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292、モモ、審判に挑む~優しくない真実も、誰かの救いになってほしい~後編

 優しそうな外見と言葉で相手の気を緩めて、近づいたところを絡めとろうとする姿なんて、まさにそっくりだ。桃子はマデリン様に恐ろしさを感じながらも、バル様を貶す言葉が許せずに精一杯、目を尖らせる。


「あなた様にはおわかりになられないでしょう。後宮という場所は、わたくし達側室を閉じ込める檻。そこに咲く花々は憎しみと妬みを糧に美しく咲くことだけを求められているのです。訪れない王を待ち、老いていく自分を恐れながら……」


「ああ、そうだ。私は子供だから、その苦しみを正しく理解することは難しいだろう。けれど、未熟な私でも、あなたの行いが間違っていることくらいはわかるんだ。そして、姑息な手を使い、人を貶める者が王妃にふさわしくないことも知っている!」


 こんな風に怒るのは苦手なんだけど、思わず言葉が強くなっちゃった。自分の罪を仕方なかったことのように軽く扱い、責任を周囲のせいにして。罪に手を染めてしまったアニタ様や、見下したバル様のことをなかったことのように話す様子が、桃子には許せなかったのだ。


「加護者の言う通りだな。バルクライはこれほどの美丈夫であり、ルーガ騎士団の師団長まで勤めあげている実力者だぞ。今さら生まれがなんだというのだ。綺麗に飾ることしか能がない側室ごときが、我が息子をさげすめる立場か! たとえその策が上手くいこうとも、そなたのような性悪にバルクライが靡くなど未来永劫ありえん!!」


 気持ちがいいほどはっきりと反論してくれた王妃様に、桃子は胸が熱くなった。バル様、聞こえた? 味方はここにもちゃんといるよ! 生まれがどうとか関係ないよねぇ。そんなこと言われたら、私なんて今の肩書きは立派過ぎるけど、もともとは一般市民の子だもん!


 王妃様の反撃に、マデリン様は反論出来ないようだった。桃子もふぬっと大きな息をつきながら、さっきからなにも言わないバル様の様子をうかがう。すると、なにやら熱のある視線が桃子に向けられていた。うん? 不思議に思って首を傾げると、それはすぐに消えてしまう。王妃様の言葉に照れちゃったのかな?


「…………陛下、全ての罪は明らかになりました。側室方の処罰をお決めください」


 バル様は淡々と王様に決断を求めた。いっさいの揺らぎがない冷静さに、桃子はさすがバル様だねぇ、と心の中で尊敬した。王様もこれまた淡々と罪に対して罰を与える。


「側室三人は、その地位を剥奪はくだつする。直接、加護者に手をかけようとしたアニタと、それを裏から操ったマデリンとルディアナの行いは目に余る悪質さだ。だが、アニタは操られた事実と心を病んでいる現状を考慮し、西の果てにある神殿送りとする。そこで生涯、ディクルトのために祈るがいい」


「……陛下のご恩情に感謝いたします」

 

 伯爵はすっかり意気消沈した様子で、力なく王様に頭を下げる。負うべき罰を決定した王様の言葉に、驚いたように目を見開いたアニタ様の目に光が戻る。震える声が、王様に問う。


「ラルンダ様はあの子の名前を覚えて……?」


「たとえそなたとの間に生まれし者であろうと、子に罪はなかろう。亡くなろうとも我が息子よ。なぜ忘れることが出来ようか?」


「……ああ……ああっ……わたくしは、なんという過ちを……っ。ラルンダ様は、もうあの子の名も忘れてしまったのだとばかり……申し訳、ございませんでした! 加護者様も、どうか今までのご無礼をお許し下さい……っ」


 自分の罪をようやく自覚出来たのか、アニタ様は両手で顔を覆うと、深々と頭を下げた。指の間からはらはらと落ちる涙が悲しいほど美しい。桃子は、アニタ様の前に立つと、一度は自分の首を絞めた手をそっと握る。


「亡くなってからも、これほどお母様に思ってもらえたディクルト様はとても幸せだと思う。母の存在は子供にとって特別なものだ。だから、私の母になるなんて二度と言ってはいけない。私がディクルト様に焼きもちを焼かれてしまうぞ」


「……はい……はい……加護者様……っ」


 涙を流しながら頷くアニタ様に、桃子は握っていた手を優しく放した。子供としてお母さんを思う気持ちはわかるから、どうしてもこれだけは伝えておきたかったのだ。……きっともう、アニタ様は間違えないね。


「また、マデリンは牢屋に三カ月入れた後、五年の苦役に、ルディアナは生家の土地で七年の苦役とし、それぞれの伯爵家からは土地の一部を没収する」


 王様の言葉に貴族のおじさん達がざわめく。どこかで苦いうめき声も聞こえた。もしかしたら、二人のお父さんがいたのかも。さらに王様は続ける。


「これより、後宮はしばし閉ざす」


「陛下、それはいけませんぞ! 我が娘、マデリンの愚かさは親たる私が謝罪いたします。ですが、ジュノール大国のためを思えば、新たなご側室はご必要でありましょう」


「まさに、その通り! 国のためにご理解を!」


「陛下のご側室とあらば、わしの娘はいかがだろうか?」


「なにをいう。そなたの娘ならば、私の姪の方が優れていよう」


「このようなことが二度とないように、よく選定せねばなるまい」


 貴族のおじさん達からそんな声が聞こえてくる。──ダンッ! 王様がひじ掛けに拳を打ちつけて、勝手に進む話を断ち切った。険しく眉間に皺を寄せて、王様が叱責する。


「いい加減にせよ! そなた達が選んだ側室がこの事態を招いたのだぞ? その責任はそなた達とて少なからず負うべきであろう。……今後、私はそなた達が選ぶ側室は望まぬ。必要とあらば、私自身が自ら選ぶ。そこに口出しは無用ぞ。また、我が息子達にもそれは同じとする。それが私がそなた達へ下す罰であると知れ!!」


 王様の怒声に空気がバリバリと震えた。……か、雷が落ちたみたい。貴族のおじさん達は言葉もない様子だ。沈黙が満ちた場に王妃様が命じる。


「兵よ、その者達を連れて行け」


「……はっ」


「止めよっ、触れるでないっ! ──陛下っ、お許しくださいっ! 陛下ぁっ!!」


「わたくしを捨てる国など滅んでしまえ! あははっ、あはははははっ」


「…………」


 拘束する兵士に叫んで抵抗するルディアナ様と、哄笑するマデリン様とは裏腹に、アニタ様は静かに一礼して兵士に連れられて行く。まっすぐ伸びた背中には強さがあった。こうして、桃子が巻き込まれた一連の騒動はようやく終わりを迎えたのだ。






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― 新着の感想 ―
やはり後宮制度は歪みの温室にしか成らないわな。 歴史的に見ても、一見政治的には合理的な側室制度も長期的には政争の火種にしかならないのは明らかだったもんね。
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