339、モモ、忘れそうになる~大事な人には身綺麗で会いたいから~後編
そんな桃子とダナンさんの様子にマーリさんが女神様みたいな慈愛の瞳で見てから、鍛錬中は武器を運んだり抉れた土を戻したりと手助けしてくれていたお姉さんに指示を出す。
「貴方達は武器の片づけをお願いしますね。お昼は自由に休憩して結構ですわよ。午後は副隊長の指示に従ってください。私は当初の予定通りに本日はこちらにかかりきりになりますから」
【了解しました、マーリ隊長】
「ということで、私も同行させていただきますわ」
微笑むマーリさんに、ダナンさんは無言で頷くと桃子を抱っこしたまま本部とは別棟の建物に歩き出す。背中にのんびりした声が追いかけてくる。
「ったく、こっちにもクソ真面目がいやがったな」
「団長をお待たせしないのは当然のことです。昼食をご一緒させていただけるなんて……っ! 身だしなみは整えていかないと。隊長も風呂上がりに熱いからってシャツの胸元を全開したりはしないでくださいよ?」
「そんくらい別に──……わかった、わかった。すげぇ顔してんぞ」
「誰がさせてるんですか! 団長と女性達が同席していることをくれぐれも忘れないでください!」
「どんだけ心配してんだ」
ディーとリキットが仲良く言い合う声が追いかけてくる。マーリさんがダナンさんの隣に並んで、桃子に顔を寄せてこそっと囁く。
「モモ様は私と女性用のお風呂に入りましょうね? 服を用意してから向かうので、先に浴場の前でお待ちいただけますかしら?」
「うん、待ってるね! ──私がお風呂に入っている間、レリーナさん達はどうするの? 近くで休憩してる? 一緒にお洋服借りてお風呂に入る?」
「いえ、私達は護衛ですので。ですが、モモ様のお身体をお洗いするので、私は服を着たままご一緒しようかと」
「ちゃんと洗うから、今日は一人で入っちゃダメかな? それにマーリさんが一緒なら危険はないはず!」
「私がしっかりと気をお配りいたしますわ。ですから、どうぞご安心くださいな」
「レリーナさんに洗ってもらうのは夜にお屋敷でお願いしたいなぁ」
団員さん達の前でまるっと洗われちゃうのは本当のお子様みたいで恥ずかしい。だから、マーリさんの言葉に重ねて説得してみる。外見は五歳児だから間違いじゃないんだけどね。ダナンさんの腕からちらっと見上げると、レリーナさんがほんのり頬を赤らめた。……この反応にも慣れてきた! 桃子の心は耐久性をレベルアップした。ほんのちょっぴり動揺に強くなったみたい。
「モモ様をお洗いすることは私の中では最重要任務です」
「もっと大事なものがあるよぅ。思い出して」
「最重要、任務です!」
とんでもない言い分を強調して繰り返された!? 強くなったはずの心は一瞬でレベルダウンする。慣れたと思ったのは気のせいだったぁっ! クールな美人さんがとっても残念な美人さんになってるレリーナさんは、未だにモモ人形を片腕に抱いていた。そっちのモモならいくらでも洗っていいよ……?
ダナンさんが熱波を避けるように桃子をそっと腕で庇ってくれる。その優しさがレベルダウンした心に優しい。
「レリーナさん、守らなきゃいけないモモちゃんが困った顔をしてますよ。女隊長さんもこう言ってますし、団員達が使う風呂なら他の人もいるんですから、少しくらい自由にさせてあげてもいいんじゃないですか? ──モモちゃん、風呂の中で走りまわったりしないよな?」
「絶対しないよ!」
どんなに五歳児の好奇心が疼こうとも、この約束は守ってみせる! 桃子の表情にもその決意が表れていたのか、レリーナさんが折れてくれた。とっても残念そうだけどね。
「……わかりました。では、私達は浴場の近くでお待ちします」
「ありがとう。たまにはのんびりしててね」
桃子はほっとする。レリーナさんの荒ぶり方にどうしようかと思ったよ。ジャックさんに感謝を込めてにぱっと笑顔を向けると、にっかりと笑顔が返された。
おしゃべりしている間に、建物の前まで来ていた。開かれた扉からは団員さん達がのんびりと出入りする姿が見える。お休みなのか、私服の人もちらほらいて、楽しそうに話していた。その人達が桃子達に気づく。
「お疲れ様です! ……ええっ!?」
「気にするな」
ダナンさんは足を止めずに扉の中にそのまま進む。それでいいのーっ!? 女性団員さんがぽかんとした表情で通り過ぎる桃子達を追っていたので、せめて手を振っておく。お邪魔します!
建物の中は広くて、左右にそれぞれガラス張りの受付みたいな事務所があって、階段や扉も左右に別れて存在するようだ。団員さん達の動きを見ていれば、廊下を中心に左右で男女が別れて住んでいるのがわかった。バル様のお部屋も左側のどこかにあるのかも?
と考えていたら、事務室から出てきた団員さんがぎょっとした顔で叫んだ。
「ダナン隊長が子供を抱っこしてる!?」
「モモ様だ」
「急いでいますので、ごめんなさいね」
ダナンさんはやっぱり足を止めずに廊下を真っ直ぐに進む。擦れ違いざまにマーリさんがそう言って微笑む。
「ダ、ダナン隊長が! 子供が熱を出すほど号泣した伝説を持つあのダナン隊長が子連れ!?」
「そんなに驚くことか」
「実はダナンの子供らしいぜぇ?」
「ディーカル隊長の言うことは信じないように!」
ダナンさんが眉をひそめて通り過ぎると、ディーが頭の後ろで腕を組んでそんなことを言い残し、その後ろを通ったリキットが噛みつくように否定していく。なにこの一連の流れ! 私も今度誰かとすれ違ったらなにか言ってみようかな? なんて思っていたら、ダナンさんが左右の階段のまん中で足を止めた。
「では、私は部屋に着替えを取りに戻りますわ。モモ様は浴場の扉の前でお待ち下さいね」
「僕達もです。モモ様、またお風呂の後でお会いしましょう」
「風呂で溺れんなよ、チビスケ」
「頑張る!」
「……おい、マーリ、本当にちゃんと見とけよ?」
ちゃんと返事をしたのに、なぜかディーがマーリさんに念押ししてからリキットと一緒に左の階段に、マーリさんは右の階段を上がっていった。バル様のお部屋も上にあるのかも! そんな風に思っていると再びダナンさんが歩き出す。
真っすぐ進んでいくと、二つ並んだ扉が見えてきた。左は青い扉で、右は白い扉だ。入口の長方形の扉と違ってこちらの扉は上に柔らかな丸みがある。ダナンさんは白い扉の近くに桃子を下ろしてくれた。
「こちらが女性用の浴場です。モモ様はここでお待ちください。自分も服を取りに戻りますので」
「案内してくれてありがとう!」
「お気になさらず。自分こそ抱き上げさせて頂きまして、ありがとうございました。では、失礼いたします」
ぎろっとした目を伏せて神妙な感じでお礼を言われた。そのままルーガ騎士団の胸元に手を当てる礼をして去っていくダナンさんに、桃子はなんだか切なくなった。なんでもない振りをして、子供に泣かれちゃうことを気にしていたんだね。今度他の子供と関わることがあったら、私も同行して誤解を解いてあげるよ! 同じお子様同士、きっと伝わるはず。桃子は心の中でダナンさんにそんな応援をしていた。




