317、モモ、繋がりを知る~伝説には大きな秘密があってほしい~後編
「モモは春祭りには何をしていたのかしら?」
「バル様とキルマ達と一緒に街の露店を回ったよ。見たことがないものがいっぱいあってね、すんごくわくわくして楽しかったの。ミラは?」
「あたくしもお父様とお母様と一緒に最終日に街に行きましたわ。モモは知っているかしら? なんでも民衆の方々の間では花冠というものが流行っているんですって。あたくし、お父様に買っていただいたの! 花々を輪にしたものなのだけど、とても可愛いらしかったのよ」
「わ、私も知ってるよ。そんなに流行ってるの?」
桃子はまさかの話を聞かされて、心臓が飛び跳ねる。チーズケーキに刺したフォークが滑りそうになったよ。目が泳ぎそうなのを我慢しながら、無難な返事を返す。知らない内にそんな流行っちゃってたの!? バル様も思い至ったのか無言だ。そんな二人の反応に気づかないまま、ミラは楽しそうに教えてくれる
「ええ。花屋の方が露店を出していたの。そこで知った者も多かったんじゃないかしら?」
エマさんってば商売上手! お花屋さんのおばあちゃんが桃子の頭の中で手を振った。でも、おかしいなぁ? 花冠が売れるのは悪いことじゃないはずなのに、なぜかピンチな気がする。ミラはその大本が私の元の世界の知識ってことを知らないから……ここは、自分の心臓の為にも話の向きを変えよう! 桃子は一口に切ったチーズケーキを食べて、落ち着いた振りをして紅茶を一口飲む。爽やかな味が鼻を抜けて、頭がちょっぴり冴えたようだ。大変なのーっと走り回ってた心の中の五歳児も足を止める。
「そういえば、春祭りで獣人さんを初めて見たよ。獣人国ってジュノール大国にとっては仲良しな国なんだよね?」
「ええ、友好的な同盟国ですわ。アガン獣人国がジュノール大国と友好的なのは、初代国王であられたルーガ様が、旅の同中で仲間にされた方が獣人だったことが縁となったと言われているのよ」
「ルーガ様……それって『始まりのルーガ』の!?」
「そうですわ。モモも絵本を知っているのね? あの絵本は実際にあった歴史を子供向けにわかりやすくしたものだけど、お話には続きがありますのよ。ルーガ様は害獣を退けた後に仲間達と一緒にこの国を築きあげたそうよ」
「びっくりしちゃうような新事実! ルーガ騎士団の団長さんになったんじゃなかったんだね。……うん? ということは、バル様の遠いご先祖様ってこと?」
桃子の疑問に、バル様が一口飲んだ紅茶をお皿に戻しながら説明してくれる。
「そうだな。もともとルーガ騎士団は結成当初は『ルーガ団』という名だったそうだ。オレの役職も正式名称としてルーガ騎士団師団長だが、普段団員が呼ぶのは団長というものが多いだろう?」
「あだ名とか、省略して呼んでるのかなって思ってたよ」
「あたくしも意識して考えたことがありませんでしたわ」
「とは言え、説は複数ある。モモが考えたように呼びにくいから省略したという説や、国が出来た時に団長の正式名称を師団長としたものの、団長が定着していたためにそのままとなったという説。さらに最初の五人の一人がルーガ騎士団初代師団長となったために、役職は師団長になろうとも心は団員と変わらないという意志の表れで、あえて団長のままにしたという説もある」
「最後の説は格好いいね!」
「だが、どれが真実なのか、また作られたものなのかは、その時代に生きた人間にしかわからないことだ」
「何百年も前のことだから?」
「そういうことだ」
「あたくしといたしましては、昔からいた団員の方々が呼び間違えることが多かったから、という説を推しますわ。だって、そう考えると面白いでしょう?」
「あははっ、うん、そうだね」
自分で新しい説を生みだしたミラに桃子は思わず声を上げて笑う。バル様の言うように、どの説が正しいのか、なんてことは確かめる術はない。けれど、人の絆から生まれた組織がルーガ騎士団を形造って今に繋がっているのだ。そう思うと、すごいことだよねぇ。
そうして、しばらく三人で紅茶と美味しいケーキを頂きながら会わなかった間のことを話していると、突然ノックの音がした。バル様が答えると、ロンさんが一礼して部屋の中に入ってくる。今日もお髭が八の字で決まってるね!
「ティータイム中に失礼いたします。──バルクライ様」
ロンさんがバル様の耳元に手を添えてなにかを囁くと、バル様の黒曜石の瞳が一瞬だけ細められた。なにかあったのかな? 桃子が心配していると、バル様はそのままソファから腰を上げてしまう。
「少し席を外すぞ」
「うん。ミラがいる間に帰って来られそう?」
「自室に行くだけだ。それほど時間はかからない。──ミラ、すまないが……」
「わかっていますわ。お仕事なら仕方ありませんもの。わたくしのことはお気になさらず」
「ああ。二人とも続きを楽しんでいてくれ」
バル様はロンさんと一緒に足早に部屋を出て行った。急なお仕事ってルーガ騎士団からかな? なにごともないといいんだけど。顔に不安が出ていたのか、ミラが明るく笑いかけてくれる。
「楽しい時間に暗い顔はなしですわ。もし本当に急ぎならばすぐにでもバルクライ様は屋敷を出ているはずよ。ですから、心配いりませんわよ」
「……うん、そうだね! それじゃあ、ミラが露店でどんなものを見たのかを聞かせてもらおうかな?」
「もちろん、いいわよ。その代わり、モモもバルクライ様が春祭りをどのようにお過ごしになられていたのかを教えてちょうだい! モモと露店を周ったのであれば、絶対に周囲の女性の視線を集めていたのではなくて!?」
桃子は内心の心配を振り払うように話を振ると、ミラは勢いよく身を乗り出してきた。鋭いなぁ、ミラの方が私より恋愛経験が高い気がするの。桃子はちょっぴり落ち込みながら、求められるままに口を開いた。




