315、モモ、大福になる~誰かが失敗しちゃった時は、もう一回やろうよって声をかけたいなぁ~
もうこれは事件なの! 桃子はあまりの悲しみにシーツを頭からすっぽりかぶり、ベッドの中に閉じこもっていた。
「なんとお詫びしたらいいものか、私の娘が大変申し訳ございませんでした! まさか、その、このようなことになろうとは……」
「うっ、ひぐっ、本当に申し訳ございません! 私が未熟なばかりに加護者様の御髪をぉっ!!」
おじさんと一緒にお姉さんがしゃっくり上げながら言葉にならないほど謝っている。桃子はなんとか涙だけは我慢しているけど、お姉さんが号泣しているので、心の中の五歳児がつられて泣きそうになっているのだ。が、我慢しないとっ! 桃子が大福になって葛藤していると、優しい手がシーツ越しに励ますように背中を撫でてくれた。
「オレが声をかけたタイミングも悪かったようだな。──モモ、顔を見せてくれないか?」
「やだぁっ。恥ずかしいもん!」
「…………モモ」
「バルクライの旦那、モモちゃんに拒絶されてショックなのはわかりますけど、そこで黙っちゃダメですって」
手の動きを止めたバル様に、ジャックさんが声を飛ばす。バル様はシーツに丸まり、大福になっている桃子の傍に腰かけたようだった。ベッドがキシッと軋んだ音を立てて、優しい両手に抱きあげられる。
「モモならばどのような髪型でも愛らしいだろう。それとも、この者に切られるのが怖くなったか? 怖いのなら他の店の美容師を呼ぼう」
バル様の優しい言葉に、桃子は涙を堪えてそぅっとシーツから覗かせる。前髪がパッツンになっちゃったから、笑われちゃうかもって心配していたけど、バル様は柔らかく目を細めて、前髪を指で撫でてくれた。
「その長さも悪くないぞ」
「でも、短かすぎだと思うの……」
「確かに以前よりは短いな。しかし、それが目につくのは中途半端に一部分が真っ直ぐ切られているためだろう。全体と切り口を整えればおかしなことにはならないはずだ。美容師ならばその程度はたやすい。──そうだな?」
バル様が床に土下座して背中を見せる二人に目を向けた。……えっ、そんなことしてたの!? まさかそんな風に謝られているとは思わなかった桃子がシーツの中であわあわとしていると、おじさんが必死の形相で答えてくれる。
「はいっ、私の美容師生命にかけまして必ずや! お許しいただけるのであれば、娘の代わりに私が責任を持って整えさせていただきたく存じます。どうか加護者様、バルクライ様、不肖の娘をお許しください……っ。罰ならば親である私が代わりにお受けいたしますので、なにとぞっ!」
「バルクライ様、加護者様、お許じ下ざいいいっ」
お姉さんが号泣しながら謝っているのを見て、桃子は湿った目元をごしごしと手の甲で拭うと、慌てて首を横に振った。前髪くらいで騒いじゃった私が悪いんだけど、こんな大ごとにする気なんてまったくなかったんだよ!
「お姉さんもおじさんも立って! 私が大騒ぎしちゃったからだよね、ごめんなさい。──バル様、私はそのお姉さんに続きを切ってもらいたいんだけど、いいかな?」
「さっき失敗してしまったのに……私を指名してくださるのですか!? その、怖くはないですか?」
「うん。さっきのはわざとじゃないってわかってるの。お姉さんの触り方は優しいからちっとも怖くないよ。今度はちゃんと切ってくれるって信じるから!」
「うっ、うっ、こんな私を信じていただけるなんて……っ、ありがとうございますぅぅっ!!」
お姉さんがますます泣いちゃったけど、これでいいよね。こんなことでお姉さんが美容師を辞めちゃったら気の毒だもん。でも、前髪が中途半端にパッツンなままは恥ずかしいからなんとかしてもらおう!
「モモが望むのなら任せよう。──次は悲しませることのないようにしてくれ」
「はっ、はいっ」
「オレは出迎えるための準備が整っているのかを確認しにいく。モモの支度が終わった頃にもう一度顔を出す」
「うんっ」
バル様は桃子をベッドから抱き上げて椅子に下ろすと、ジャックさんに一瞬目配せをしてから部屋を出て行った。たぶん、護衛は任せたぞってことなんだろうねぇ。これは私にもわかったの!
「ではモモ様、その御髪を整えさせていただきます!」
お姉さんの手に握られたハサミがシャキンと鳴った。




