316、モモ、繋がりを知る~伝説には大きな秘密があってほしい~前編
煌びやかでど派手な赤い馬車から、これまた赤いドレスを身につけたお姫様が下りてくる。
「バルクライ様、モモ、お久しぶりでございます! お招きいただきまして、本当にうれしゅうございましたわ。あたくし本日の訪問をそれはもう楽しみにしていましたのよ!」
飛びつくようにミラに抱きしめられた桃子は、自分より大きくともまだ小さな背中を優しく抱き返す。ぎゅっ友なの! 前に約束したから、なんとか読めるレベルになった文字を駆使してミラをお屋敷に招待したのである。
「いらっしゃいませ、ミラ」
「お手紙ありがとう、モモ。あら? 髪を切ったのね。眉が見えるほど短く切るなんて大胆ですわ。はっ、もしやそれがバルクライ様のお好みなのかしら!?」
「……髪の長さにこだわりはない。一室にティーセットを用意させてある」
ミラが桃子の額を凝視して真剣に呟いたのを、バル様が流れるように否定して目で促される。お姉さんのおかげで前髪はいつもより短くなったけど、パッツンからは解放されたよ。鏡を確認してほっとしたのはついさっきのことである。
「お部屋にご案内するよ!」
桃子は率先してミラの手を引く。それにしてもバル様は大好きアピールにも全然動じてないなぁ。微笑ましさを感じるのとは別に心がきゅって縮む。それは以前ならば感じることのない気持ちだった。焼きもちって言えるほどはっきりした強い感情ではないけれど、ミラの想いの強さに、バル様を取られちゃいそうっていう焦りに似たものをうっすらと感じているのかも。私に必要なのはミラみたいな積極性なのかも。こういうところはお手本にするべき?
一階のゲストルームに入ると、ジャックさんと交代して今度はメイド服のレリーナさんがティーセットを乗せた台車を置いて待機していた。バル様がソファに腰かけて、桃子はその隣に、ミラがその正面に腰を落ち着けると、間をおかずに紅茶を三つとチーズケーキを二つローテーブルに用意してくれる。
バル様は甘いものはいらないのか、静かに紅茶の入ったカップを傾けた。その整った横顔に二人の乙女がぽぉっと見惚れてしまう。バル様が視線に気づいたのか桃子とミラを見てゆっくりと瞬く。見すぎちゃったかな!? なんて焦りながら、ミラに目を向けると、綺麗な座り方をしていることに気づく。さすがお姫様! 桃子の中の五歳児が盛り上がっていると、ミラが頬を可愛く染めてさっそく話しかけてくる。
「モモが審判で側室の罪を暴いたことと、神々の皆様がご降臨された話をメイドに聞いたわ。そのことは、すっかり周知の事実となっているそうよ。偉大なる加護者様方のおかげで、ジュノール大国は安泰だって喜ばれているのですって」
「すんごく大げさに伝わっちゃってるんだね。恥ずかしいよぅ。私の力なんて本当にささやかなものでしかないもん。周りの人に助けてもらったから生まれた結果だよ」
「ふふっ、モモは謙虚ね。名推理で真犯人を見つけたのでしょう? あたくしもその場で見たかったですわ! ──バルクライ様は任務帰還後すぐのお話でしたし、お疲れ様でございました。お父様も随分と気にしていたのですよ」
「心配をかけたな。これからしばらくはゆっくり過ごせるだろう。ダレジャは忙しくしているのか?」
「お父様も春祭りが終わったのでお仕事が一段落ついたようですわ。昨日も屋敷にガーケット伯爵を招いてお酒を飲んでいましたもの。ああ、そうでしたわ! 本日このお屋敷に遊びにいかせていただくというのをお伝えしたら、お父様よりこちらのお手紙を預かりました」
ミラが差し出したのは白に赤い装飾がついた封筒だった。バル様が蝋封に触れると、ほのかに青い光が灯ってパチリと勝手に封筒が開く。
「今のは魔法?」
「ああ。指定者以外の者が封を開けようとすると読めなくなる。重要なもののようだ。ここで読ませてもらうぞ」
「ええ、どうぞ」
バル様が折りたたまれた手紙を無言で読んでいく。あっという間に読んでしまったのかそれをしまうと、指に手紙を挟んだまま呟く。
「……火の精霊よ」
「わっ!?」
赤い光が集まって弾けたら、手紙にぼっと火がついた。あっという間に燃え尽きて灰もなくなっちゃった現象に桃子は心臓を押さえる。いきなりのファンタジーに驚いちゃった。でも、どんなことが書かれてたんだろう?
「驚かせてすまない。残すべき内容ではなかったのでな。──ミラ、ガーケット伯爵はまだこの街に滞在しているか?」
「ええ。後三日はいらっしゃるそうですわ」
「そうか……」
バル様がなにかを考えるように目を伏せる。桃子はそわそわしながら聞いてみた。
「その人がどうかしたの?」
「ガーケット伯爵は先代のルーガ騎士団師団長だった人の友人だ。オレもあの人について回っていた時期に、話だけは聞いたことがある。一度直接会って話がしたいと思っていた。──ミラ、お前が知る伯爵の印象はどのようなものだ?」
「大変思慮深い方ですわね。お父様は先を見る目をお持ちだとおっしゃっていましたわ。物腰の柔らかな優しい方のように思います。我が屋敷の侍女が割れたクッキーを間違って差し出してしまった時も、笑顔でお食べになられていましたから。わたくしごときの意見ですが、参考になりますでしょうか?」
「ああ、情報の一つとして頭に入れておこう。ミラに頼みたいことがある。オレの手紙を密かに持ち帰り、ダレジャに届けてくれ。自分の屋敷に着くまでは誰にも手紙のことを知られないように。出来るな?」
「ええ、バルクライ様の頼みとあらば、必ずその通りにお届けいたしますわ!」
バル様に頼まれたのがミラは嬉しかったようだ。目を輝かせて両手を握りしめている。……ちょっぴり羨ましい。私ももっとバル様のお役に立ちたいなぁ。いつも甘えてばかりだからね。




