270、モモ、小さな主と呼ばれる~一緒にいるだけで笑顔になっちゃう時間は幸せって呼ぶのかなぁ?~中編
単純な五歳児は嬉しさを全身で表現するかのように心の中で躍り出す。腰をふりふりしてダンスしてるけど、それはなんの踊り? なぁにー? 五歳児が振り返る。まだ呼んでないよ。もうちょっと大人しくしててね。いいよー。保護者様が帰ってきたので今日はいつもより素直な返事が返ってきた気がした。
バル様が青い外套をロンさんに預けているのを見ていると、レリーナさんがそっと近づいてきた。
「モモ様、その紙袋は私がお預かりいたしましょう。中身はなんですか?」
「ルーガ騎士団でもらったお菓子なの。たくさんあるから、みんなにもあげる! 疲れた時は甘いものがいいっていうし、好きなものを食べてね」
「まぁっ、ありがとうございます! お二人にはティータイムの時にお出しいたしましょう。お菓子の種類にご希望はございますか?」
「マフィンをお願いしていい? 紅茶を飲む時にはジャムも一緒に出してほしいの。紅茶に入れると美味しいんだって」
「ええ。そのようにご用意いたしますね」
レリーナさんに紙袋を預けていると、バル様に手招きされた。
「中に入ろう。モモに見せたいものがある」
「見せたいもの?」
バル様と一緒に使用人のお兄さんが両側から開いてくれた玄関扉の向こうに足を踏み入れる。バル様は迷いなく中に進むと二階に続く階段の前で足を止めた。視線で促された桃子は階段を見て目を見開く。なんと、そこには通常の階段の横に段差の低い階段が新たに備え付けられていたのである。桃子は驚いて背後を振り仰ぐ。
「これって、子供用の階段!?」
「ああ。モモ専用のものを作らせた。これなら危険も少ないだろう? いつでも好きな時に使うといい。だが、転ばないようにゆっくりと上りなさい。それから、オレの隣室にモモの部屋を新しく用意した。見てみるか?」
「お部屋まで……うん!」
桃子はバル様と並んで階段を上っていく。普通の階段の横にお子様用の階段が繋がっているので、横並びで登れる。すごいっ、段差がちっともつらくない! 私でもさくさく上れるよ!
桃子が感動して隣を見上げると、バル様がふっ、と僅かに口元を緩める。小さな笑みも見惚れるほど格好良くてどきどきしてきちゃうよ! そう思って、咄嗟にぱっと顔を正面に戻す。困ったなぁ、まだ上手に気持ちを伝えられそうにないのに、バル様のことを好きなことが言わなくてもバレちゃいそうだよ。それになんだか恥ずかしくて、ちゃんとお顔を見れない!
そんな心の叫びを精一杯のお澄まし顔で隠した桃子は、隣から注がれる視線に気づかないまま、階段を登りきった。ひとまず頂上に到達したね! 抱っこで移動してばかりいたから、小さなことだけど達成感を感じた。ちょっぴり拳を振り上げたくなった。そんな場合じゃないんだけど、保護者様との再会にすっかり浮かれている五歳児にぐいぐい引っ張られている。頑張れぇっ、十六歳の私!
意識の綱引きをしながら桃子はバル様と一緒に二階の廊下を進む。そうして、新しい自室となる部屋の前で立ち止まる。バル様に目で確認をしたら、視線で開けてもいいって返事をもらえた。わくわくしながら背延びをしてドアノブに手をかけて──ガチャリ。音を立ててドアが薄く開けば、バル様が一緒に押してくれる。
「わぁぁ……っ」
桃子はうっとりとため息交じりの声を漏らす。部屋の中には緑や桃色といった柔らかな色合いの化粧台や棚、テーブルや椅子は足の短いもので整えられていたのだ。お子様用の特注品だろうか、天蓋つきのベッドは上が丸く、天井部分には蝶が描かれているのがちらりと覗いている。またシーツの上にはリンガのクッションと一緒にバルチョ様が座っていた。桃子はバルチョ様に駆け寄って腕に抱きしめると、この嬉しさをどう表現したらいいのかわからないまま、バル様を振り返る。
「気に入ったか? 調度品選びはオレよりも同性であるレリーナの方が適任だと判断して任せていたんだが、正解だったようだな。それと壁にドアをもう一つ設置してある。あれはオレの部屋とモモの部屋をつなぐものだ。モモ側から鍵をかけられるようになっているから普段は施錠しておいてくれ。自室にいてなにかあった時は、あの扉を使ってオレの元に来ればいい」
屋敷の中から攫われたことのある桃子である。きっといざという時にバル様に助けを求められるようにそうしてくれたのだろう。五歳児の姿でも女の子として扱ってくれるバル様に、桃子は嬉しさと気恥ずかしさに顔が熱くなった。
だけど、お礼が桁違いだ。桃子の贈り物との差が激し過ぎる。野花をあげて宝石を貰ったくらいに差があるよねぇ? とんでもないお返しの品だ。嬉しいけれど、ちょっぴり戦いてしまう。だって五歳児にかける金額じゃないと思うの。
「こんなにいいお部屋をありがとう、バル様。だけど、お返しなら可愛い宝石箱のオルゴールを貰ってるから、これだと私の貰い過ぎだと思うの」
「そうだろうか? どのようなものがいいか考えていたら、数が増えてしまったんだ。しかし、どれもモモのことを考えて選んだものだ。数や金額は気にしないでほしい」




