337、ラルンダ王、使者を迎え入れる
*ラルンダ王視点にて。
王座にゆるりと身体を預けたラルンダに、親書を携えたルクルク国の使者達が頭を垂れていた。周囲には臣下の者が立ち会っているが、相対する五人の使者に緊張の色はない。甲冑をつけた女で形成されているルクルクの使者は、化粧気はないものの目鼻立ちのはっきりした美しい容姿の者達だ。だが、女だからと軽視する者はジュノール大国にはいない。女王が統治するルクルク国の女騎士達の実力は他国に知れ渡るほど高いのだ。女達は堂々たる態度で口上を述べる。
「ジュノール王様、王妃様、ご尊顔を拝するお許しをいただきましたことに、深く感謝申し上げます。ルクルク国の女王様より、親書と贈り物をお持ちいたしました。どうぞ、お納めください」
「ジュノール大国はそなた達を歓迎しよう。──宰相よ、親書をここに」
「はっ」
ラルンダの指示を受けて、宰相が恭しく女騎士から親書を両手で受け取り、差し出してくる。それを受け取り親書を開くと、女王からの親書を無言で読み進めた。
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先の害獣繁殖期に警告いただいたことに対し、深く感謝をお伝えしたい。我が国の討伐は部隊編成を変更し、甚大なる被害を未然に防げた。
故に妾から感謝の意を込め、獅子型の毛皮と我が国で取れた最高級のプルナを送ろう。ご賞味いただければ幸いである。
また、親愛なるジュノール大国に新たな加護者が誕生したことをお喜び申し上げる。幼い加護者は賢くも無邪気な者で、ナイル王妃も大変可愛がっていると聞き及ぶ。
そこでどうだろう? 近く、王女達が力試しを行うので、その催しにジュノール大国を招待したい。この機会に、ぜひ新たな加護者にもお越しいただければと思う。両国にとって更なる友好へとつながることを願っている。
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「……ルクルク女王のお気持ちはしかと受け取った。親書の返答はしばし待たれよ。旅の疲れもあろう。そなた達が滞在する間の部屋を用意した故に、ゆるりと寛ぐがいい」
「お心遣いに感謝いたします」
深く頭を下げるルクルクの使者である女騎士に、王妃であるナイルが親しげに笑いかける。その様子を見るに、嫁ぐ前に親しくしていた相手のようだ。
「エテミティよ、私は懐かしい友の顔を見ることが出来て嬉しいぞ。後ほど部屋を訪ねてもよいだろうか? 久しぶりに会ったのだからルクルク国の話が聞きたい」
「はい、いつでもお待ちしております、ナイル王妃様」
「執務を終えたら飛んでゆくからな!」
ルクルクの使者が案内役の騎士と共に王の間を出て行くと、王は王座に片肘をついてうっすらと眉間に皺を寄せた。その様子に同席した臣下達が表情を緊張したものに変える。
「いかがなさいました、陛下?」
「ルクルク国から近々行われる催しに招待したい旨が記されておる。だが、この招待には加護者も共にと含まれているのだ」
「なんとっ! そのようなことが!?」
「加護者様も、でございますか?」
「さすがに同盟国といえど他国へはモモ様のご年齢を考えまするといささか早すぎましょうや」
「……ナイルよ、そなたはこの親書をどう考える?」
ラルンダはナイルに親書を渡すと熟考する。ルクルク国の女王が、加護者であるモモに興味を持つことは想定内であった。なにしろこれほど幼い加護者は珍しい。その上、幼女となればルクルク女王の琴線に触れるのもおかしくはない。
また同盟国の中には、新たな加護者を自国へ引き入れたいと密かに手ぐすねを引いている国もある。相手がジュノール大国であるために、加護者誕生の祝いと評して贈り物をしてくるだけに留まっているのだ。中にはルクルク国のように自分の国にも招待したいという書状もあった。だが、あの幼子を一人で他国に行かせるなど論外である。
「ふむ、女王はモモとの顔合わせをお望みか。相手は我が祖国だからな、身の危険は低いぞ。そなた達が慌てるほど無理難題というわけでもあるまい。私もな、手紙に小さくて愛らしい加護者だと書いたから、より女王が興味を引かれたのであろう」
「かの国の望みを叶えることでジュノール大国にも利はある。望みを叶えてやれば、それが今後の取引材料の一つとなろう。さらに、二度にわたり退けたとはいえ悪しき者は今だ存在するのだ。同盟国とのつながりを深めておいて損はない。しかし、加護者であるモモ本人の気質の問題もある。あれは人間の裏を読むことにとんと向かぬ」
「さようでございますね。まったく読めぬわけではないのでしょうが、モモ様は自分を害した者にさえ、その理由を考えて心を添わせようとなさるお方でございましょう」
「おおっ、その通りよ!」
「わしはそのような加護者様ならば、ルクルク国との新たな懸け橋になってくれると思いますぞ」
「それもまたよし! どちらにしてもモモ様ご自身がお選びになられることであろう」
「ふふん、素直さはモモのよいところではないか! 他国へ行くことで学ぶことも多いはずだ。それにルクルク国は強き女の国だからな。愛らしいモモには優しいぞ。可愛いから返したくないなどと言われそうだが、そうなれば私が迎えに行く!」
「王妃様、その時はわしもご一緒させてくだされ!」
「いいとも。モモが帰って来たくないと言っても、必ず連れ帰ってみせよう。モモは私のことも好いてくれているからな、きっと私が迎えに行けば戻って来てくれるはずだ!」
「なんとそれほどの仲でございましたか! わしは一度しか面識がありませんからなぁ、お菓子と玩具を用意してから向かいましょうぞ!!」
「ゲイン将軍、お声が大き過ぎますよ」
ジオス将軍が苦笑して止める。信頼に値する臣下だが実に暑苦しい。そもそも菓子と玩具でモモが釣れるとでも──……釣れそうよな。王の褒美に菓子を選ぼうとする加護者だ。頭に浮かぶ幼女の能天気な笑顔をため息で打ち消すと、ラルンダは話の流れを正す。
「行くも留まるも決定権を持つのは加護者ぞ。仮にルクルク国に留まりたいと望むのならば、妨げることは神が許さぬであろう。が、私はその点の心配はしておらぬわ。バルクライが共にいる限り、あれは必ずジュノール大国へと戻ろう。……そうよな、やはり今回はバルクライが適任か。親善大使として赴かせれば、モモが仮にルクルク国の招待に応じることを選んだとて、問題はなかろう」
「私も同意見だ。いつもならジュノラスに任せるところだが、他国との交渉に出向いたばかりだからな。ついでにひと仕事頼んでいる。帰還に時間がかかるはずだ。かと言って、今の私達は自国に目を光らせなければならん」
「あの男も無駄な仕事を増やしてくれるわ。おおかた、息子が死んで抑える者がいなくなったのであろう。大人しく棺桶に入る順番を待てばいいものを」
「辛辣だがまったくその通りだな! しかし、私達がいる限りはそうそうに手を出してはこないだろう。尻尾をつかめばこちらのものだぞ。不穏の芽など二度と出せないようにしてくれる」
「他に意見がある者は申し出よ。……ないようだな。では、ルクルク国の親書に関してはこの方向で進める。バルクライには第二王子として親善大使の任に就いてもらう。加護者の招待についてはモモの選択に任せる。ルクルクへ同行する護衛騎士の選出と安全な旅路の調整を、またルクルク国に贈る品を十分に整えよ」
【はっ】
ラルンダはひじ掛けをタンッと一度叩くと、頭を下げる臣下達に鷹揚に頷いた。




