327、モモ、仲間に入れてもらう~魔法って響きだけでどきどきわくわくしちゃうよねぇ~前編
キルマとカイは桃子のほっぺたをスリスリしたりギューッと抱き締めた後に、名残惜しそうにしながらお仕事に向かっていった。そうして抜けた二人の代わりに、隣の部屋で待機してくれていたレリーナさんとジャックさんを仲間に加えて、桃子達は鍛錬場に移動することにしたのである。
広い鍛錬場では、剣で打ち合う団員さん達がいれば、槍を手足のように自由自在な動きで振るう人もいる。その中には五人の男の人が上半身裸で腹筋の競争をする姿も見えた。汗がきらっと滴るサービスシーン!? というか、筋肉ムキッムキ! 腹筋が板チョコみたいに割れてるよ!? このお兄さん達は体格がいいから、割れっぷりがくっきりしてる。桃子の中で五歳児がそうっと自分のお腹を見下ろして両手で押さえた。隠してもぷっくりしたお腹は板チョコにはなれません!
割れるまではいかなくても、スリムになりたい気持ちはわかるけど。……うん? 割りたいの!? なぜか、団員さん達の真似をして寝転んだ五歳児が腹筋しようとして、一回も出来ずに頭を落とす。そしてころっと横に転がった。転がる方が楽に出来るよねぇ。やっぱり五歳児に腹筋は無茶だよ。そう思いつつも、心は五歳児の意識にぐいぐい引っ張られて、好奇心がうずうずしてきちゃう。人体の不思議。背中は割れないのに、どうしてお腹はあの形に割れちゃうんだろうねぇ?
その時、ふっと目の前が真っ暗になってしまった。バル様の手で目隠しされてしまったのだ。桃子は自分の目を覆う大きな手に小さな手でぺたぺたと触れる。
「バル様、これじゃあなんにも見えないよ?」
「あれは見なくていいものだ」
「過保護だなぁ、団長様はよぉ? むさくるしいだけで害はないぜ。全裸じゃあるまいし、あのくらいはよくねぇか?」
「オレが見せたくない」
平然と言われて桃子は固まった。ババババ、バル様ぁっ!? 驚いたのは桃子だけではなかったようだ。真っ暗な視界の中で、桃子の心の叫びと同じように、リキットのひっくり返った声とダナンさんの動揺が滲んだ声が届く。
「だだだだ団長!?」
「…………見せたくない、とは?」
「ほれ見ろ、本気にとった奴等がいるじゃねぇか。口説くなら幼女じゃなくて、少女にしとけ。あんたの冗談はわかりづれぇんだからよ」
「そうか」
すっと目から手が外されると、ディーの呆れた顔が見えた。視線の先はバル様だろう。辿るように見上げれば、綺麗な無表情で僅かに首を傾げている。でも目が笑ってるから、本当に冗談のつもりだったの、かも? ううっ、それなのに正直な心はどきっとしちゃうんだから悔しいなぁ。バル様の言葉一つで浮き沈みするのは恋愛修行が足りてない証拠?
ディーはやれやれというように肩をすくめた。この場にいるルーガ騎士団の中では私の事情を知ってる人だから、万が一にもバル様にロリコンさんていうレッテルが張られないようにフォローしてくれていたんだろうねぇ。ディーって本当に面倒見がいいなぁ。味方に一人は欲しい人!
そんなディーのおかげで、動揺が見えていた二人も納得したようだった。
「はぁ、驚きました。団長も冗談なんておっしゃるんですね!」
「意外な、一面を見たな」
ロリコンさんの疑いは阻止されました! 桃子はディーに目でありがとうって伝えておく。すると頼もしい笑みが返ってくる。ディーが味方で本当によかったよ!
だけど、リキットだけはなぜか表情を引き締めると、ずかずかとまだ腹筋を続けていた五人に近寄りゴスッという重い音を五回響かせた。
「お前達はいつまでそんな格好を団長やモモ様の前に晒しているんだ!? 四番隊の団員はこれが普通だって勘違いされたらどうする!?」
「いってぇーっ、副隊長、いきなりなにするんですか!? って、団長!? モモちゃんまで一緒じゃないっスか」
四人が自分の頭を擦る中、一人だけけろりとした団員さんがディーとリキットに息せききるように話しかけている。
「お二人ともあれから大丈夫だったんですか!? 副団長から無事ってことは聞いてましたけど、姿が見えないからオレ達めちゃくちゃ心配してたんですよ!」
「おう。なんとかなったぜ。でも、オレもこいつも魔法なんて使ったこともねぇからよ、こっちでその鍛錬をすることになってな。三日はこっちに詰めるから、執務のことは団長と副団長の指示に従うように他の団員にも伝えておいてくれ」
「了解しました! とにかく無事でよかったです。やっぱ四番隊はディーカル隊長とリキット副隊長がいないと。──なっ? お前等もそう思うよな?」
「そりゃそうだけど……ぬううっ、副隊長のゲンコツが……っ」
「ちょ、誰か見てくれ! オレの頭陥没してねぇかな!?」
「してないしてない」
「なんで、お前だけ平然と話してるんだ?」
「親父のゲンコツに比べたら痛くないから!」
「マジか? お前の親父はどんな拳をしてんだよ?」
どうやら上半身裸で腹筋していたのは四番隊の団員さん達だったようだ。寒くない気候とはいえ、元気な人達だなぁ。リキットに叱られて自然と正座姿になっているのがちょっと面白い。くすっと笑い声がしたので、バル様の腕からひょこっと顔を出して後ろを覗くと、レリーナさんが上品に口元を手で隠して笑っていた。ジャックさんはそんな想い人に目が釘づけで、周囲にほわっと花が飛んでる。うんっ、こっちもいつも通り元気なようです!
バル様が団員さん達に声をかける。
「お前達も鍛錬するのはいいが、大きな怪我は避けろ。いつ、お前達四番隊の力が必要となるかしれない」
「言葉が固てぇよ、団長。──要するに、身体の準備だけは万全にしとけってことだ」
「バルクライ団長を隊長と一緒にしないでください、失礼ですよ!」
「お前の方がオレに失礼じゃねぇか?」
「ということだから、団長と隊長の言葉をその少ない脳みそに刻んでおくように!」
【酷いっすよ、副隊長!】
ディーの抗議を聞き流して団員に命じるリキットに、正座している団員さん達の声が揃う。でも、背筋が伸びてるし、ふざけててもしっかり受け止めているみたい。四番隊は絆が深くて、結束力が強そう。桃子はその様子にすごいなぁと感心してしまった。




