325、モモ、共感する~神様と人との認識の違いは大きいよ~中編その二
「おい、こらっ、聞こえねぇのか、賭けの女神! さっさとここに来やがれ!!」
ディーが天井に向かって叫んだ瞬間、シュバッと白い閃光が天井から落ちて来た。それはあっという間に、黒い髪に浅黒い肌にエキゾチックな緑の瞳の美女、賭けの女神様になる。よかったよーっ、ちゃんと来てくれた!
待ち望んでいた女神様の登場に皆が席を立つ。それを見て桃子があたふたと椅子から降りようとしていたところ、バル様が床に下ろしてくれた。助かったよ、ありがとう!
「呼んだか、ランディル!? どうした、加護者になるか?」
「だからオレはディーカルだって言ってんだろうが。呼んだ理由はそっちじゃねぇよ。あんたに貰った酒のことだ」
ディーに呼ばれたことが嬉しかったのか、緑の瞳がきらきらしている。酔ってはいないみたいだね。これならスムーズに解決へ進みそう。だと思ったのに、賭けの女神様はとてもいい笑顔でディーの肩を親しげに叩いている。あれ? なんか思っていた反応と違う?
「ははっ、そうだった。もう間違えないさ、ディーカル! それで、飲んでみてどうだった? アタシ達神でも滅多にお目にかかれない希少なものだからな。まさに格別の酒だ。極上の味わいだっただろう?」
「ああ、今まで飲んだ酒の中で、あれほど美味い酒は飲んだことがねぇ。レベルが桁違いの美酒だった」
「そうだろうとも!」
「けどよ、飲んだ時はなんともなかったのに、昨日からオレとこいつのセージが異常に増えちまって、使えなかったはずの魔法を暴発させてるんだわ。で、もしかしたら、その原因ってのが春祭りの時に空けたあの酒なんじゃねぇかって話になってな。あんたを呼んだわけだ」
「あれは特別な酒だからな。怪我の治癒やセージが一時的に増えることはあるが、持続時間はそう長くはない。なのに、魔法を暴発させたのか? よし、ちょっとアタシに見せてみろ」
「おう」
「は、はいっ」
賭けの女神が怪訝そうな顔をして、ディーとリキットの胸元にそれぞれ両手をぴたっと当てる。すると、賭けの女神が眉間にうっすらと皺を寄せていく。桃子はその様子にドキドキと嫌な緊張を感じてしまう。ディーとリキットの身体がどこか悪いわけじゃないよね?
それぞれの胸元から手を外すと、賭けの女神様は形のいい眉をつり上げた。
「お前達……まさかとは思うが、あの酒を一回で大量に飲んだんじゃないだろうな?」
「えっ、いけなかったんですか!?」
「そりゃ空けるだろ。あの瓶の量じゃほろ酔いにしかなんねぇし」
綺麗な顔をひくっと引きつらせて、賭けの女神様は腰に両手を当てる。
「間違いなくそれが原因だ! まったく困った奴だな。アタシは大事に飲むように言っておいただろう?」
「貴重な酒だから大事にしろって意味じゃねぇのかよ!?」
「それを含めてに決まっているだろ! あの酒には高濃度の自然界のセージが凝縮されていたんだ。怪我を治せるのはそれが作用して身体の自然治癒力を高めていたからだぞ。そんな酒を一気に飲めば人間の身に影響が出るのは当たり前だ。お前がそっちの奴と分けて飲んだから、セージの上限が変化しただけですんだんだろうよ。もし、あれを一人で全部飲んでいたら身体が耐えられずに死んでいたか、よくても人間の枠は外れていただろうな」
「やっぱりあの酒が原因かよ。あんたなぁ、そういう大事なことは先に説明しとけ!」
「アタシは忠告してやったじゃないか。それをディーカルが欲張りにも一度で瓶を空けるようなことをするからだ! 身体は少し成長したが中身はガキの頃のままだな!」
感情につられたのか、ディーの周囲で赤い光が集まり出す。火の精霊が反応しちゃってる! このままだと、この部屋も吹っ飛ぶかもしれない。桃子達は慌ててディーと賭けの女神様の言い合いを止めようとする。
「落ち着いてほしいのっ」
「ディーカル隊長は賭けの女神に言い過ぎです!」
「お二人とも、冷静な話し合いを」
熱くなり始めた二人を宥めようとしているが、だんだんと言い合いが激しくなっていく。
「ああっ!? おい、誰が欲張りなガキだって!? 目を見開いてよく見やがれ! このオレのどこがガキだってんだ!」
「そうやって意地を張るところだ!」
「あの、だから、喧嘩はダメだよぅ」
「……魔法を使うか?」
「女神に魔法を放つのは不味いだろ。でも、こっちの言葉はまったく耳に入っていないようだね。──どうします、団長?」
ガンをつけ合うように目付きを鋭くし声を荒らげる二人……えっと、正しくは一人と一神? に、桃子は口元に両手を添えて、おろおろするしかない。火の精霊がどんどん集まってきちゃってるよ!
まずい状況を見て取り、ダナンさんが物騒な解決方法を口にした。ぴょこぴょこ飛び跳ねて声をアピールしていた桃子も思わず動きを止めて、保護者組&一番隊隊長を見上げる。カイが苦笑しながらバル様に指示を仰いでるけど、その間もディーと賭けの女神様のにらみ合いが鋭さを増していく。キルマとリキットは顔を見合わせてため息をついちゃってるよぅ。
すっかり頭に血が上っているようだ。ディーが元気になったのは良かったけど、このままじゃバル様が心配した通りになっちゃう。困った空気を打開してくれたのは、頼りになる保護者兼団長さんだった。
「こうするか」
バル様が桃子の両脇に手を入れて抱き上げてくれる。しかし、抱っこではなく空中に浮かぶような形だ。なるほどこれなら皆の目線も向けられやすい。桃子は睨みあう二人にもう一回声をかける。
「賭けの女神様もディーも仲良くしましょう! 喧嘩してもちっともいいことなんてないです」
「なんだ、モモもいたのか? お前とアタシの仲なんだから、気軽に声をかければいいものを」
「一生懸命かけてましたよ!?」
「そうなのか? 小さいからかまったく気づかなかったぞ」
ううっ、今の私は五歳児だからテーブルに隠れて見えなかったのかも。このサイズだと皆から気軽に抱っこしてもらえるっていうお得な面があるけど、こういう時は見つけてもらえないんだよねぇ。でも、賭けの女神様の気は引けたみたい。とにかく、今は部屋に溢れてそうな火の精霊をなんとかしないと。




