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300、モモ、盛り上がる~お祭りはどこの世界でも心躍っちゃうもの~中編

 おしゃべりに夢中になっている間に、お城へ向かう坂に差しかかっていたようだ。波にぷかぷかと浮かぶ小舟に乗っている気分でいれば、桃子とお城の距離が近づいていく。そうして、頂上地点となる門前に到着! けれどその広場にはもうすでに地面が見えないほど人が集まっていた。みんな春祭りが楽しみで早起きしちゃったのかな? バル様は背が高いので、肩に掴まらせてもらいながら背延びをすれば周囲の様子がよく見えた。


「こみこみだねぇ。……あれ? あそこにいるのって、神官さん?」


 広場を囲うように配置されているのは、警備関係の兵士さんだろう。しかし、不思議なことに間隔を空けて隣には神官の服の人がいるのだ。かわりばんこに兵士と神官が並び、広場を囲っているようだ。立ち並ぶ神官さんは身体が大きな人ばかりに見える。


「神官、だよな? けど、それにしては……」


 ジャックさんが小さな声でなにか呟いた。桃子が聞き返そうとする前に、バル様が口を開く。


「警備の者に神官を交えているのは発表前の予告だろう。周囲の者達もなにかあると察したようだな」


 声をひそめたバル様の言う通りに耳をすませれば、ざわめきの中に訝しがっている様子が伝わってきた。


「なんで神官までいるんだ? 今日は王様が春祭りの開始を宣言なさるだけじゃないのか?」


「さぁ? もしかして、神殿からもなにかあるんじゃないの?」


「新しい大神官が立つのかもしれないぞ」


「誰がなるのやら。まったく貴族の神官なんてろくなもんじゃない」


「だいしんかんってなぁにお母さん?」


「私達が怪我をした時に治してくれる人達よ」


「といっても、前の時はとんでもない金額を吹っかけてきたから、治してもらえる人間なんてほんの一部だったがな」


 誰が一番初めにそんな予想をしたのか、なんてことはすぐにわからなくなった。ざわめきの中に大神官という単語がどんどん増えていく。噂の広がり方を早回しで見ているみたい。変な感心をしていると、城門の上に人影が現れた。神官服の胸元がはち切れそうなほどお胸の大きな色気たっぷりのお姉さんだ。ま、まさか、このお姉さんが次の大神官!?


 驚いていると、手摺みたいに積み重ねられた煉瓦の前に立ってお姉さんが声を出す。


「民衆の皆様、春祭りが開かれるこのめでたき日に、神殿よりご報告すべきことがございます。──わたくし達神官は、神殿を我がものとした前大神官の愚かな行いにより、皆様を失望させてしまいました。行いを止めることが出来なかったわたくし達の落ち度を、どうぞお許しください」


 お姉さんが深く頭を下げる。その真摯な姿勢にざわめきが引いていく。静まり返った広間に、どこからか男の怒声が上がる。


「謝れば許されるなんて思うな!」


 男の怒声がきっかけとなったのか、堰を切ったように一部の人々の中でくすぶっていた怒りが爆発した。


「そうだ! オレの母親は神殿の料金が高過ぎてまともな治療が受けられずに死んだんだ!」


「私の妹は片足に障害が残ったわ!」


「お前達神殿なんて信用出来るわけないだろう!」


「ひっこめ! 二度と出てくるな!」


 男がお姉さんに向かって石を投げる。当たっちゃう! 桃子が悲鳴を上げそうになった時、頭を下げたまま逃げようとしないお姉さんを大きな影が引っ張った。そして、石を手で受け止める。頭には白い帽子をかぶり、白い布地に銀の装飾がされた外套と、神官服を着込んだ大きな体の男の人が女の人を庇うように立っていた。


「神殿の落ち度は、大神官となったこのオレ、ルクティス・クライムから詫びさせてもらいたい。今日から神殿は体制を変えていく。庶民の出であるオレが大神官として、そして貴族の出である彼女、ディアンナ・マイカが副大神官として共に神官達を率いる。オレ達は神殿をもう一度信じてもらえるように、精一杯の努力を約束しよう。たとえ大神官として立つことになっても、オレの中身はこの場にいる人間と変わりない。あんた達には、今後オレ達が正しい道を歩んでいるかを見てほしい。そして判断してくれ。オレ達がまっとうな神官であるかを!」


 お髭がなくなって、髪も後ろに撫でつけているから別人みたいになったルイスさんが宣言すると、神殿に対して非難していた人達が口を噤む。そして、石を投げた人が声を震わせながら尋ねる。


「あんたは……害獣が街を襲った時にオレ達を助けにかけつけてくれた神官か……?」


「人を助けないなら、なんの為の神官だ。そうだろう?」


「あんたなら、信じる。もうオレ達みたいな思いをこの街の人間にさせないでくれ。……頼むぞ」


 うなだれたように男の人が言った時、突然ガシャッガシャッガシャッと金属が擦れる音が響いた。突然のことに、咄嗟にバル様とジャックさんが剣に手をかけたようだった。レリーナさんの片手にも短剣が握られている。どこから出したの!? なんて突っ込みを入れるより目の前の光景に目をこすりたくなった。へたり込んだ白髪交じりの男を囲むように複数の男の人達が立ち、剣を向けている。男の手にはなにかの液体の入った瓶が握られている。


「おのれぇっ、ルクティスッ!」


「必ず現れると思ってたぜ、ヒューラ・ルフ。今日という日を逃せば、オレが大神官となるのを阻止出来ないからな。貴族ともあろう者が、いまや薄汚い格好で逃げ回るところまで堕ちたか。そんなにまでして、大神官になりたかったのか? それなら、お前はこの街の人々に目を向けるべきだったんだ」


「黙れ! 黙れぇっ! 貴族である私がなぜ下々の者に目を向けねばならん! 庶民の大神官など誰が認めるものか!」


「あんたに認めてもらう必要はないさ。オレは自分の誓いを守るために、選んだ道を進んでいく。あんたにはこの場からご退場願おうか。相手は警備兵がしてくれるだろうよ」


「ルクティス! 貴様に偉大なる大神官が務まるものかぁっ!!」


 大神官となったルイスさんの言葉に従って、男に剣を向けていた人達が無理やり連行していく。その中に見覚えのある顔がいて、桃子は目を疑った。こしこしっと目をこすってもう一回見たら、おじさんの内のひとりに、にっと笑われた。これは間違いないよっ、今のはルイスさんと仲良しの請負人のおじさん達だ! 





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