291、モモ、審判に挑む~優しくない真実も、誰かの救いになってほしい~中編その三
「なにを、おっしゃるのです。わたくしは加護者様にご忠告のお手紙をお送りしたのですよ? あなた様を案じたわたくしが黒幕だなんて、酷うございます……っ」
涙を浮かべて自分の潔白を主張するマデリン様に桃子はさらに言葉を重ねていく。
「実際のところ、あなたはただルディアナ様の傍でわざと呟いただけなのだろう。アニタ様が私を害し罪を犯すことを願っていたから」
「そのような事実はございません! そもそも、わたくしがどのような目的を持って、そんな恐ろしい罪を犯したというのです? 加護者様は想像だけで無実のわたくしを犯人とするのですか……?」
「どうなのだ加護者、確固たる証拠はあるのか?」
王妃様の目が期待に光るのを見て、桃子は加護者らしく難しい言い方を一生懸命考える。ふおおおおっ、頭をフル回転させるの! 頑張れ、私っ!! そんな心の叫びをなんとか隠すと、桃子は無表情を維持したまま答えていく。
「先程のルディアナ様の証言が証拠となります。──マデリン様はアニタ様の様子がおかしいと気づいたのは、私が城に滞在してからだと言った。けれど、ルディアナ様が策を練ったのはマデリン様が『アニタ様が加護者を害すかもしれない』という一言がきっかけとなっている。これは、私が城に滞在する前のことだ。ここに矛盾が存在する。つまり、どちらかが嘘をついている」
「わたくしは嘘など……」
「しかし、実際にルディアナ様は策を練りことを起こしてしまっている。その事実は覆せない。そうなると、マデリン様は私が城に滞在する前からアニタ様が不安定になる可能性に気づいていた、というのが真実となるんだ」
「…………っ」
「ではなぜ、王様から聞かれた時にマデリン様は本当のことを言えなかったのか? それは、あの時、王様からアニタ様についての質問を受けたことは、あなたにとっては想定外の出来事だったからだ。だから、とっさに自分を守るための嘘をついてしまったんだろう。違うか?」
桃子の推測に、言葉を詰まらせていたマデリン様の表情が一変する。その優し気な顔立ちに、暗く残酷な笑みが浮かぶ。
「ふふっ、ええ、そうですわ。わたくしがルディアナ様にそう言った事実は認めましょう。ですが、ただ加護者様を案じただけのわたくしになんの罪があるというのです? そんなものはないでしょう? だって、わたくしはルディアナ様を唆したわけでも、アニタ様に直接害をなしたわけでもないのですもの! ですから、わたくしにはなんの罪も──……」
「まだわからぬか?」
「……え?」
勝利を確信するかのように哄笑するマデリン様に、王様が沈黙を破る。冷えた目が、断罪する。
「王に偽りの証言をしたのであろう? ならば、そなたはすでに罪人ぞ」
「いえっ、違うっ、違うのです! わたくしは言い間違えただけで……っ!」
「見苦しい真似は止めよ」
マデリン様が王様の鋭い眼光に息を飲んで、口を閉ざす。この人が騒動のきっかけになってはいるけど、その理由を思うと、桃子はこれ以上の追及をしたくなかった。だって、他に傷つく人がいるから。
「このようなことを行った理由を述べよ」
「わたくしはこんなつもりでは……っ」
「加護者よ、お前はその理由を知っているのか?」
「……はい、推測ではありますが。ですが王様、その理由をここで話さなければいけませんか? 側室方の罪はもう明らかになりました。この場でこれ以上の理由を明らかにする必要は……」
「たとえどのようなおぞましき理由であろうとも、王の元で審判が行われている限りは、隠匿することは許されぬ。この場で正しく罪を把握し裁くことは王の役割なのだ。故に、そなたも加護者として正しき行いをせよ」
厳しくも加護者としての在り方を示してくれる王様に、桃子は静かな目をしっかりと見つめ返して小さく頷いた。ごめんなさい。こんな大事な場面で私情を挟んじゃいけなかった。桃子は周囲をゆっくりと見まわす。無表情のマデリン様、ぼんやりしているアニタ様と、険しい表情で沈黙する伯爵、そっぽを向いているルディアナ様、証言者として立ってくれたカメリアと、ユノスさん、静観する王妃様と、最後にバル様を見上げて、桃子は心を決めた。
「マデリン様が事件を起こした理由は、バルクライ殿下にあるのだと思います」
「なに……?」
バル様が怪訝そうに眉をひそめる。そうだよねぇ、本当に予想外な理由だと思うの……だから、私も言いたくなかったんだよぅ。
「おそらく、マデリン様はバルクライ殿下に好意を抱いていたのかと。最初から違和感はありました。マデリン様は、お茶会の時も忠告として贈られた手紙にも、王様を気にした素振りはありましたが、それにしては不自然なほどバルクライ殿下を気にかけていたので」
「……ふふふふっ、あはははははっ!」
桃子がそう言った時だった。突如、マデリン様が狂ったように哄笑した。絡みつくようなぞっとする嗤い声に、審判の間に静寂が落ちると、ぴたりと声を消したマデリン様は目を見開いて桃子をぎょろりと見つめてくる。
「憎らしいほど愛らしく心のお綺麗な加護者様ですこと。後宮という闇に生きてきたわたくしとは大違い」
「なにが言いたい?」
「わたくしが汚らわしい生まれのバルクライ殿下を本気で愛すると思ったのでしょう? だからお綺麗だと言ったのです。わたくしは死んだ女を今も求めている陛下に見切りをつけて、殿下の妃の座を求めただけですもの。愚かなアニタと頭の弱いルディアナを操り、加護者様を害させ殿下に近づくきっかけとし、誰からも愛されなかった殿下を偽りの愛で包めば、簡単に心なんて手に入るでしょう? 汚らわしい生まれとはいえ、王になる可能性がある方ですもの。心さえ手に入れれば、わたくしが王妃になることも夢ではない、そう思っただけのこと」
「バルクライ殿下は汚らわしくなどない! 汚らわしいのはそんな欲望を抱いているあなただろう!!」
バル様は汚らわしくなんてないもん! って咄嗟に言っちゃいそうになったよ。慌てて修正したけど、やっぱりこの人、食虫植物だよぅ!




