324、モモ、共感する~神様と人との認識の違いは大きいよ~中編
唖然としていたリキットがガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。
「怒ってるんじゃないんですか!? な、なんで落ち込んでるんです? 貴方は小さなことでくよくよする男じゃないでしょうが!?」
「最初は、望んで得た力じゃねぇから腹が立った。だけどな、それでも自分の力ならコントロール出来なくてどうする。それなのに、馬鹿みてぇにセージを暴発させて執務室をぶっ壊しちまうし、あれから四六時中魔法が発現しそうになってお前等に助けられっぱなしだったじゃねぇか。そのあげく……三人揃って同じ部屋に放り込まれて、オレだけダナンに手首を握られたまま寝たんだぞ?」
「セージを感じ取るためだ」
「なるほど、妥当な方法だな。いくらダナンの目がよくとも、他人のセージの細やかな動きまではわからないだろう。それに、そうする必要があるほどお前のセージは不安定だったということだ」
「そうは言っても、こっちはガキじゃねぇんだぜ」
「……手の方がよかったか?」
ダナンさんが強い目元を申し訳なさそうに弱めて、困った雰囲気を出す。桃子はその言葉に目を丸くしてしまう。さらっとすんごいこと言ってるね!? そう思ったのはディーも同じだったようで、呆れたように突っ込む。
「そりゃどんな気遣い方だ?」
「無意識に傷を抉るとはやりますね。まぁ、ダナンに悪気はないのでしょうけど。しかし、男同士で手を握り合って寝るなんて想像するだけで悪夢ですよねぇ」
「口に出して言うなよっ。あんた、本当にそういうとこえげつねぇな! ……無様過ぎんだろうが。四番隊隊長としてクソほど不甲斐ねぇ」
美しい顔を嫌そうにしかめたキルマに、ディーはズーンと暗い空気を背負って、地獄の底から響いてきそうな低い声で言う。こめかみを折り曲げた指でぐりぐりと揉みほぐしているけど、誰でもない自分自身にうんざりしてるみたい。そこには深すぎる自己嫌悪が見える。自分に厳し過ぎるよぅ。桃子と同じことをリキットも思ったようで、ずかずかとディーに近づいて否定する。
「そんなわけないでしょう! 今回のことに限っては、隊長には一切非がないことは明らかじゃないですか」
「そうだな。自分もそう思う」
「お前等なぁ、今回のことに限りってなんだよ。まるでオレがいつも悪いみたいじゃねぇか」
「だいたいほぼほぼ、あんたが悪い時が多いですよ! 二日酔いで執務室に来て半日使い物にならなかったこともありますし、鍛錬してやるってうちの団員を焚きつけたせいで書類仕事が三日も遅れたこともありました! ダナン隊長も覚えてますよねっ?」
「……あったな」
「うっ、まだ忘れてねぇの?」
「いやだな、僕は絶対に忘れませんよ。……あの時の恨みは」
「ずっと恨んでたのかよ。他の隊から苦情が出ちまったことは、あん時も謝っただろ? しかも書類仕事は徹夜で終わらせたじゃねぇか。お前はさっさと帰っちまったから、オレと団員達でよぅ」
「当然じゃないですか! 誰のせいで僕が頭を下げて回ったと思ってるんです!? 僕はあんたの母親じゃないんだからな!?」
今にもディーの襟首を掴みかねないリキットを、カイが止めに入る。荒ぶり過ぎて素がちょっぴり出ちゃってる。前も見たことあるけど、仲良しだねぇ。
「ちょーっと落ち着こうな、リキット! 本題から話がズレてる上に、ルーガ騎士団に対するモモのイメージがガタ落ちしちゃうから」
「大丈夫だよ。むしろイメージアップしてるの!」
「今のやりとりで!?」
ぐっと短い親指を立ててみると、カイにびっくりした顔をされた。茶化すようなやりとりだったけど、ディーの表情から少しは影が薄れたみたい。リキットの叱るような励ましのおかげかな? その様子を見ていたバル様がゆっくりと呼ぶ。
「ディーカル」
「なんだよ? 励ましならもう腹いっぱいだって──……」
「オレ達はお前を恥じてはいない。だからお前も自分自身を恥じるな」
それは胸を突く言葉だった。誰もが口をつぐんで、バル様の言葉を胸に落とす。ディーが真っすぐにバル様を見上げた。鋭い目から迷いや悔しさが消えて、代わりに燃えるような熱意が現れた。口端を皮肉に歪めて顎を上げてみせる。
「信じるのか、無様を晒したオレをよぅ?」
「新しい力を自分のものにしてみせろ。お前ならそれが出来る」
「……はっ、言い切りやがるか。あんたにそこまで言われちゃ、やるしかねぇな。了解だ、団長!」
疑いもなく当然のように信頼を向けたバル様に、ディーがにいっと悪童の笑みを返す。心が強いなぁ。私だったらこれだけ信じてもらえると嬉しい反面、失敗出来ないってプレッシャーにもなっちゃいそうだよ。でも、ディーにとっては、認めてる人に信じてもらえたことは大きな力になったんだろうね。
「セージのコントロールについては、ディーカルだけではなくリキットにも努力をしてもらわねばなりません。否応なく与えられた力ですし、二人には思う所もあるでしょう。しかし、それもまた貴方達の力なのです。いずれにしても賭けの女神より情報を得たいですね」
「そうだな。──ここは当事者でもあるディーカルが呼びかけるのが妥当だろう。頼めるか?」
「いいけどよ、呼んだところであの女神が応えるかぁ? チビスケに軍神を呼んでもらってあの女神を引きずって来てもらった方が確実じゃねぇの?」
「アホですか! そんな不敬なことを言ってるから、あんたは呪いなんて物騒なもんをかけられるんですよっ?」
「はんっ、そんな昔のことは忘れたぜ」
「ほら、言い合いは後にしろって。女神に敬意を持てってのはオレもリキットに同感だけどね。オレ達の中ではディーが呼びかけた方が応えてくれそうではあるだろ?」
「モモに頼むのは最終手段だ。まずは試してみよう」
バル様もその可能性を考えていたみたい。私も賭けの女神様が酔っぱらってグダグダになっちゃってるところを見ちゃってるから、心配になっちゃう。あの時は、ディーのことでやけ酒を飲んでたんだよね。今回も酔っ払いながら出て来ないといいけど、どうかな?
ディーが咳払いをして、改まった口調で賭けの女神様に呼びかけ始めた。
「あー、コホンッ。賭けの女神パサラよ、オレの声が届いたらこの場に来てくれ!」
シーン。皆で空中を見上げてみるけど、なにも起こらない。やっぱりお酒を飲んでて酔っぱらっちゃってるのかな!? 桃子は内心ハラハラしてしまう。どうしたらいいかなぁ? うーん。……ディーの声だけでは小さいのかもしれない。だったら、重ねて太くすればいいんだ! 桃子がそれを皆に伝えようとした時、ディーがやけになったように天井に向かって叫んだ。




