334、バルクライ、部下を鍛える 中編 その二
「わーおっ、お見事! あれほどの大暴発をなんなく防ぐとは、ルーガ騎士団師団長は魔法もかなりの腕をお持ちのようだ。いやぁ、いいものを見せてもらったよー」
軽口が混じった称賛に視線を巡らせば、キルマに連れ添われて小柄な紫髪の男が立っていた。バルクライは相手の顔を見て、すぐにその正体を思い出す。
「パーカー・ドライフ……魔法開発部の総責任者が直々にルーガ騎士団へ足を運ぶとは、なんの用だ?」
「まぁまぁ、そう警戒しないでくれよ。僕は君達と敵対することを望んでいない。ここにいるのは総責任者ではなくて、一研究員ってことで認識してほしい。こちらも記録上は、研究員がルーガ騎士団に注文の品を届けに行ったってことにしてあるからさ」
「目くらましか」
「僕が表立って訪問したとなれば、探りを入れる連中が必ず現れるからね。特に僕達はあの件で、周囲からは不仲だと思われているだろう? それなのに所長の僕が表立って動くのはよろしくない。だからこうして忍んで訪問したわけさ。ああ、でも今日の僕は運がよかったみたいだ。モモちゃん達も一緒のようだし」
名前を呼ばれたからか、レリーナとジャックに挟まれたモモがバルクライに確認するような目を向けてくる。どうやら、会話の邪魔をしないようにと遠慮していたようだ。五歳児らしく好奇心に目を輝かせていたかと思えば、こうして十六歳らしい思慮深さを見せる。はにかみながらこちらの反応を待つモモを、バルクライは考えもせずに自然と呼び寄せていた。
「おいで。モモも挨拶するといい」
嬉しそうな表情でモモが駆け寄ってくる。小さな足を懸命に動かしている姿が気にかかっていたが、転ぶことなくバルクライの元まで辿り着く。そうして、モモはバルクライの傍に立つと、パーカーに声をかける。
「こんにちは、パーカーさん!」
「はーい、こんにちは。うんうん、今日もモモちゃんは元気そうだ。それにレリーナちゃんも一緒でよかったよ。実は、お使いのついでに君に以前約束していた物を届けに来たんだよ」
「私に、ですか?」
「そんなこと言って、またレリーナさんをデートに誘う気でしょ!? このオレがさせませんよ!」
ジャックがレリーナの前で両手を広げると、パーカーに食ってかかった。それに笑いながら、男は背負っていたリュックを下ろしてごそごそと中をあさっている。その様子を見るに、モモが城で滞在する間に違う方向からも接触があったようだ。しかし、ジャックが必死な分だけレリーナの平静さが際立つ。彼女ならばたいていの男は自分であしらえるだろう。
「そんな必死に守らなくてもここで誘ったりはしないよ。それよりもこれを見てくれないかな? 試行錯誤に試行錯誤を重ねて作ったんだ。きっと二人とも気にいると思うよ。それでは──……じゃらららんっ、どうだいこの子の出来は!」
パーカーは珍妙な効果音を口にしながら、長方形の青い箱の蓋をパカッと開く。丁寧な手つきで取り出されたのは、二十センチほどの小さな人形だ。黒い髪と黒い瞳に愛嬌のある顔立ち、幼児特有の丸みのある身体、それは本人を知る者が見れば、一目で誰を模したのかがわかるものだった。
「あ? なんだこりゃ、チビスケにそっくりじゃねぇか」
「おやまぁ、やはりこれはモモですか?」
「そう。名づけて『加護者のモモちゃん人形』だよ。まだ試作品なんだけど、顔立ちは結構似てるでしょ? それにほら、このほっぺたのぷにぷにさ加減とか肌ざわりも拘ってるんだ。モモちゃんバージョン以外にもいろいろとオリジナルの種類を作って売ればさ、子供や女性向けにイケそうじゃない? ジュノール大国の新たな国産品として陛下に提案しようかと思ってるんだけど」
「売り出しちゃうのーっ!?」
モモが目と口を開いて全身で驚いている。人形はバルクライから見ても、なかなかよく出来ているように思えた。それを見知らぬ者達が手にすることには、少なからず胸に違和感を覚えるが、今モモが置かれている状況を考えれば人形を使うのも一つの手だろう。
ジュノール大国では、加護者モモの名はすでに広がりつつある。それはモモが望んだことではないが、これまでの経緯を考えれば当然ながら情報を押さえきれなくなっているのは明白であった。
……モモの守り方を変える時期に来ているかもしれない。バルクライはならばと思考を続ける。隠し切ることが無理ならば、それを逆手に取って知らしめてしまえばいいのだ。モモを見ればジュノール大国の加護者であると一目でわかるほどに。それほど知られていれば、今度は人の目こそが彼女を守る。だが、それには……バルクライは戸惑いの混じった目をして眉を下げている幼女に尋ねる。
「モモはこの人形が商品となるのは嫌か?」
「ううん、嫌ではないんだけど、その……恥ずかしい。それにね、せっかくこんなに可愛いお人形なのに、私の名前がついちゃってるとなんとなく申し訳ない気持ちになっちゃう。普通のお人形として売っちゃダメ?」
羞恥心からか、柔らかそうな頬を赤くするモモに頷いてやりたくなる。……他の方法を考えるか? バルクライが思案を続けていると、パーカーが全てを察したように、にまにまとおかしな笑い方をした。手だけでなく顔も器用な男だな。
「むふふ、バルクライ団長はモモちゃんにはベタ甘だね。──モモちゃん、君の名前をこの人形にあえてつけることには、インパクトを狙って利益を得ること以外にも大きな理由があるんだよ。中途半端に知られている加護者の君の知名度を上げること。そうすれば、ジュノール大国だけでなく国外でもモモちゃんの身は正当に扱われるようになっていくだろう。つまり知名度が君を守る二つ目の楯となるわけさ」
パーカーの説明をじっと聞いていた桃子は納得したように、凛々しい表情で頷く。
「こっそり加護者でいたかったけど、もう隠れてはいられないってことなんだね。……うん、いいよ。それなら、バル様とパーカーさんの思う通りにして」
パーカーに理由を聞いたモモはまだ頬に赤みは残るものの、バルクライを見上げてはっきりと答えてみせる。純粋で汚れない全幅の信頼を寄せられて、バルクライは腰をかがめると、モモに視線を合わせて、幼くとも変わりない黒く美しい瞳を見つめる。
「他の手を考えることも可能だ」
「でも、それはきっとお人形を使うよりも手間と時間がかかっちゃうよね? 私はバル様が新しい方法を考えてくれる時間の方が惜しくなっちゃった。だからね、恥ずかしいのは我慢するから、その代わりにバル様との時間をもうちょっとだけ……欲張ってもいいかなぁ?」
モモが自分の服を小さな両手で握りしめて、バルクライの顔色を伺うようにそっと見上げてくる。欲張りというには、あまりにささやかな願いだ。遠慮がちに揺れる視線は、まるで手を振り払われるのを恐れているかのようだった。そんなことを、バルクライがするはずがないというのに。あるいは、モモはかつて振り払われたことがあるのかもしれない。




