343、モモ、むせる~慎重になるのは守りたいものがあるからだよねぇ~後編
「へぇ……実験にとち狂ってた前任とは違うってことか」
「ディー、断定は避けろよ」
「ただの軽口だぜ。カイにしちゃあ、これまでにないほどの慎重振りじゃねぇか」
カイが釘を刺すと、ディーが大きな口にロースを一枚放り込んでフォークをくるりと回した。むしゃむしゃって音が似合う感じの食べっぷりだねぇ。豪快に見えるけどフォークとナイフの使い方が綺麗。桃子も自分のお皿に乗った餃子型の包み焼きにナイフを入れる。包み焼き入刀です! ……お肉に当たっちゃってるのかなぁ? すんなり切れないの。
「魔法開発部にいい印象を持っている人間はルーガ騎士団にはいないよ。それに過去の出来事を抜きにしても、オレはあの男に胡散臭さしか感じなかったね」
「わかるぜぇ。オレ達役職つきはあの時苦労したからな」
「ですが、前任者の罪をまともに働いていた方にまで負わせるのは不条理というものです。私達は慎重でも公平でなければいけません」
「素晴らしいお考えですわ、キルマージ副団長」
美人さん同士の意見は一致してるみたい。そこでダナンさんが食事の手を止めた。私はまだ料理と格闘中! ああああ、皮がボロボロになってきちゃったよぅ……お肉とキノコのとろっとした中身が見えるの。……あれぇ? 手からナイフがなくなっちゃった?
「自分は魔法開発部に協力するのは反対です。団員達の中にも信頼のおけない相手に自分の武器や団服に触れさせることを嫌がる者は多いでしょう」
手をわきわきしながらテーブルの上を見回すとバル様と目が合った。テーブルと手にナイフが一本ずつある! バル様が私の手から取ったんだね。黒曜石の目が待つように言ってる気がして、お行儀よく座り直すことにした。
すると、バル様が格闘相手だったお皿も自分の手元に寄せて、お子様用のナイフで綺麗に切りわけてくれた。いつもお手数をおかけします。でも、これでようやく食べられそう! お皿を返してくれるので、ありがとうの気持ちを込めて笑顔を向けると、バル様の目が優しく細まった。それからゆっくり瞬くとダナンさんへと視線が動く。
「……安心しろ、この話はすでに断った」
「そうでしたか」
バル様の答えにダナンさんが安心したように声のトーンを戻す。隊長としてルーガ騎士団のことをそれだけ心配していたんだろうね。桃子はようやく口に出来た包み焼きに幸せを感じつつ、耳でしっかりお話は聞いていた。だから、ちゃんと料理を飲み込んでからバル様達に疑問に思ったことを聞いてみる。
「バル様達はパーカーさんが魔法開発部の人だから信用出来ないんだよね? それじゃあ、立場を抜きにしたパーカーさん自身はどう?」
「……モモの言いたいことは理解した。しかし、信頼を置くには互いに信用を重ねる必要がある」
「うん。信頼って一日二日で出来るものじゃないもんね。でもパーカーさんが私を助けてくれたのは本当だよ? それに、今回も歓迎されないってわかっていたのに、たった一人でルーガ騎士団に来たのは、それがパーカーさんの誠意の見せ方だったんじゃないのかな?」
「なるほど、モモの意見にも説得力はあるね。信じるか信じないかの判断を下す前に、まず相手を知らないといけないってことか。──団長、オレはパーカー・ドライフの素生を調べるべきだと思います」
「そうですね。私達は彼がどのように総責任者になったのかは知っていますが、それ以前のことはなにも知りません。そこに判断材料となるものがあればおのずと答えは出せそうです」
「あのね、調べる中に、パーカーさんのお師匠さんのことも入る?」
「なにか気になるのか?」
「うーん、なんとなくなんだけどねぇ」
気になるというほどじゃないんだけど、本当になんとなく感じるものがあったのだ。パーカーさんがあの時、懐かしそうに話していたから、きっととても親しい相手のはずだ。
「……わかった。全員の意見を踏まえて考えておこう。──ディーカルとリキットのセージのコントロールは順調か?」
「マシにはなったけどよぉ、さっきも風呂で火の精霊が現れちまったから、まだ出来てるとは言えねぇな」
「ガゼ隊長に絡まれたからでしょう? モモ様にまで不敬な発言がありましたし、あれを無視は出来ませんよ」
「モモに?」
「団長を挑発する理由としてチビスケを利用するだなんだとほざいてたけどよぉ、心配ねぇ。副団長の名前を出したら大人しく毒づきながら引き下がったからよ」
なんだか聞いてる限りとんでもない人みたいだねぇ。だけど、それでも隊長を務めているってことは実力もあって部下の団員さんを引っ張っているんだろうね。桃子は顔も知らないその隊長に興味を持った。
「そうでしたか。それなら後で呼び出す必要はありませんね。──ディーカルも暴走することもなく力を抑えられたのなら素晴らしい進歩ですよ。ガゼは隊長としての力も害獣の討伐実績もかなりのものなのに、場所を考えずに団長に挑むほど好戦的なのが大きな問題点ですね」
「まったく話せないってこともないんだけどね。ああ、でもあいつが引き下がったのは、キルマのことは苦手だからだろ? 前に執務室でやらかした時にお前が本気で切れたから」
「あんな狭い場所で剣を抜くのですから、当然でしょう! 執務机と壁は傷だらけになるし、書類も一部切られて使い物にならなくなったんですよ? 傷をつけたものは本人の給料から天引きして弁償させましたけどね」
「えげつねぇ……」
「自分でやったことの責任は自分で取ってもらっただけですよ。ディーカルも天引きされたくなければ物を大事になさい」
「知ってんだろ? オレのは全部不慮の事故だっての」
「隊長は不慮というよりもうっかりが多いですよね」
「うるせぇぞ、リキット。そもそもうっかりはオレ達の部下だろうが。四番隊の団員は力押しが常套手段みたいな部分があるからよぉ、熱くなり過ぎてやらかすことが多いんだ」
「ですよね。けれど、いいところもあるじゃないですか。さっきも部屋のドアノブに傷薬が届けられていたんでしょ?」
「んぐぅ……っ」
不意打ちの話に桃子はパンを喉に詰まらせそうになった。けほっとむせていると、バル様が背筋をさすってくれる。どうしようっ、ケティさんの贈り物が勘違いされてる! 桃子が慌ててマーリさんに視線を送った。困った顔で微笑みを返される。約束したもんね? わかってるよ。誤解を解きたいけど、それでも出来ないのがもどかしい!
「モモ? マーリがどうかしたのか?」
「えっ!? えっと、美人さんだなぁってついつい見ちゃってただけだよっ?」
「あら、そんな風に言っていただけて嬉しいですわ。ありがとうございます、モモ様」
「……そうか」
やましい気持ちははないのに目が泳ぎかける。それを頑張って堪えながら答えていたら、マーリさんがフォローしてくれた。バル様の黒曜石の目が桃子をじっと見つめてゆっくりと瞬く。問い詰めるほどのことじゃないって見逃してくれたみたいだけど、もう全部バレちゃってそう。
桃子はひとまず料理に集中している振りをした。だけど気づくと、本当に夢中になっちゃっていたよ。美味しいお昼ご飯をごちそうさまでした!




