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288、モモ、審判に挑む~優しくない真実も、誰かの救いになってほしい~前編

 水色の清楚なドレスは歩くたびにさらさらと揺れ、皮の靴とハーフブーツが廊下に軽い音と重い音を交互に響かせていた。進むたびに近づく巨大な白い扉は、桃子とバル様の訪れを待つように閉ざされている。これより二人が挑むのは、王様の側室であるアニタ様の審判である。


 扉の向こうからざわめきを感じる距離となれば、心臓が痛いほど脈打つのを感じた。今から王様と王妃様の前で、自分とアニタ様の間でなにが起こったのかを証言しなければいけないのだ。桃子はペシペシと頬を叩いて、心の準備を整えようとする。だって、今回の審判は人の運命が左右されるものだ。それは審判を受けるアニタ様だけではなく、桃子の運命、あるいは他の誰かの運命であるのかもしれない。そう考えると指もこわばるし、そわそわしてしまう。しっかりしないとね!


 緊張で唇が尖った桃子に、王子として黒い服で正装しているバル様がひっそりと声をかけてくれる。


「顔が強張ってるな」


「上手く説明できるか、緊張しちゃって」


「実際にあったことを正直に言えばいい。どんなことがあろうと、オレが必ず守ってみせる。だから、モモは加護者として、毅然と顔を上げて挑みなさい」


「……うむっ!」


 バル様の美声を聞いていたら、なんだか心のざわざわがちょっぴり収まった。桃子はしっかりと背筋を伸ばすと、返事も加護者様らしいものに切り替えていく。扉を守る騎士のお兄さん達は、二人が扉の前に立つのと同時に扉を開いた。


「加護者モモ様ならびにバルクライ殿下のご入廷です!!」


 審判だからかな? お兄さんが声を張って二人の入室を知らせた。審判の間と呼ばれるそこにはあふれんばかりの男の人達が集まっていた。きらびやかな衣装を身に着けるのは貴族のおじさん達だ。そこから続く奥の王座の傍近くにはいつか見た甲冑姿の人が控え、王様の一番傍にはバル様の教育にかかわっていたというあのおじさんがいた。反対側で座る王妃様の傍には、桃子を診断してくれたお医者さんのおじいちゃんもいる。


 広い室内の隅々に兵士のお兄さん達が立ち、部屋の中を取り囲んでいる。厳重な警備だねぇ。桃子はあまりきょろきょろしないように気をつけながら観察にいそしみ、左右に分かれた人々の間に敷かれた白い絨毯をバル様と一緒に進んでいく。椅子に座る王様と王妃様の数段下には数人の人影がある。ごくりと息を飲んだのは五歳と十六歳、両方の桃子だ。今の気分は、まさに戦いに向かう武士だ。 



 周囲から向けられるぴりついた空気が肌を刺すようだけど、桃子は加護者らしく見えるように平然とした表情を保ちながら、震えそうになる足を励ます。こんなところで転んだら相手の思う粒だよね! ……間違えちゃった。思うツボだもん!


 二人が王様達の元までたどり着くと、右側に立つように視線で促された。左側にはすでに、今回の関係者が集められていた。ドドリス伯爵と、王様の側室の二人、マデリン様とルディアナ様である。楚々とした白いドレスと、ど派手な緑のドレスを身につけている。今日は参考人として呼ばれたのだろうか。


「これで関係者は全員揃ったか。──宰相、審判を始めよ」


「はい、陛下。それではまず、アニタ・ドドリスをここへ」


 宰相さんがそう指示すると、拘束されていたアニタ様が横の扉から連れてこられた。冷たい美しさがあった頬はそげてやつれた顔をしているが、目だけが異様にぎらついている。まるで別人のような姿だが間違いなくアニタ様だ。その異様な輝き方をしている目が、まるで全てを憎むように周囲を見回す。桃子は自分にも向けられた視線に、喉を締め付けられた気がした。


「牢屋での生活は厳しいものであったようだな。アニタ、私の側室でありながら、立場もわきまえず、また国に訪れたかもしれぬ危険も顧みず、加護者の首を絞めたのはなぜか?」


 淡々と問い質す王様の声が審議の間に響くと、どろりと濁った笑みを浮かべてアニタ様が答える。


「ようやく、わたくしの名を呼んでくださいましたね、ラルンダ様」


「その為に加護者の首を絞めたのか?」


「いいえ。まさかそのようなこと。全てはあなた様の隣に図々しくも座る女と、殿下が悪いのです。その者達がわたくしの王子を殺した! それなのに加護者様はその者達の味方をして……っ。わたくしは加護者様をお守りしたかっただけですのに!!」


 アニタ様は徐々に激昂していくと呪いを吐き出すようにそう叫んだ。自分の感情を抑えることが出来ない様子だ。そんなアニタ様に気圧されて、桃子は顔に張り付けた加護者のお面が取れかけていた。ううっ、バル様バリアーの後ろに隠れたいよぅ。すでに涙目とならないように必死だ。しかし、王様は動揺をすることなく、物静かに問い質す。


「当時、王子の身体に傷は一つなく、毒の検査でも反応が出なかった。──そうであったな、侍医?」


「さようでございます」


「その事実を踏まえたうえで、そなたは王子がなにで殺されたと言うのだ?」


「反応が出ない毒物を使ったのかもしれません!」


「話にならぬわ。王室の侍医も把握していない毒物が存在するというならば、流行病が終息後もこの城で死人が出ていよう。特に、私の寵を争い王妃の座を狙う、側室達は真っ先に命を狙われたはずだ」


 王様の鋭い目が、その言葉を否定する。アニタ様は返答を正しく受け取れたのかもわからない状態で、幽鬼のような青白い顔におかしな笑みを浮かべる。


「侍医とて王妃や殿下に命じられれば逆らえぬではないですか! わたくし達の可愛い王子を殺したのは、その女狐に決まっています! きっと殿下方もその策略に加担して……わたくし達からあの子を奪ったのです!!」


「わしは長年王族にお仕えしていますが、侍医という職を権力で汚したことは一度たりともございませんぞ。誓って事実を申し上げております。王子の死因は間違いなく流行り病でございました」


 おじいちゃん先生がきっぱりと断言する。それでもなお反論しようと口を開くアニタ様に、沈黙していた王妃様が剣呑な表情になる。その迫力に桃子は心の中で叫ぶ。こあくて、腰が抜けちゃいそう!


「アニタ、お前が子を亡くしたことは本当に気の毒に思う。私も子を産んだ一人の母だ。狂いたいほど悲しむ気持ちは理解しよう。だがな、いい加減に気づけ! お前のしている行為は、我が子の死をも辱めるものであることに!!」


「死を、辱める?」


「そうだ! 流行病で亡くなった我が子を否定して、お前の都合で殺害された者にしようとは、その死を辱めているも同然ではないか! 死の神アブルの元で眠る子を思い、なぜその心が穏やかたれと願えないのだ!!」


「わたくしは……っ」


 王妃様の言葉がアニタ様を断罪する。子を思う母として、王妃様はその死を利用したことが許せなかったのだろう。王妃様の荒々しい口調で叱責されたアニタ様は青白い顔で唇を戦かせる。反論出来ない娘に案じる表情を作ったドドリス伯爵が声を上げた。








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