323、モモ、共感する~神様と人との認識の違いは大きいよ~前編
街の人々が太陽の暖かさに眠たい目を擦る頃、桃子はバル様と一緒の馬に乗せてもらいながら、ルーガ騎士団への道を馬で駆け抜けていた。その後ろからは専属護衛のレリーナさんとジャックさんの馬が続いている。三頭の馬はゆっくりした速度で走っているので、桃子にも景色を楽しむ余裕は十分にある。
「こうして見ると、害獣が街で暴れたことがあるなんて嘘みたい。壊れたお店や穴が空いていた壁も綺麗に直ってるし、すっかり元通りなの!」
「ああ。現在は裏路地にいたるまですべて修復が完了している」
「お仕事が早いねぇ。腕のいい職人さんが多いのかな? 春祭りにはこのメイン通りは直っちゃってたし、お屋敷の階段やお庭なんかもたった一月で出来ちゃってたよね」
「腕がいいのはもちろんあるが、魔法による力も大きいだろう。モモも知っているように、水や明かりを灯す時には微量のセージを魔法陣が吸い上げて発現に至る。それを応用したものが、大工職人が使うグローブなどにもあるそうだ。軽量化の魔法が付加されているもので、木材を軽々と運ぶことが可能と聞く」
「そんなものがあるの? じゃあ、お子様な私でも力持ちになれちゃうかもしれないねぇ!」
桃子は頭の中にあるシーンが思い浮かぶ。赤いグローブをつけた桃子がふんぬっと丸太を両手で持ち上げている。さながら、重量選手のよう!
「理論上は可能だな。子供用の作業グローブを特注する必要はあるが」
バル様が淡々とした声で冗談を言う。一見すると本気に聞こえるけどね! 面白がってくれたのかな? ちらっと見上げると、柔らかな視線が向けられた。桃子が思わずはにかむと、お腹に回された力強い腕に僅かに力が込められて、手綱が軽く引かれる。ちょうどルーガ騎士団に続く緩やかな坂道に差しかかったのだ。
ぐんと重力によって身体が後ろに引っ張られて、バル様の腕に身体を支えてもらう形になる。もうちょっとで着くから、頑張ってーっ。桃子は心の中で馬を応援した。本当に声をかけて馬をびっくりさせないためである。でも、気持ちはしっかり込めてます!
バル様の手綱捌きが上手なのか、馬は軽快に駆け上がっていく。そうしてルーガ騎士団本部の前まで来ると、門前にはカイが数人の団員と待っていてくれた。
バル様は馬から降りて手綱を団員に渡しながら、桃子を抱き上げる。
「おはようございます、団長──……って、前髪を短くしたんだな、モモ。可愛いくしてもらったね」
「えへっ、ありがとう」
桃子は予定よりも短くなった前髪を照れ照れと手で撫でる。ちょっとまだ変な感じはするけど、髪ならすぐに伸びちゃうし、期間限定の桃子さんとして生活することにしたのだ。変に隠すと余計に恥ずかしいからね!
「カイ、報告を」
「おっと、そうでしたね。可愛い子に目を奪われてつい忘れてました。では、さっそくの報告させていただきますけど、副団長の指示で昨日の件に関わった者を本部隊長会議室に集めています」
「わかった。すぐにオレ達も向かおう。──レリーナとジャックは話し合いの間は隣室で待機していてくれ」
「はい、バルクライ様」
「仰せのままに」
馬を団員さんに預けていた二人がきびきびと返事を返す。それに軽く頷くと、バル様がカイに視線を移してルーガ騎士団内部に足を進めながら、話を続ける。
「ディーカルとリキットについてはどうなっている? 昨夜は何事もなく過ごせたのか?」
「無事です。正直言うと、オレも副団長ももう一室くらいはぶっ飛ぶことを覚悟してたんですけど、ダナンがいい仕事をしてくれましてね。ですが、そのせいで余計にディーの機嫌が最悪でして……怒りを腹の中に溜めてるのか、今までになく静かにブチ切れてますよ」
カイが神妙な顔で教えてくれたことに、桃子はきゅっと口を結ぶ。ディーの静かに怒っている姿がまったく想像出来ないよぅ。でも、ブ、ブチ切れってことは、とんでもなく、ものすごく、心の底から、怒っちゃってるってことだよね!?
「ディーカルは自我の強い男だからな。自力で手に入れた力ではないことが引っかかっているのかもしれない。しかも、その原因に彼の神が関わるとなればな」
「心中を察するに余りありますね。──団長の指示だから、二人は隣の部屋でくつろいでいてよ。 お茶菓子の用意はしてあるからさ、ご自由にどうぞ」
「お気遣いいただきまして、ありがとうございます」
「モモちゃん、また後でな?」
「うん!」
「それじゃあ行きますか。──失礼します」
カイが立ち止まった扉の前で、二人とはいったんお別れだ。すぐに迎えに行くから待っててね。桃子は手を振ると、初めて見る扉を戸惑いがちに見つめる。ルーガ騎士団でお仕事を手伝ってはいたけど、全部の部屋を回っていたわけじゃないから、一階の奥側にこんな大々的な部屋があったなんて知らなかったよ。
だけど、扉越しに不穏な気配がじわじわと漏れてるような……? 桃子はぶるっと震えて、バル様の団服をしっかりと握りしめながら、扉が開かれる様子を見ていた。誰か防具を、ディーの怒りから身を守れる防具を下さい!! この際、料理器具のボールでもいいから! そう怖れ戦いているとバル様に抱き直された。
「モモは普通に接してやればいい」
「う、うん!」
リラックスー、リラックスー。心の中で唱えながら抱っこされたままバル様と一緒に入室する。中には大きな半円を描いたテーブルがあって、真ん中に一段高い椅子が見えた。ここでルーガ騎士団の会議をするんだねぇ。椅子に着いているのは、困り顔のキルマとリキットに、目力の強さが特徴的なダナンさん。そして、問題のディーは、三人とは少し離れた場所にいた。椅子の背にだらっともたれかかって、長い両腕を後ろに投げ出し、片足を膝に引っかけて顔を上向けている。
「お待ちしていましたよ、お二人とも。モモもよく来てくださいましたね」
「おはよう、キルマ。バル様から聞いたけど、五人とも大変だったみたいだね。あの……ディーとリキットの無事な姿を見れて本当によかったよ。身体は大丈夫?」
「おう、心配かけたな。元気爆発とはいかねぇけど、体調は悪くないぜ」
「気にかけてくれてくださるなんて、お優しいですね! ──隊長もいつまでも不機嫌でいないでくださいよ。モモ様に気を使わせてどうするんですか!」
「別に不機嫌じゃねぇ」
聞いたらちゃんと返事を返してくれた。桃子は緊張に強張っていた肩の力を抜く。ディーは椅子に凭れかかったまま視線だけをリキットに向けてるようだった。口を開かないような不機嫌さではないみたい。というよりも……?
桃子はバル様の隣のクッションが重ねられた椅子に下ろしてもらうと、ディーをじぃっと観察した。うん、やっぱりそうじゃないかな?
「落ち込んでるの、ディー?」
「は……?」
「えっ?」
「そう、なのですか?」
いくつもの驚いた目がディーに向けられる。そうされた本人は気まずそうに前屈みに姿勢を変えて顔を背けてしまう。あっ、やっぱりそうだったんだ。皆に勘違いされたままなのもよくないと思うから、ここは正直に話しちゃえばどうかな? きっと少しはすっきりするよ!




