287、バルクライ、思わぬ情報を手にする
*バルクライ視点にて。
バルクライは討伐任務についての書類を纏めると、父であり国王のラルンダの元を訪れていた。忙しい合間を縫い、直接足を運んだのはモモを護衛していた騎士達と顔を合わせておく必要性を感じたためでもあった。
この時期多忙であるのはどこも同じだ。執務机には積まれた書類や他国から送られて来た書状が用意されており、王の采配を待っている。ラルンダは入室してきたバルクライを一瞥すると、すぐに書状へと目を戻す。
「書類ならばベクターに渡しておけ。……モモはどうしている?」
父が他を気にかける様子に、バルクライは指示に従いながら、眉をぴくりと反応させた。その言動が珍しくて驚いたのだ。どうやら、モモはたった一月の滞在で、実子の自分や兄でさえ内心が読めない父の心を僅かなりとも動かしたようだ。返答を促すように書類から視線を上げられて、バルクライは内心の驚きを打ち消すとようやく口を開いた。
「護衛をつけて信頼する者と共にあります。オレが不在の間は、モモが城に滞在することを許可いただきありがとうございました。──ベクターにも助けられたと聞いている」
「いえいえ。私はジュノラス様にお知らせしただけでございます。加護者様はとても可愛らしい方のようですね。侍女や護衛騎士からの評判は、私の耳にも届いておりましたよ。王様も加護者様と語り合うお時間を取られたほどです」
かつての教育係であり、宰相を務める男は温和な表情で父を見る。
「ふん。面倒を見ていたのは主にナイルとジュノラスであろう。私は一度話をしたにすぎぬ。あれは人の痛みを我が痛みとする愚かな子供よ。……傍にあるのなら、よく気にかけてやるがいい。用が済んだのなら下がれ」
「いずれ改めて、モモと共にご挨拶に伺わせていただきます」
バルクライは一礼すると王の執務室を後にした。そして扉の外で待機していた騎士にユノスの居場所を尋ねると、彼は執務室近くの待機部屋にいるという。案内を断り、バルクライは直接足を向けることにした。
城の中には至る場所に近衛騎士の待機部屋が設けられている。彼等は勤務時間の交代や休憩時間にその部屋に詰めることが多い。また城の警備が強化される場合も密かに隠れて待つこともあるのだ。
バルクライが教えられた待機部屋のドアをノックすると、すぐに中に動きがあった。
「どちら様でしょうか?」
「バルクライだが」
バルクライが名乗ると、すぐにドアが開かれて、青い顔をした騎士が頭を下げる。
「これはっ、申し訳ございません。バルクライ殿下であられるとは思わず、ご無礼をお許しください」
「気にするな。職務を全うしている者を責める理由はない。ユノスという者はいるか?」
「──はい、ここに。私をお呼びでしょうか?」
バルクライの声が聞こえたのか、奥から男が現れた。甲冑を身につけた強面の男は緊張した面持ちで背筋を正す。城の騎士だけあり隙はない。力量を推し量るようにバルクライはユノスを観察した。ルーガ騎士団の団員と遜色はないほどよく鍛えているようだな。これがモモを救ったという相手か。
「殿下、狭い室内ですがどうぞ中でお話しください」
「すまないな」
「もったいないお言葉でございます。それでは我々は廊下にて待機いたしますので」
ドアを開いた騎士が申し出てくれた言葉をバルクライは有り難く受け入れた。こちらも時間があまり取れない。早めに話し切り出してしまわねば。バルクライが待機室に入ると中には簡易な椅子とテーブルが用意されていた。奥に扉も見えるその先はおそらく横になれるスペースがあるのだろう。ルーガ騎士団でも簡易的な休憩室はある。おそらくそう変わりはないはずだ。
バルクライは部屋の中を観察した後、椅子に腰を下ろし、ユノスにも座るように促した。二人が腰を落ち着けると、バルクライは話しを切り出す。
「護衛騎士としてモモと一番深く関わっていたのはお前だと聞いている。有事の際は動いてくれたそうだな」
「護衛を務める騎士として当然のことです。……私が部屋に飛び込んだ時、あの方はすでに首元にお怪我を負われていました。あと少し早く踏み込んでいればとただ悔いております」
「お前を責めるために来たのではない。あれは側室アニタが起こしたものであり、モモの行動にも問題はあった。しかし、その理由を考えれば、オレも強くは叱れなかったが」
「あの方は我等護衛騎士のこともお気遣いくださいました。短い期間ではありましたが、心優しいモモ様にお仕え出来て光栄でございました。ですから、あの方のお力になれるのでしたら、ご協力させていただきたく存じます」
「そうか。こちらにとっては有り難い申し出だ。まず、モモが害された証拠について聞きたい。いいか?」
「はい。実はそのことについて、大事なお話が──……」
室内でありながら念を入れるように声を潜めたユノスがもたらしたのは、城内を揺るがすほど重大な情報であった。バルクライは真剣に耳を傾けると、得た事実を整理するように額に指で触れる。あまりにも大きな情報に扱いを決めかねたのだ。父上はもしやもう知っておられるのか……? 先ほど顔を合わせたばかりの自分とよく似た面差しが脳裏に浮かぶ。バルクライはしばらくの間を置いて、ユノスに尋ねた。
「この事実を確実に知る者は他にいるか?」
「私達だけです。私も今日知ることになり、あまりのことにどうしたものかと扱いかねていました。陛下にご報告すべきことは承知していましたが、はたして本当にそのまま報告していいものか……」
「この件はオレに任せてくれ。モモを助ける重大な事実だ。今、陛下にご報告して、万が一外に漏れることがあれば誰かが死ぬことになる」
「口封じに動く者があると?」
「ああ。オレが必ず罪人を白日の下に晒す。陛下に告げるのは審判の日だ。お前は報告を遅らせるだけでいい」
モモが相手とするのは貴族だ。当日まで情報は限りなく秘するべきだろう。どう動くのか詳しく説明すると、ユノスは納得したように頷き、深く頭を下げた。
「わかりました。殿下のご指示に従います」
「それと、当日動いてほしいことがある」
バルクライは続けて、ユノスにあることを頼んだ。




