276、モモ、驚き返しを計画する~お子様には協力者と準備とタイミングが重要だよ~中編その二
バル様は食堂に入ると、桃子をお子様椅子に座らせてくれた。そうしてキルマとカイには正面に座るように視線で促して、自分も桃子の隣の席へと腰を下ろす。給仕役をこなすレリーナさん達がお皿を順番に配ってくれる。桃子の手元にも小さなナイフとフォークが配られた。
「ありがとう」
桃子が小さな声をかけると笑顔が返される。あんまりおしゃべりする場じゃないかもしれないからね、控えめなお礼です。
ジャックさんとレリーナさんがそれぞれに大きいサイズと小さいサイズの瓶をかかえてやってくる。桃子にはレリーナさんが、バル様にはジャックさんがコップに飲み物を注いでくれる。トプトプトプってお酒を注ぐみたいにいい音がしてるねぇ。私も大きくなったら、バル様達と一緒にワインとか、お洒落なお酒を飲んでみたいなぁ。カンパーイって言いながら、グラスを合わせるんだよね? 大人な雰囲気にはちょっぴり憧れがあります!
心の中であれこれと考えながらコップを眺めていた桃子は、首を傾げた。あれ? これってお水じゃない? 食事中の飲み物はいつも水が出されていたため、色のついたそれを見て、桃子は不思議に思ったのだ。そんな桃子を見て、バル様が教えてくれる。
「討伐部隊の帰還を祝して、特別に用意させた。コップの中身はモモがジュースで、オレ達はワインとなっている」
「ですよね! やっぱり帰還した日は一杯飲まないと。きっと、今夜は団員達も浴びるほど飲んでますよ」
「私達のためにありがとうございます。──ですがカイ、飲み過ぎないでくださいよ? あなたを抱えて帰るのはごめんですからね」
「問題ない。泊まっていくといい。そのつもりで部屋も用意させてある」
「さすがバルクライ様」
「もしや、最初からそのおつもりでしたか?」
「ああ。モモもお前達ともっといたいだろうと思ってな。予定があったか?」
「とんでもない。今夜はモモに癒されるためにご訪問させていただいたのですから、入れるはずがありませんよ」
キルマの言葉に桃子はうきうきしながら、三人に誘いかける。
「あのね、後で一緒にトランプで遊んでくれる?」
「構わないが、モモはトランプなど持っていなかっただろう? 自分で買ったのか?」
「ううん。ディーのお見舞いにいったら、お礼にくれたの。それでね、4番隊のお兄さん達やレリーナさん達とも遊んだんだよ」
「モモはすっかりディーと仲良くなったなぁ。あいつが物をやるのは懐に入れた相手だけだからね。それなら、今夜はオレ達と仲良くしようか。トランプで賭け勝負、なんてのはどうだい? 優勝者は他の三人の願いを一つ叶えるんだ。もちろん、叶えられる範囲でだけどね」
「うんっ、やりたい!」
「バルクライ様とキルマはどうです?」
「モモがやりたいのなら、オレは構わない」
「私もいいですよ」
「だが、オレはトランプはやったことがなくてな。モモにルールを教えてもらう必要がある」
「いいよ。後で教えてあげるね。それで、バル様とも勝負するのっ」
ふんすっとやる気を見せる桃子は、この日の為にディーやレリーナさんと遊んで鍛えていたのである。まだベッドに拘束されていたディーとはいい勝負が出来たけど、レリーナさん達には惨敗した苦い思い出もあったりするのだ。ポーカーフェイスは無理でも、表情筋はちょっぴり鍛えられたはず!
「ギャンブラーなモモの腕を見せてもらおう」
「ふふっ、食後の楽しみが出来ましたね」
「そうだな。では、この後の勝負に向けて栄気を養うぞ」
お話ししている間にテーブルの上に料理のお皿が並んでいた。バル様の言葉で食事が始まる。
お皿にはバル様の教えてくれた通りに魚のソテーと、パセリが上に散らされたクリームスープ、みずみずしいミニトマトがスライスされたサラダには、食べ応えのありそうなお肉が一緒に載せられている。
桃子はまずお魚を求める。ちゃんと一口サイズに切られているので、フォークで刺すだけで食べられる。甘辛いソースがほろほろした魚の身と絡むと本当に美味しい。ちっとも臭みがなくて食べやすいので夢中になってお魚ばかりを食べていると、口元にミニトマトが差し出された。
「む?」
「野菜も食べなさい」
隣からバル様がフォークを差し出していたのだ。ちゃんと口の中のものを飲み込むと、ちょっとどきどきしながら素直に口を開いた。このミニトマト酸味が少なくて甘い! けど、バル様にあーんってされると前より照れちゃう。恋を知っちゃったから、心がもだもだするような恥ずかしさがあったり、だけど甘やかしてくれる嬉しさもあったりで、心が忙しいよぅ。ご飯はすんごく美味しいんだけど、雑念ばっかり混じってお料理作ってくれた人には、ちょっと申し訳ない。
「モモはなんでも美味しそうに食べますね」
「オレ達にもバルクライ様が手ずから食べさせたくなるお気持ちがよくわかりますよ」
カイがコップを手に持ちながら笑う。桃子は今度はバル様に差し出されたお肉をもぐもぐ食べながら瞬いた。そんな顔してる? 困ったねぇ。なんでも顔に出ちゃうのも、恥ずかしい。桃子ははにかみながら、周囲を見回して聞いてみる。
「バル様達は好きな食べ物はある?」
「私はリンガですね。果物としても美味しいですし、料理としても使えるなんて万能でしょう? 形も愛らしいですから好きなのです。ちなみに、この魚のソテーにも使われているのでは?」
「はい。隠し味に使用されております」
キルマに聞かれたロンさんが大きく頷いた。これに桃子はびっくりした。だって、美味しいソースだけどリンガの味なんてちっともしていなかったのだ。
「よくわかったねぇ。甘くておいしいなぁって思っただけで、私にはちっともわからなかったよ」
「甘みに深みがあったので、そんな気がしたんですよ」
「キルマは子供の時からリンガが好きだよな。オレは料理ならポトフが好きだよ。ワインもね」
カイはコップを軽く掲げてウインクしてみせる。そんな仕草が様になるのがホスト属性のカイらしいねぇ。そんな中、沈黙していたバル様がようやく口を開いた。
「……オレは特に思いつかないな。美味い、不味いはわかるが、毒でないのなら食べられる。そう訓練されているからな」
「王族としてそういう訓練を受けたってこと?」
「いや、学園だ」
「あれですか! うわぁっ、せっかく忘れてたのに思い出しちまった!」
カイが僅かに青ざめながら盛大に嘆いた。ホストなお顔を情けないものにして、敬語も崩れちゃってる。そんなに厳しい訓練だったの? って視線をキルマに向けると、こちらも苦笑を浮かべていた。




