279、バルクライ、幼女に驚かされる 後編
「オレが城の侍女を探りますよ。春祭りも近いから、バルクライ様もキルマも執務から離れるのは難しいでしょう? 諜報に何人か使わせてもらいますけど、いいですか?」
「ああ。こういうことはお前の方が上手いからな。だが、くれぐれも気取られるなよ、カイ」
「お任せください。バルクライ様のご信頼に必ずお応えしますよ」
酔いの抜けた目を光らせてカイが笑う。普段は見せない猛禽類のような一面は、ルーガ騎士団副師団長補佐の顔だ。
「それなら、私は執務でお力になりましょう」
「帰還したというのにお前の負担を減らせないな。……すまない」
「そのようなこと、少しも気にしておりません。私はあなた様の右腕なのですから」
キルマージが誇りある副師団長として、力強い微笑みを見せる。バルクライは確信していた。この二人なら安心して任せられるだろう。バルクライが今後の計画を頭の中で立てていると、再びノックの音がした。
「失礼いたします。モモ様よりお願いされましたお品がございまして、中にお運びしてもよろしゅうございますか?」
「構わない」
「ありがとうございます。──ジャック、中にお運びして」
「はいっ」
バルクライが許可を出すと、レリーナに指示されたジャックが台車をひいて入ってくる。その上には大きい白い布袋があり、赤いリボンで結ばれていた。中に小さなモモの気配を感じる。隠れているつもりのようだが、バルクライ達には気配を感じ取ることが出来るのですぐにわかった。……知らない振りをしておくべきか? バルクライが視線だけでレリーナに聞くと、頷き返される。どうやら、その方がいいらしい。
「モモ様が先に開けておいてほしいとおっしゃっていました」
「……そうか」
「早く開けて見せてくださいよ、バルクライ様。いやぁ、中身が楽しみだなぁ」
「それにしても、モモはどこに行ったんでしょうね?」
バルクライに合わせて二人も知らない振りをしているが、とぼけた声と面白がっている表情の落差が激しい。最初からわかっていたと気づけば、モモが落ち込むかもしれない。驚いた方がいいのだろうか? しかし、バルクライは自分にそれが上手くできるとは思えなかった。ここはやはり、下手な芝居をするよりは、正直な反応を返した方がいいだろう。
「いいか、開けるぞ──」
「わっ!」
バルクライは一声かけてから、リボンを解いた。それからは一瞬のことだった。小さなモモが飛び出してきたのだ。慌てることなく受け止めれば、その姿があっという間に変化していく。身につけている淡い水色のワンピースドレスが波打つと、小さな幼女の面影を色濃く残した少女が現れた。白い頬に、小さな唇、変わらない明るく輝く黒い瞳、その愛らしい少女にバルクライは驚きと共に目を奪われる。大きく脈打つ鼓動。そこにいたのは、十六歳のモモだったのだ。
「バル様、びっくりした?」
「……ああ、かなり驚いた。元の姿に戻れたのか、モモ?」
「えっ、はっ、モモ!?」
「今、一瞬で大きくなりましたよね!?」
「待ってモモちゃん、オレも知らないんだけど!?」
驚くカイとキルマ、それに一番目を丸くしてるジャックに、モモが黒い瞳をきらきらさせながら柔らかな笑顔を見せる。
「ジャックさんには後で詳しく説明するよ! これは賭けの女神様にもらったお酒の力なの。私のものはジュースになってるけどね、それを飲むと、飲んだ量だけ元の姿に戻れるみたいなの。今はたぶん、鐘半分くらいはこの姿でいられると思う。──ところで、あの、バル様、なにか感じなかった?」
「感じるとは、なにをだ?」
「えっとね、びっくりした時に、ビリビリ? バリバリ? みたいな、衝撃がはしらなかった?」
「いや、特に感じなかったが……?」
モモは袋の中で膝立ちしたまま、期待した眼差しをバルクライに向けている。なにかを望んでいるのなら応えてやりたいが、その真意が伝わってこない。心に衝撃とはなんだ? 音から推察できるのは落雷くらいだ。しかし、そうなるとモモはオレの心に落雷を受けたかを聞いたことになるが……? バルクライの答えにモモは愁然と肩を落とす。残念ながら、正しい答えを返せなかったようだ。
「そっかぁ。今回は失敗しちゃったみたい。でも、次こそ頑張るね」
「……よくわからないが、モモが頑張るのなら応援しよう」
「ありがとう!」
モモの顔に笑顔が戻る。大きな目が綻ぶように和らぐと、愛らしさが引き立つ。バルクライは艶やかな髪をなでた。
その様子を傍から見ていたカイがソファに腕を乗せて肩を震わせる。
「くっ、やばい、すごく可愛い子なのに、やっぱり中身はモモだ。絶対になにか勘違いしてるぜ、あれ。それなのに普通に会話が進んでるっ」
「五歳の愛らしさを残したままこれほど可愛らしく成長するなんてまさに奇跡です! ああ、父親とは子供の成長にこのような気持ちを抱くのですね……この腕にモモを抱きしめたい衝動が……っ」
「それはバルクライの旦那が許しませんって」
「わかっていますよ。ですが、この父心をどうすればいいのです!?」
「オレに聞きますか、それっ!?」
部下と護衛騎士の騒がしさを聞き流し、バルクライは袋の中で膝立ちになっているモモを抱き上げた。十六歳になっても軽く小さな身体だ。頬を色づかせるモモに口づけたくなるが、理性で押しとどめる。自覚した想いは胸を焦がす種火だ。頬に口づけるだけで燃え上がり、衝動に歯止めが利かなくなりそうだった。しかし、このまま離すのは惜しい。バルクライはソファに戻ると、自分の膝の上に横抱きにしてモモを乗せた。
「あの……バル様、今は恥ずかしいから、下りてもいい?」
顔を赤くして目を泳がせるモモが腰をもぞもぞと動かすので、バルクライは窘めるように華奢な腰を押さえた。視線の先にはレリーナが頬を染めてモモを熱心に見つめていた。バルクライの中でゆらりと揺れたものがあった。モモの視線を奪うように目を覗いて、羞恥に潤んだ黒い瞳を捕まえると、ふと、喉の渇きを覚えた。バルクライはモモの右手を優しく掴むと、柔らかな指先に口づける。このくらいはいいだろう。……甘いな。
モモは声も出せずにリンガのように顔を真っ赤にする。その愛らしい姿に、喉の渇きが不思議と和らいだ気がした。




