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281、モモ、その願いを知る~優しい未来はひとりじゃなくてみんなで手に入れよう~前編

 キルマとカイを交えた賑やかな朝食をすませると、桃子はルーガ騎士団にお仕事に向かう三人を玄関の前でお見送りすることにした。


 二日酔いで顔色の悪いカイに、そんな幼馴染を呆れたように眺めているキルマ、それでもっていつも通りのバル様が馬に騎乗する。三人の華麗な騎乗シーンが格好いい! バル様のマントが青から緑に戻っている。いつも通りの団服を見て桃子は嬉しくなった。小さな違いにも戻ってきた日常を感じられるね。


 お馬さんに乗ったバル様達と私の身長差がとんでもないことになっていたからか、ジャックさんが肩車をしてくれた。おおっ、高い。景色が違うねぇ。初めて肩車してもらっちゃった! 元の世界でも一度もしてもらったことがなかったので、五歳児も心の中で大興奮だ。おかげで首を痛める危機が去ったし、バル様達と視線がぐんと近づいて話しやすくなった。レリーナさんがキュロットの裾をささっと直してくれる。気づいてなかったけど、めくれちゃってたみたい。二人とも手助けしてくれて、ありがとう! 


 喜んでジャックさんの頭を両手で抱えさせてもらう。ジャックさんの髪質はちょっと固めなようでつくつくしてる。桃子の頭の中にぽっとウニが出現した。イガ栗はあるけど、ウニは触ったことがないよ。あのつくつくは痛いのかな? イガ栗は幼稚園の時に遠足で栗拾いに行って触った覚えがある。軍手越しだったのに、手にぷすって刺さって痛い思いをしたんだよねぇ。可愛い姿をしてるのに警戒心が鬼レベル! ちなみに拾った栗は、お家でおばあちゃんに栗ご飯にしてもらって美味しく頂きました。


 視界が高くなると、カイが馬の首にちょっぴり縋りついているのもしっかり見えた。顔色悪いし、ルーガ騎士団に到着するまでに落っこちちゃわないかなぁ? 桃子が心配になって眉を下げると、キルマが大きなため息を吐いた。


「だから気をつけなさいと言ったでしょうに。ほらっ、しっかりしなさいっ」


「うっ、頼むから、大声は止めてくれ……頭痛くて、死ぬ……」


「そんなことで死ぬのなら、ディーカルなんて何度死んでるかわかりませんよ! それとも、それを私に対する願いにしますか?」


 キルマが怖いほど綺麗に微笑む。ど迫力美人! 男の人だけど、やっぱり美人さんだから、笑顔で怒る姿に怖さが倍増してる。心なしか冷気を感じた。昨日の賭けはけっきょくカイの勝ちだったので、桃子達はそれぞれ一回ずつカイのお願いを叶える必要があるのだ。


 私もね、健闘はしたんだよ? 騎士抜きであんまりにも負け過ぎちゃったから、バル様にちょっと手伝ってもらったの、それでも最下位から後一歩抜け出せなかったんだよねぇ。二位がキルマで三位がバル様。でも次こそは……っ! 心に炎を燃やして、桃子はトランプを要修行と決めた。


 キルマの問いにカイは苦笑いで首を横に振る。


「いやいや、ここで使うには願いが安過ぎるぜ。お前にとってはその方が嬉しかっただろうけどね」


「ええ、まったくです。私が勝ったら、あなたに禁酒させようと思っていたのに、とても残念です」


「ようやく帰還したのにそりゃないだろ!?」


「元気になりましたね。どうです? 二日酔いもショックで消えたでしょう?」


「うわぁ、オレ昨日の賭けに勝ってよかった。……我が幼馴染は子供の頃より格段に腹黒くなったな」


「よく聞こえませんねぇ。なにが黒いのですか?」


「いえ、なんでもないです、副団長!」


 小さなカイのぼやきに、キルマが笑みを深めた。漂う冷気が猛吹雪になる。見事な変わり身でカイが白旗を振る。素早い判断だなぁ。綺麗な微笑みとの相乗効果でまるで雪おん……んんっ、雪男みたいだねっ! 桃子は脳裏に浮かびかけた白い着物の女性を、白い着流しの男性に変更しておいた。キルマは美人さんだけど男の人だから女性扱いは厳禁です! ガソリンに火を近づけちゃいけないレベルでダメなの!! バル様は部下の威圧を感じていないのか、落ち着いた声でカイに尋ねる。


「オレとモモにはなにを願う?」


「そうですね……バルクライ様に対しては保留にさせてもらってもいいですか? こんな機会はめったにないですから、じっくり考えたいんですよ」


「わかった。では、思いついたら言うといい」


「ありがとうございます。その時は遠慮なくお願いしちゃいますよ。──それから、モモに願うことなんだけど、こっちは初めから決めていたんだ。これはオレだけじゃなくて、オレ達のお願いにしたいんだけど、いいかな?」


「バル様とキルマも入れてってことだよね? うんっ、私に叶えられることならいいよ?」


「モモの故郷の料理に興味があるんだよ。だから、オレ達に作ってくれないかな? なにを作るかはモモに任せるし、どんなものでも構わないよ。オレの願いを叶えてくれる?」


「もちろん! お口に合うかわからないけど、頑張って作るね」


「そういうことなら食材は屋敷にあるものを使うといい。──ロン、料理長に話を通しておいてやれ」


「かしこまりました」


「バル様、ロンさん、ありがとう。みんなはいつなら一緒に食べられそうかな? 春祭りがあるからしばらくは忙しいよね?」


「春祭りを終えた後は通常業務に戻る。キルマ達にも時間に余裕が出来るだろう」


「ええ。そのくらいの時期なら、よさそうですね」


「オレも異論はありません」


「じゃあ、春祭りが終わってからだね。どんなものがいいか考えておくよ!」


 嬉しさに口元がへにゃりと緩む。気持ちが隠せなくて、にこにこしてしまう。私の元の世界を知りたいって思ってくれたことが嬉しかった。いつもの感謝を込めて、精一杯のお持て成しをするぞ!


「そろそろ時間だ。モモ、行ってくる。──レリーナ、ジャック、モモの周囲に気を配れ」


「はいっ、モモ様のことはお任せを」


「今日もばっちりお守りします!」


 バル様にレリーナさんとジャックさんがはきはきと返事をする。ジャックさんの背がピーンと伸びたからか、桃子の視界もさらに高くなった。


「さて、我々も頑張りましょうか」


「モモの料理をご褒美に励んでくるよ」


「みんな、行ってらっしゃーい!」


 桃子の声を合図に、バル様達は馬のお腹を軽く蹴る。三人を乗せた馬がのんびりと首を返して、門に向かって走り出す。緑の外套が遠くなっていくのを、桃子はジャックさんの肩の上からぶんぶん手を振りつつ見送った。






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