301、モモ、盛り上がる~お祭りはどこの世界でも心躍っちゃうもの~後編
「バル様、バル様っ、今の人達って請負人だよ!」
「見た顔があるな。連行された男は、神殿内ではある派閥の補佐を務めていた貴族だ。孤児院で人身売買が行われていた事件が公となり、派閥を率いていた男の父親が拘束されたため、そのあおりを受けて派閥は瓦解した。しかし、あの男は今度は自分が大神官になろうと画策したようだ。討伐任務中にルイスの暗殺を企て、それに失敗したから大神官の就任を発表するこの時を狙ったのだろう」
「遠征中にそんな大事件が起きてたの!? ルイスさんは怪我しなかった?」
桃子は思わず大きくなりかけた声を慌てて小さくすると、周囲に聞こえないようにバル様に尋ねる。暗殺なんて言葉とはまったく縁もゆかりもない世界に生きて来た桃子にとって、自分の知らないところで起きていた大事件も今回のことも衝撃だった。暗殺されかけたのがおいちゃんだったのも、心臓に悪い。元気な姿は門の上に見えるけど、そう聞かずにはいられなかった。
「ああ。かすり傷一つ負わなかった。副大神官となった彼女のおかげでな」
「それじゃあ、あのお姉さんには感謝しないとね! でもそうなると、さっき捕まった貴族は自分が暗殺しようとした犯人だってバレたから逃げていたってことなの?」
「いいや、あの時は拘束するだけの証拠に欠いた。逃げ回っていたのは別の理由だろう。今わかるのは、ルイスが自分を囮にして民衆の目の前で暗殺未遂を行わせた、という事実だけだな」
「無事だったからよかったけど、すんごく危ない方法だよ。ルイスさんはどうしても、あの貴族を捕まえたかったのかな?」
「大神官として神殿内部の改革を行うには、不穏因子となりえる者を排除する必要がある。荒い手ではあったが、結果が伴っているから無茶の一言では咎められないだろう」
「自信があったんだと思いますよ。ルイスさんはズボラに見えてやるときゃやる人なんで。それにしても、まさか春祭りの日にこんな大捕り物があるなんて、心臓が止まるかと思いましたよ。しかも、周りをよく見たら、警備兵と一緒に並んでるのも神官の服を着た請負人です。うげっ、下手くそなウインクしてきた」
ジャックさんが一か所に目を向けて嫌そうに言う。視線を追いかけてみると、口周りにたくさんお髭をたくわえたおじさんがおどけた顔をしてた。あのおじさんがウインクしたの? ちょっと見てみたかった! ジャックさんの反応が面白かったのか、レリーナさんがいつの間にか短刀を手から消しながら、クスリと笑う。その清楚なスカートが短刀の隠し場所だったりする? そう聞きたくなるほど手品のようなあざやかなお手並みだ。
「神官の方が護衛を務めるのは難しいでしょうから、請負人がついたのかもしれませんね」
「服が違うとみんな印象が変わるねぇ。ルイスさんの変身っぷりにもびっくりしちゃった」
「普段はズボラなおっさんの見本みたいな外見してるのに、ほんと詐欺だよなぁ。オレもうっかり格好いいとか思っちまったもん」
「うんうん、その気持ちはわかるよ!」
桃子が大きく頷いて、ちょっぴり悔しそうに笑うジャックさんに同意を示す。お姉さんを庇ったルイスさんの姿は大神官としての貫録がもうあった。ルイスさんが今まで示した行動は民衆の信頼を十分に得られるものだったと思う。ルイスさんが大神官になってくれたなら安心できるね。神殿に対する苦手意識だって消えちゃうよ!
ふと、バル様がわずかに身じろいだ。桃子が見上げると、視線が右上に向けられている。
「あの男についての詳しい話は後ほど本人から聞こう。──父上達のお越しだ」
門の上に王様と王妃様が現れた。途端に民衆からは歓声が上がり、新たな熱気が生まれる。ほあー、二人とも国民から慕われてるんだねぇ。明るい声を聞いて、暗殺未遂という恐ろしいものを目撃して硬直していた心が和らいでいく。平和が一番だよ! 王様がすっと右手を掲げると、その言葉を聞こうとするように歓声が治まった。静まった広場に王様の声が朗々と響き渡る。
「新たな大神官を迎えためでたき今日、民と共に春祭りを迎えられたことは私達の幸いである。春の訪れを共に祝おう」
「わたくし達が愛するジュノール大国の未来に」
「人と神を繋ぐ我等が神殿に」
「そして、民衆の皆に幸多きことを。今ここに、春祭りの開始を宣言する!」
【わああああああっ!!】
王様の宣言に民衆が一際大きな歓声を上げる中、門の後ろから二匹のドラゴンが空へと飛び出した。大きな羽ばたき音とその姿に目を奪われて桃子は大きくのけ反る。ドラゴンの後ろをきらきら輝く精霊が追いかけていく。ファンタジーで美しい光景に目をまんまるくした桃子の頬に花が降ってきた。その背に乗っている騎士がたくさんの花を空に振りまきながら空を駆けていく。ふわああっ、すごい……っ!!
「身体が柔らかいことは長所だが、落ちるぞ、モモ」
感動していると、バル様に声をかけられた。はっ、夢中になるあまりにスケート選手のようにのけ反っちゃってたよ。バル様に背中を支えてもらっていなかったら、そのまま落ちちゃうとこだったね。しっかり腕の中に戻った桃子は、人々が空に両手を向けて花を受け取りながら喜んでいる中、しずしずと王様達が門の上から去っていく姿を見つめる。お仕事は終わったみたい。これからルイスさんのとこに向かうことになりそうだ。
人の波が踵を返していく中で、ジャックさんが突然、ぶほっと噴き出した。そして、笑いの滲んだ声で囁いてくる。
「ちょっ、旦那、あそこでめちゃくちゃ手を振ってる奴がいるんだけど」
「見えている。ルイスが寄越した迎えだろう」
「どこー? 見えないよぅ」
「あちらです。門の脇にいらっしゃいますよ」
桃子が首を伸ばして頭をあっちこっちに動かして探していると、レリーナさんが教えてくれた。視線を下げてみれば、笑顔で大きく手を振っていたのは私服姿のタオだった。




