310、モモ、技を披露される~露店を周るのは宝探しと似てるかも~前編
鳥肉の串焼きを食べ比べしたり、ブロッコリーや人参など野菜がたくさん入っているスープを飲んだり(木製の器とスプーンは返品するようになってたよ!)ぴりっとスパイスの効いたトマトソースにひき肉が入ったパイをリジーと半分こしたりと、食べ歩きを楽しんだ桃子達は次の露店通りに差しかかっていた。
カラフルな壺に目を奪われたと思えば、異国風に織り込まれた敷物に感動したり、お洒落な絵が描かれた食器を触りたい誘惑にかられながら、桃子は通り過ぎる露店を目で楽しんでいた。ウィンドウ・ショッピングみたいなものだねぇ。
次に七人が足を止めたのは武器を扱う店だった。木製の台座にずらりと広げられているのは、さまざまな形の剣である。刃先がやたらとカーブしている剣に、とってもスリムな剣やナイフもある。この店はカイとレリーナさんとジャックさんの希望で足を止めたのだが、キルマやリジーも握りや剣先を熱心に確かめていた。桃子もバル様の腕の中から整列している剣達をじぃっと見下ろす。
心の中で五歳児の桃子が二人登場して、玩具の剣でぺしぺしと打ち合いを始めた。ぬりゃっ、とうっ、などと言い合っている。うん、私の中の剣のイメージはこんなものです! 扱い方をまったく知らないから、安全に持てるのは玩具の剣くらいだよねぇ。そんな桃子を怪訝に思ったのか、バル様も同じように剣を一瞥する。
「気になるのか?」
「うん。こんなにたくさんの剣を見るのは初めてだから、綺麗だなぁって見てたの」
「どこを見てそう思ったんだ? 華美な装飾はされていない。実用重視の剣だと思うが」
「派手さはないけど、剣の表面が光に当たってきらきらしてるでしょ?」
「モモの感性は面白いな。オレはその剣を武器として認識したが、モモは違う視点からこの剣を見ていたということか」
「私にとって武器は身近なものじゃなかったからだよね。この世界の人にとったら、甘々な感性かも」
平和な世界で生きてきた桃子の感覚は、害獣と戦うバル様達とはあまりにも違う。それは桃子が剣を見てもファンタジー色が強い道具として見てしまうことと、バル様達が当たり前のように剣を武器として見ていることの差からもわかることだった。
「オレには今のモモが好ましい」
「バ、バ、バ、バル様!?」
このましい、この増しい、好ましい!? 意味がわかった瞬間、桃子は自分の全身がボンッと爆発したような気がした。熱くなった顔で見上げると、黒曜石の瞳が甘やかすように優しく撓む。
「この露店はモモには向かないな。隣は……皮を使ったリュックやポシェットがあるようだ。キルマに一声かけて、隣の露店を見るとしよう」
「バル様も剣はいいの?」
「ああ。──キルマ」
バル様は露店の前を移動すると、キルマに声をかける。両手に短剣を持って構えていたキルマが振り返る。双剣っていうんだっけ? 格好いい構えだねぇ! 一撃必殺とか技が出せそう。
「はい、どうなさいました?」
「モモに剣は必要ないだろう。お前達が剣を見ている間、隣の露店を見ていてもいいか?」
「ええ。すぐ傍ですし、そのくらいでしたら構いませんよ」
無事にキルマの了解が取れたので、桃子はバル様と一緒に隣の露店へと向かう。すぐ傍に隣接して広げられた露店には皮のショルダーバッグやリュックが広げられていた。その中の一つに桃子の目はくぎ付けになる。
「リンガのポシェットがある!」
それは葉っぱがついたりんご、もとい異世界名リンガを丸ごと模してポシェットにしたものだった。心の中で五歳児がピコーンッて反応して、これ欲しいっ! ってすんごい主張をしている。可愛いもんねぇ。だけど買うのなら、両方の私が使えるものの方がいいと思うの。無駄遣いはいけません!
「可愛いデザインでしょう? 厚い布を使っているので丈夫ですし、重さもそれほどはありません。なにより、お嬢さんなら首にかけることも片腕を通すことも出来ますし、まさにぴったりだと思いますよ? どうぞ、手に取って確かめてみてください」
店主さんなのか、お兄さんが揉み手をしながら、ここぞとばかり売り込んでくる。バル様は視線一つでお兄さんを硬直させると、商品を手に取って桃子にも触らせてくれる。わぁっ、裏側もちゃんとリンガになってる!
「紐の長さを見ても、今のモモならばちょうどよさそうだな」
「うーん、でも十六歳の私は使えないから、他のものを探そうかなぁ」
「ならば……これはどうだ?」
バル様が次に手にとったのは茶色の皮のショルダーバッグだった。こちらはバッグの隅にリンガが二個彫り込まれており、さりげない可愛さを醸し出していた。ただし、皮紐の部分は長い。
「こ、こちらは年齢層がもう少し上の女性向きとなりますよ!?」
「わかっている。──モモ、このショルダーバッグは好みか?」
「うん! 可愛い過ぎて悩んじゃう」
バル様の美貌で一瞥されてぽけーっとしていたお兄さんが我に返って、ひっくり返った声で教えてくれる。そうなんだよねぇ。だけど、五歳児がさっきから、ポシェットがいいと思うの! ポシェットにしようよぅ! って訴えてる。そんな五歳児にめっと叱りながら、桃子は短い両腕を組んでううーんと考え込む。視線をうろつかせていると、ふとその先に別のものを発見する。それは腰に装着出来る赤茶色の皮のポーチだった。
「ジャックさんに似合いそう。専属護衛になったお祝いも兼ねて、ちょうどなにか贈り物をできたらなって思ってたの。バル様はどう思う?」
「使い勝手が良さそうだ。それなら、三つとも買えばいい。──いくらだ?」
「えっ、あの!? 三つ合わせて白銀貨三枚と銅貨十枚です!」
バル様が当たり前のように自分の巾着からお金を取り出そうとするので、桃子は慌てて大きな手の甲に小さな手を重ねる。
「私にお金を使い過ぎじゃないかな!? 誘惑の仕方なんてちっともわかんないのに、本当に小悪魔になっちゃうよ」
「なるほど。小悪魔とはそういう意味合いか。だが、このくらいなら大した金額ではないだろう?」
バル様はなんで止められたのかさっぱりわかっていない様子だ。きっと金銭感覚が王族だからだ! 考えてみれば、お子様用の階段を作ってくれて、さらにはお部屋を改造しちゃったり、花壇まで設置しちゃった人だったよぅ。その費用に比べたら本当に細やかな値段なんだろうね。
「食べ物はちゃんと私にも払わせてくれたでしょ?」
「モモが皆と同じがいいと望んだからな。興味深い体験だった。しかし、そんなに気になると言うのなら、モモはジャックに贈るポーチだけ払うといい。モモの物はオレが払う。初めての春祭りにモモ達に記念となるものを買ってやりたい」
「……降参なの!」
しっとりした美声と熱のある視線を向けられて、桃子は耳まで赤くして白旗を振った。そんな反応を返す桃子に、バル様が喉の奥で笑う。ずるいなぁ、もうっ! そんな風に言われたら何度でも負けちゃいそうだよ。バル様が醸し出す色気に私がすんごく弱いことは、もうすっかりバレちゃっているみたい。




