みそう。重力が倍になったみたいだよぅ。
「お疲れ様でした。セージのコントロールは見違えるほど上達しましたね。優秀な生徒さん達で教える側としてはとても誇らしいです。では、これより最終段階の鍛錬を行いますので、しっかりと説明を聞いてくださいませ。今から行うのは、魔法をイメージ通りに発現することですわ。これに必要なのはイメージ力ですね。初心者が複雑な形の付加をするのは難しいので、最初は単純な〇をイメージするのがおすすめですよ」
まったりした説明は耳に入っているんだけど、動けない。桃子は力なく返事をして、両腕をぐぐぐっと立てて起き上がろうとする。
「あい」
「はぁ、大人のオレ達でもきついんだ。ガキの身体じゃもっときついよなぁ。ほれ、手を貸せ」
「僕の手もどうぞ」
「うん、ありがとー」
二人に両手を引っ張ってもらってよいしょと身体を起こした桃子は、ぬんっと自分に気合いを入れ直す。華麗な魔法使いへはまだまだ辿りつけないけど、諦めなければいつか出来るようになるよね!




