319、キルマージ、駆けつける 後編
「違うんすよ! いや、最初はいつもの口喧嘩だったんすけど……とにかく隊長と副隊長を止めてほしいんです! オレ達じゃ、近寄ることも出来なくて……っ」
団員の言葉に違和感を覚えた時、再びドドドーンッという派手な音が聞こえた。このままでは本部が破壊し尽くされそうな予感がする。キルマージは額を押さえてため息をつくと、今度こそカイと揃って執務室を飛び出す。廊下を駆けながら決める。これで、ただの喧嘩だったら、あの二人にはきついお仕置きです!
何事かと驚きにざわついた廊下では団員達が襲撃かと目の色を変えていた。緊張感があることはいいことだが、早く知らせなければいけません。キルマは廊下の半ばで足を止めると大きな声で命じる。
「敵襲ではありません! 各隊員に待機命令を下します。緊急時、伝令部隊所属の団員はこの場にいますか!?」
「ここに!」
「では、あなたは私の今の言葉を全部隊に伝えなさい。敵襲ではない、待機せよ!」
「はっ、了解いたしました、キルマージ副団長!」
手を上げた女性団員にそう命じ、キルマは先を走るカイを再び追いかけていく。やがて四番隊の執務室が見えてくると、鼻に焦げた匂いが届くようになった。いくらなんでも喧嘩で火を使うはずがない。開け放たれた執務室の前で足を止めたキルマージとカイは予想外の光景に絶句する。
「この惨状はなんだよ!? おいっ、なにがあったんだ、ディーカル、リキット!」
「生きてますか、二人とも!?」
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
「ダメですっ、入って来ないでください!」
執務室の机にぐったりと背中を預けたディーカルと、その前に片膝をついたリキットは服は焦げところどころに火傷を負い、全身が水浸しだ。助けに入ろうとしたキルマージとカイに、リキットが叫ぶ。その瞬間、前で赤い光が室内で爆発した。
「ぐっ、くっそっ、抑えられ、ねぇっ!!」
苦痛の声が上がり、ディーカルの全身を囲むように赤い閃光が奔り、炎が噴き出す。部屋いっぱいに火の精霊がぶつかり合い、炎が広がりそうになる。それを遮るように青い光が放たれる。リキットの身体から飛び出した大量の水が激しく燃え盛る炎を打ち消そうとしていく。炎と水の魔法が発現しているのだ。キルマージは息を飲んで呻く。
「そんな馬鹿なっ!? ディーカルとリキットには魔法の適性がなかったはずです! なぜ魔法を……っ!?」
「それは後だ。──おいっ、誰か一番隊長を呼んで来るんだ!」
「カイ補佐官、自分ならここに!」
炎と水の魔法がしゅうしゅうと水蒸気を出し、ふっと立ち消えた。不安定に炎を時折噴き出しながら、ディーカルが荒い息をついている。カイの声に本人、ダナンが答える。四番隊の団員がすでに呼びに行っていたようだ。ダナンの後ろで荒い息をつきながら必死に自分の隊長と副隊長を見つめている。ダナンはルーガ騎士団本部の中では生え抜きの魔法に通じている者だ。この状況を収める方法がわかるかもしれない。キルマージはすぐにダナンに尋ねる。
「どうすれば魔法を止められるか、わかりますか!?」
「おそらく初めて発現した魔法が暴走しているのかと。ディーカルを止めようとしているリキットもコントロールが仕切れずに不安定です。ならば、自分が魔法でディーカルの炎を抑え込みます。その瞬間を狙って、ディーカルとリキットを同時に気絶させてください。そうすれば二つの暴走は自然と止まるはずです」
「わかりました。──リキット、あなたは自分のセージを押さえることに集中なさい! 私達が必ず、ディーカルもあなたも助け出します!」
「副団長……っ」
「そういうことだから、ディー、もうちょっとだけ辛抱しろよ」
「……ぜぇ……ぜぇ……情け、ねぇ……この様とは……」
荒い呼吸をつきながら目を眇めるディーカルは悔しさをにじませるが、その額からは大量の汗が流れている。急激な消耗をしているのだ。ダナンが目を伏せてると、なにかを探るように沈黙する。小さくなっていた炎がディーカルの呼吸に合わせて大きく燃え盛っていく。その周囲に火の精霊が再び集まり出した、ぶつかり合い赤い閃光が──。
「水の精霊よ、助力を乞う! ──今です!」
炎に代わり爆発しようとした瞬間、ダナンの言葉に従って青い光が膨れ上がり一瞬で大量の水となって四番隊執務室へ突っ込んでいく。それと同時にキルマージとカイは仲間を助けるために、赤と青の光の粒子で溢れる四番隊執務室の中へと飛び込んだ。




