314、モモ、プチ不運に遭う~お子様にもささやかな乙女心は芽生えているの~
(*´▽`*)/お待たせしました! 今日から第四部が開始となります。準備体操を終えた桃子も準備万端の様子です。額に四部と書かれた鉢巻を巻いて、とととっと走り出しますので、応援して頂ければ嬉しいです。それでは、よーい、まったり(笑)!
この世界に来てそろそろ三カ月半になる。バル様に教えてもらった読み方でいうと七月の中盤だね! 一カ月は三十日きっちりだけど、一年は十二カ月あるそうで、そこは元の世界と一緒だ。同じ部分を見つけると親近感が沸いちゃうねぇ。それに覚えやすいことは、とってもありがたいよ。
五歳児の身体は三カ月経ってもちっとも変わらない様子だ。だけど、ちょっと成長しちゃう部分もある。そんなわけで桃子は鏡越しに髪をポニーテールにしたお姉さんと対面しているのであった。
「ほっ、本日は当店をご指名いただきまして、ありがとうございました。父と共に、私も加護者様のお役に立てますように、せ、せ、精一杯努めさせていただこうと思います!」
優しそうなお姉さんはガチガチに緊張した様子で、ハサミを両手で握りしめながらそう言った。待って、持ち方が凶器になっちゃってるよ!? 今にもサスペンスな音楽が流れてきそう。
今、桃子がなにをしているかというと、自宅とさせてもらっているお屋敷の客室で、伸びた髪の毛を切ってもらおうとしているのだ。今日はお客さんが来るから、綺麗にしてもらおうねってことになったの!
バル様もお休みだから、今頃は自分のお部屋でカットしてもらっているはずだ。担当しているのはこのお姉さんのお父さんなんだよ。それで、娘さんの方が私の髪を切ってくれることになったんだけど、困ったことにものすんごく緊張しちゃってるみたい。私が加護者なことを知っているからこの反応なんだろうね。でも、今はそれは閉店中だから! ただの桃子として扱ってほしいなぁ。
桃子は大きな布を首から身体全体に巻かれた美容院スタイルのまま、ドレッサーの鏡越しにお姉さんの緊張をほぐそうと声をかけた。
「お姉さん、目の前に座っているのはただのお子様だよ。お姉さんよりちっちゃいし、力だってないから危険性は0。安心安全な子なの!」
お子様本人である桃子自身が安全性をアピールしてみると、ようやくお姉さんが笑ってくれた。口元を押さえて肩を震わす様子からは、先程の鬼気迫った力が抜けている。ほっ。これで、お互い安全に髪を整えられるね!
「ありがとうございます、加護者様」
「今はただのモモだよ」
「はい、モモ様。それでは髪をお切りいたしますね」
「うんっ」
いい感じに緊張がほぐれたのか、お姉さんが髪の毛をチョキチョキと切り始める。迷いのない手つきが気持ちいい。鏡の奥では壁際に待機するジャックさんの姿が見えた。今日はジャックさんが護衛についていてくれて、レリーナさんはメイドのお仕事をしているのだ。
普段の生活ではお屋敷の中の危険性は低いってことで、近くに誰か人がいれば桃子は自由にしていることが多い。しかし、今日は外から人を入れるということで、バル様がジャックさんに護衛の指示を出したのである。こんなお子様の護衛で申し訳ないなぁ。桃子は目の前の大きな鏡に映る自分の顔を見つめてそう思っていた。
そういえば、今日の護衛は一人でいいってバル様に言われたから、レリーナさんの背中が少ししょぼんとしてたなぁ。ジャックさんに念押しして私のことを頼んでいたっけ。だけど、前よりも親しい仲間って感じがしたから、レリーナさんがちょっぴり心の扉を開いてくれたのかも。それが恋愛に繋がるのかはわかんないけど、私はジャックさんを応援するよ!
そのジャックさんも今ではすっかりこのお屋敷にも慣れたみたいで、メイドのお姉さんに頼られることも多いようだ。時々重いものを運んでいる姿を見かけることがある。女の人が持てないものを軽々持ってくれるのは本当に助かるんだろうね。レリーナさんとロンさんの信頼も寄せられているみたいだし、よかったよねぇ。
その時のことを思い出してにこにこしていると、前髪に手がかかった。桃子は髪の毛が入らないように、きゅっと目を閉じる。ハサミの冷たさを額に感じると、コンコンッとドアがノックされた。
「モモ、髪は切り終わったか?」
バル様の美声が耳に届き、ジャキンッと思い切りのいい音が部屋に響いた。
「あ……っ」
「うん? バル様の方が先に終わっ──……」
お姉さんがなにか小さな声を出した気がした。桃子は不思議に思いながら薄く目を開く。と、鏡に映った光景に細めていた目がまん丸くなる。なんと、鏡の中のお子様の前髪が眉の上でパッツンと綺麗に切れてしまっていたのだ。
「なっ、なっ、なくなっちゃったのぉぉぉぉっ!? 」
桃子が悲しみの叫びを上げるのと同時に、バル様によって部屋のドアが勢いよく開かれた。




