284、モモ、その願いを知る~優しい未来はひとりじゃなくてみんなで手に入れよう~中編その三
「ルクティス様、モモちゃん!」
「タオも来てくれたんだね」
「見知った顔がいた方がモモちゃんが安心できるだろうって、ルクティス様に頼まれたんだよ」
「人払いはすませてあるな、タオ?」
「はいっ。ルクティス様のお話が終わるまで僕が扉の前で見張りをします」
「頼む。──悪いが、ここからはオレとモモちゃんだけで話をさせてほしい」
ルイスさんが専属護衛の二人にそう頼むと、レリーナさんが桃子を見て聞いてくれる。
「モモ様はどうなさりたいですか?」
「おいちゃんの望み通りにしてあげたい」
「わかりました。では、私達も扉の前で待機いたしましょう」
「ここには誰も近づけさせないよ」
「うん、お願いするね! みんな、また後で」
桃子は三人に笑顔を向けると、ルイスさんの手を握って開かれた扉の中に一緒に入っていく。初めて入るその場所は、軍神様と初めて会った場所とは違い、上からたくさんの光が降り注いでいた。
広い室内の真ん中に石造りの祭壇がある。その上にはたくさんの花々が活けられ、果物が捧げられていた。何本も立つ太い柱には鳥や竜が生き生きと描かれており、その絵は今にも飛び出してきそうだ。周囲をゆっくり見回せば、壁画の中に狼やリスらしき動物を見つけられた。綺麗だねぇ、ずっと見ていられそう!
敬虔な雰囲気漂う場所でありながら、気持ちが穏やかになっていく。何気なく足元に視線を落とすと、つやつやの黒い石床には文字がたくさん刻まれていた。そんなとこまで作りこまれているんだねぇ。驚きと感嘆を半分こにした気分で、今度は高い天井に視線を向けてみる。そこには、ステンドグラスみたいなガラスに太陽の紋様らしきものが描かれていた。
「気持ちのいい場所だね」
「そうだろう? 街の人々にも開放されている神殿だ。オレは神が人を救うとは思っていない。だが、失った命に対して安寧であれと祈りを捧げることとそれは別だからな」
「……おいちゃんも誰かのために祈っているの?」
痛みのある言葉に、桃子はそろりと言葉を向ける。ルイスさんは祭壇に向けていた目を桃子に落とすと、ぽつりと答えた。
「ああ。十年前の流行病で、オレは全てを亡くしたんだ。娶ったばかりの愛しい妻も、信頼していた仲間も、無邪気にオレを慕う村の子供達も、なにもかもを」
「…………」
「オレは、あの日の絶望を忘れられない。三年間も酒に逃げて、ふと我に返った。オレは一体なにをやってるんだ、ってな。その時にあることを決めたんだよ。それから七年、ようやくこの機会が巡ってきた。……モモちゃん、お願いだ。軍神ガデスをこの場に呼んでくれ!!」
「軍神様を……?」
「ああ、そうだ! オレが神官になったのは、神殿に入ればいつか加護者と接触することが出来るかもしれない、神と直接言葉を交わす機会があるかもしれないと、その可能性に縋ったからだ。オレにはどうしても神に直接聞かなきゃいけないことがある!」
両肩を掴まれた桃子は、激情に震える腕をそっと掴んだ。そうして、宥めるように優しくぽんぽんする。今までずっとそんな願いを心に隠して、ルイスさんは一人で生きてきたのかな? きっと、タオやギャルタスさんも知らないことなのだろう。誰とも悩みを分かち合えない、誰にも言えない願いは、寂しくて苦しいよね? 桃子の気持ちはもう固まっていた。ルイスさんに協力してあげたいよ!
「落ち着いて。最初からルイスさんの頼みを断るつもりなんてないよ? だけど、呼んだら必ず軍神様が応えてくれるって保証はないの。その時はまた時間をおいて呼んでみるけど、それでも大丈夫?」
「そこまで考えてくれたのか……もちろんだ。覚悟は出来てる。頼む、モモちゃん!」
「わかったよ。それじゃあ、呼んでみるね。──軍神ガデス様 軍神ガデス様、この声が聞こえたら神殿までお越し下さい!」
迷子の桃子が待っています! なんて繋げそうになって、慌てて口を閉じる。丁寧に軍神様を呼ぼうと思っただけなんだけど、もしかして迷子の呼び出し放送みたいに聞こえたかな? はいっ、私はここなの! 心の中で五歳児の桃子がびしっと手を挙げた。いやいや、迷子じゃないよね!? もう一人の自分に突っ込んでいると、神殿の天井が白く光った。
「わあっ!?」
「──モモよ、呼びかけに応じて参じたが、我になに用か?」
閉じていた目を開くと、本日も恰好いい軍服姿の軍神様が目の前に立っていた。桃子の声に応えてくれたのである。桃子はしっかりと頭を下げる。
「来てくれてありがとうございます! 今日お呼びしたのは、この人が軍神様にお聞きしたいことがあるためです。お話を聞いてくれますか?」
「我が加護者の望みならば叶えよう。──神官、要件はなんだ?」
軍神様の冷徹な眼差しに射抜かれたルイスさんは、緊張した面持ちで静かに切り出した。
「軍神ガデス、貴方様はクエルボ村をご存じか?」
「クエルボ……滅びた村だな。少し前に起こった流行病の発症元であったか?」
「そうです。オレはその村で育った人間です。あの病が発症した時は、請負屋の仕事でちょうど村を離れていました。ですが、たった三日です。三日、村を離れただけなのに……っ」
「その三日で、村の人はみんな病気になっちゃったの?」
「信じられるか? たった三日で村は様変わりしていたんだ。まるで悪夢の中に閉じ込められたようだったよ。目の前で妻や仲間達が高熱に倒れて苦しんでいるんだ。オレはがむしゃらに治癒魔法を使った。苦しむ妻や村の仲間を助けたくて、何度も、何度も……」
声を詰まらせたルイスさんを助けたくて、桃子は言葉の先を繋いだ。震える手が悲しみに染まった目を隠す。




