338、モモ、忘れそうになる~大事な人には身綺麗で会いたいから~前編
お腹が空いたのとセージ不足でスースーするなぁ。桃子は指導者役の二人と専属護衛の二人にちょこちょことセージを分けてもらいながら、ディー達と一緒に頑張っていた。しかし、最初から飛ばし過ぎたのか、いきなり体重が増えたかのように、身体がずしーっと重い。桃子はへろっとした笑顔を周囲に向ける。
「もうすぐお昼だよね? 頑張ったから、今日のご飯はいつもより美味しいはず! あの、もしよかったら、みんなでお昼を食べない?」
「ええ、ぜひ同席させていただきますわ。ディーカル君達も集中力が切れてきたようですし、ちょうどいい頃合いですものね。少し早いですけど切り上げましょうか」
「おう。先に汗を流しちまおうぜぇ。こんだけ汗だくだと気持ち悪りぃわ。チビスケも風呂に入っとくか?」
ディーが白いシャツの胸元を嫌そうに指でつまみながら、桃子に視線をくれる。言われてみて気づいたけど、確かにちょっと肌がベタついてるかも? 今の私って汗臭いのかな!? バル様とも一緒にご飯なのに、臭いままじゃ傍にいられないよぅ。心の中で五歳児が小さな鼻を指でつまみながら顔の前で×を作る。地味にピンチです! 焦りながら頷こうとしたら、ジャックさんの待ったが入る。
「モモちゃん、ダメだよ! 隊長さんと一緒に風呂なんて、バルクライの旦那がどんな反応をするか……考えるだけで怖っ。──隊長さん、モモちゃんが女の子ってことを忘れないでくださいよ」
「オレがチビスケと入るんじゃねぇよ! 団長と死ぬ気で戦り合うことには、すげぇそそられるもんがあるけどな。ルーガ騎士団本部には団員用の入浴場が設備されてる。言うまでもないが混浴じゃねぇぞ? そっちが嫌なら、団長と副団長と補佐の自室には浴室がついてるから貸してもらえ」
「ディー達はみんなでお風呂に入ってるの? わぁっ、楽しそう! 私も女性用の方にお邪魔しても……はっ! ダメ、着替えがなかったよ。うむむっ、せっかくセージの使い方を教えてもらったんだから、風の魔法で乾かせないかなぁ?」
えいってかけ声で華麗な魔法が発動すればいいのにね。桃子は服やパンツが空中でクルクルと回転している様子を想像してみた。乾燥機みたい! ドライヤーがないから、たぶんこの世界にはないと思うけど。
「魔法で服を……モモ様は面白いことを思いつかれますね。しかし、そのような方法で魔法を使うには繊細な加減が必要でしょうから、すぐには難しいかと。自分も含めて全員が午前の鍛錬でかなりのセージを消耗していますので、ほぼ間違いなく誰がやっても服がボロきれになります」
「魔法は止めとくの!」
ダナンさんの言葉に、想像の中で回転していた服が木端微塵になった。悲しい結末を防ごうと、桃子は急いで中止を宣言する。服は大事! 装備0で異世界に来た身としては、服とパンツがいかに大事であるかを忘れちゃいけない。
今日はルーガ騎士団のお風呂とはご縁がなかったんだねぇと、残念に思っていると、ジャックさんが自分の顔を親指で差した。
「オレが屋敷までひとっ走りしてモモちゃんの服を取ってこようか? 大した距離じゃないから遠慮はいらないよ。──いいですよね、レリーナさん?」
「ええ。隊長様方がご一緒ですし、私が護衛としてお傍に控えるから、モモ様の安全面では問題ないわ。お願いしてもいいかしら?」
「喜んで!」
ジャックさんが嬉しそうに返事をする。熊さんみたいっていつも思うんだけど、見えない尻尾がふりふりしてるこの感じはご主人様に全力で懐いてるわんちゃんだ! 今にも駆け出しそうな感じも似てるよねぇ。
桃子がうっかり気を取られていると、マーリさんが聖母のように慈愛ある微笑みを浮かべた。
「お待ち下さい、護衛の方。よろしければ、わたくしの服をモモ様にお貸しいたしますわ。ワンピースでしたら裾を上げて腰の部分で縛ってしまえば着れないことはないでしょうから」
「モモ様、いかがなさいますか? どちらになさっても構いませんよ?」
レリーナさんが桃子にそう聞いてくれる。いつも私の意志を聞いてくれるんだから、本当にありがたいよねぇ。桃子はお手数をかけちゃうことに申し訳なさを覚えつつも、ルーガ騎士団のお風呂に対する好奇心が抑えられずに大きく頷く。お腹が減ったことも忘れちゃいそうなほどわくわくする!
「マーリさんのお洋服を貸してください!」
「ええ、いいですよ。なるべく小さくて可愛いものをお持ちしますわ」
「よかったな、チビスケ。もしサイズが合わなかったらよ、リキットにシャツでも貸してもらえ」
「隊長、なんでそこで僕を頭数に入れるんです?」
「そりゃあ、オレとダナンよりお前の方が小せぇから──いてぇっ!? おまっ、足癖が悪りぃ奴だな!」
「あんたとダナン隊長が高いだけで僕は普通です!」
「今のはディーカルが悪い。リキット、男は背の高さではなく懐の広さだ。自分はそう思うぞ」
言葉の乱れに怒りがこもっているリキットに、ダナンさんが援護射撃をする。ジャックさんもうんうんと頷いて同意を示している。
背のことがコンプレックスなのかな? この世界の人ってみんな平均以上に高いからねぇ。男の人なんてね、今の私からするとみんなだいたい巨人だよ? どなたか、私の首に優しい人はいませんかーって時々言いたくなっちゃうもん。大変なのは私も相手も一緒だから、そのせいもあって抱っこ率が高いんだけどね。
ディーは脛から手を離すと上着を拾いながら、からかう気満々の様子で首を傾ける。
「なんだよ、オレが最高の男だって? そりゃ当然だぜ。この通り背も高いし懐も広いからなぁ」
大仰に両手を広げるなんて仕草もつけ加えちゃって、これみよがしの悪い顔! バル様がいなくなった後も走って飛んで跳ねてって動き回っていたのに、まだまだ元気みたい。体力あるねぇ。
桃子が感心していると、容赦なく魔法を放っていたマーリさんがおっとりと言う。
「ディーカル君にもないものはありますわよ」
「ああ? なにがないってんだよ?」
「デリカシーです!」
「くふ……っ」
「笑ったなぁ、チビスケ?」
さっくり反撃したリキットに、桃子は口元を押さえて笑いを堪えた。でも、ディーにはバレバレだったみたい。頭に大きな手が伸ばされるので、桃子はリキットの後ろに逃げた。安全地帯だと安心していたら、ダナンさんにぎこちない仕草で抱きあげられてしまった。桃子は目を丸くする。まさかの裏切り!? 目力の強い視線がじっと注がれる。今日も、いい子の桃子さんだったはずだけど……? 悪い子判定されちゃった?
「汗を流さないままでは風邪を引きますよ。自分が案内を兼ねてモモ様をお運びしても?」
「はいっ、お願いしまーす」
「震動が強い、酔いそう、などありましたらおっしゃってください。出来るだけ善処します。──ディーカル、リキット、昼は団長もご一緒だろう。お待たせするわけにはいかない。自分はモモ様と宿舎に向かうぞ」
目力のせいで勘違いしてたみたい。やっぱり優しい人でした! 初めてお話しした時に、ダナンさんは子供に泣かれることが多いって言ってたから、たぶん小さい子を抱っこしたことがないんじゃないかな? 私を抱き上げてくれている腕の筋肉が緊張で盛り上がっていて、どうにもお尻が落ち着かない!




