272、モモ、小さな主と呼ばれる~一緒にいるだけで笑顔になっちゃう時間は幸せって呼ぶのかなぁ?~中編その三
「私にはもったいないほどたくさんのお返しをありがとう、バル様。一つ一つが大き過ぎてびっくりしちゃったけど、悩んで決めてくれたことが一番嬉しかったよ。私もバル様達にプレゼントを選ぶ時はいっぱい悩んだから」
「……そうか」
「だけどね、お金はやっぱり大事なものだから、私に不相応なお高いものは受け取れないよ。欲張りになっちゃって、バル様にあれ買ってこれ買って! って、我儘を言うようになっちゃうかもしれないでしょ?」
「いっそ聞いてみたいものだな」
「バル様!」
桃子が目を三角にして呼ぶと、バル様の目がからかうように緩む。腰に両手を当てて、めっですよ! と身体で表現する。むぅっと厳しい表情をしたつもりだったけれど、バル様はちっとも動揺してくれない。顔が丸いから迫力がないのはわかってるけど、眉をぴくっとも反応させらないことがちょっぴり悔しい。
顔を中心に寄せてみる? でもそれって酸っぱい顔になっちゃうよねぇ? そもそも怖い顔ってどういう感じにすればいいものなの? 怖い顔のイメージをリストアップしてみる。怖いもの……怖いもの……おばけ?
悩み始めた桃子を見て、大きな手で口元を隠したジャックさんが指の隙間からぷすっと笑いを零している。レリーナさんに肘でつつかれてるけど、私、そんな面白い顔になっちゃってる? じゃあ、ちょっと鏡を覗いて……違うよぅ! 危なかった。目的を忘れるところだったよ。桃子は精一杯厳しい表情を作ってバル様を見上げる。
「いいですか? バル様にお願いがあります」
「どうぞ。なんなりと言ってくれ」
「川のお水みたいにじゃばじゃばお金を使うのはよくないです。私は転んだりして汚しちゃうこともよくあるから、お洋服だって古着でもいいと思います。それとお高いものは私からはなるべく遠ざけてください」
「モモに与えたものはすべてお前自身のものだ。たとえ壊そうとも、オレには怒る理由はないが?」
「物は大事にしましょう!」
壊れたのならそれまでのことと言わんばかりのバル様に、桃子はもったいない精神を訴える。持ち主は私だからって考え方なのかもしれないけれど、大事なのはその前だと思うよ!? 渡す前に考えて! お子様に高級な品を渡されても、猫に小判じゃないかにゃ? 思わず語尾が猫化するほど、桃子は必死である。
「では、こう説明すれば納得するか? モモに加護者として相応しい扱いをすることは、後見人として果たすべき義務でもある。加護者を大事にしない後見人は下され、別の者が立つこととなるだろう。だが、オレ以外の者がモモの後見人となることは不快だ。モモは……それでも構わないか?」
表情には出てないけど、ゆっくりと瞬いたバル様の目に悲しみが過った気がして、桃子は即答する。
「ううん! バル様じゃなきゃやだよぅ」
「そうか。ならば、その時々に応じてお互いに落とし所を考えるとしよう。必要に応じて贈ることもあるから約束はできないが、モモの気持ちは覚えておく」
「それじゃあ、最後にお願いがあります。私にお金を使う時はもう一度考えてみてください」
「わかった。考えよう」
「……以上です!」
きりっと終了を宣言したら、ジャックさんが笑い袋になった。
「ふはっ、はははっ、ははははっ、いやぁ面白い! ルーガ騎士団師団長を諭す幼女なんてモモちゃんしかいないだろうなぁ」
「お洋服のことをずっと気にしていらっしゃったんですね。お子様ですもの、いくら汚してもよろしゅうございますよ。私達が綺麗にいたします」
「金銭感覚が正しく培われていることは、大変よいことですな。しかしながらモモ様、王族であられるバルクライ様にとってこの程度のお返しは普通の範囲かと存じます」
「こんなに貰っちゃってるのに!?」
だって、指折り数えてみるとラインナップがすんごいよ? 可愛いけど絶対お高いこと間違いなしの宝石箱に、これで上りも安心なお子様用階段、それにこれまたお子様用に揃えられた家具付きのお部屋でしょ? 最後にはなんと四葉型の素敵な花壇! これが普通なんて、頭に王がつくだけあって王族って豪快だねぇ! 私の頭にもお子様のおがつくけど、私があげられるものって、お裾わけのお菓子くらいしかないもん。
王様は王冠をかぶるけど、私が頭にかぶるのはきっと玩具の王冠だよねぇ。赤いマントをズルズル引きずりながら玩具の王冠をちょこんと頭に乗せた自分の姿がぽんっと浮かんだ。うん? 今、両手に抱えてたバルチョ様もお揃いだった? お揃いがいいの! 五歳児の桃子が手を上げて主張している。うっかりそっちに気を取られていると、ロンさんが和やかに話を続けた。
「ですから、それほどお気になさる必要はございません。特に親しい異性からの贈り物については、素直にお受け取りになられることが素敵な女性の在り方かと存じます」
「素敵な女性……!」
桃子はその魅力的な響きに、ぱぁっと表情を輝かせた。今はこんなお子様でも、元は十六歳の乙女です。やっぱり女の子なら、素敵な女性に憧れるよねぇ。ロンさんの助言を受けて大きく頷いた桃子は、すぐ傍で熊が苦しむような声が上がった。
「ぐおぅっ」
「どうしたの、ジャックさん!?」
「いや、ちょうどいいとこに入って……」
ジャックさんは腹部を手で押さえて冷や汗を流している。入ったって何のこと? あれ? なんかレリーナさんが冷たい目でジャックさんを見てるけど、なにかあったのかな? まずは、ジャックさんの様子を聞こう。




