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268、モモ、袋を求める~親しくなると新たな一面が見えるもの~後編

「お前にそんなことを言われるとはな」


「ただの事実だし。あれだけ2番隊の団員から慕われてたんだから、それだけの人徳があんたにあったってことだろ。そんなことは先輩達に突っかかられていたオレが一番知ってる」


「そうだ、慕われていた(・・)、だ。ようやく2番隊も統率が取れてきそうだな。これでオレも安心して副隊長の職務を全う出来るぜ。まったく、いつまでも前隊長に心配させるんじゃねぇよ」


「未熟な隊長で悪かったな。──ほら、これ使えよ」


 机から紙袋を取り出したトーマはそれを桃子に突き出す。これで二人ともようやく両手が自由になれる。


「ありがとう!」


「このくらいで礼を言うとかおおげさ」


 悪態みたいな答えを返されても桃子は嬉しかった。素直じゃないけど、こうして助けてくれるんだもん。やっぱりトーマも優しいねぇ。にこにこしながら開いてくれた紙袋にお菓子を入れようとして、そこに先客がいることに気づく。小さな瓶が1個入っていた。取り出してみると、蓋にイチカのジャムと書かれていた。イチカってことはいちごだね! また一つ元の世界と同じものを見つけて桃子は楽しくなる。


「トーマ、出し忘れがあるよ?」


「ふーん。もらっとけば?」


 そっぽを向くトーマを見上げると、頬が僅かに赤くなっている気がした。これはもしかして……? 桃子は心にじんわりと滲むように広がっていく嬉しさを感じた。カイがからかうように口端を上げて色気を含んだ目をする。


「まさか、お前が女の子に贈り物をするようになるなんてねぇ」


「こんなチビを異性扱いするとか、ないから。あんたはなんでも色恋に結び付け過ぎ。ほんとうぜぇ」


「お前は口が悪過ぎ!」


「えっとえっと、トーマのプレゼントとっても嬉しいよ。食べるのが楽しみ!」


 心底嫌そうに吐き捨てられて、カイがお菓子を握りつぶしそうになってたので慌てて間に入ると、桃子はお菓子を袋に入れて、カイにも袋の口を向けた。ザラザラと流し込まれたお菓子で袋が膨んでいく。桃子の中で五歳児が袋に聞く。お腹いっぱいになりましたかー? もう入りません、どすこい。お相撲さんのような声が答えた気がした。袋に顔を書きたくなってくる。これは五歳児の欲望だ。ダメだよっ、我慢我慢! 最後なんだから、お行儀よくしなきゃね。 


「そのジャムは紅茶に入れても美味いらしい。店員が言ってた」


「そういう使い方もあるんだねぇ。うんっ、今度飲む時に入れてみるよ」


「わざわざ聞いたのか? お前も成長したなぁ」


 カイがトーマの首に腕を回してその髪を手でかき交ぜる。まるで男子高校生みたいなノリだ。


「止めろよっ、あんたはオレの親父か! ──終わった書類をくばってくる。ファルスさん、さっきの書類は後で見るから机の上に置いといてよ」


 そこから脱出したトーマは、自分の執務机から書類を掴むと、逃げるように執務室を出て行ってしまう。髪の毛がぼさぼさのまま行っちゃったけど、大丈夫かなぁ?


「オレ達が留守の間にトーマも一皮剥けた感じですね」


「モモちゃんがきっかけを作ってくれた。ファングルが憑依された時に現場にいた団員がな、他の団員にトーマの本音を伝えたんだよ。それで、あいつに強く当たってた奴等が揃って頭を下げに来た」


 ファルスさんが腰を曲げて桃子に視線を合わせてくれる。鋭い眼光が緩み、穏やかな眼差しが向けられた。


「オレ達の隊長を助けてくれて、ありがとな」


「私がなにか特別なことをしたわけじゃないと思うけど、団員さん達のわだかまりが消えたならよかったね! ついでに聞いてもいいかなぁ? ファルスさんはどうして隊長をトーマに譲ったの?」


 桃子は向けられた微笑みに照れながら、前から気になっていたことを聞いてみた。隠すことではなかったようで、ファルスさんはその疑問に答えてくれる。


「ルーガ騎士団では、団長が交代するとその代の隊長も一緒に退団することが多いんだよ。だが、バルクライ様が団長に就任した時は急なことで、世代交代の準備が出来ていなかった。それで、隊長として着任時期が短かったオレや年長者のルダさんが次代を育てるために残ることにしたんだ。オレ達とは別に、バルクライ様の力になりたくて残った奴等もいたけどな」


「大変でしたよね。今となってはあの騒ぎが懐かしいですけど、当時はそんなことを考える余裕もなかった」


「あの、聞いてもいい? それってなにが原因だったの?」


「数年前に、馬鹿なことを考えた奴とそれに協力した大馬鹿達がいたんだ。幸い被害が出る前にことを防ぐことは出来た。だけど、その責任を負う形で団長が退団することになったんだよ。あまりいい記憶じゃないから、今では誰も口にしたがらないけどね」


「そうだったんだ。嫌なことを聞いてごめんね。──それじゃあ、ファルスさんはトーマを2番隊長として育てようと思ったから、副隊長になったってことだよね?」


「そうだよ。トーマはまだ青さはあるが、頭も切れるし、人の上に立ち引っ張る素質がある。オレの後を任せられるのはあいつだけだ。後三年もすれば本人が気にしてる貫録もつくだろう」


「いい隊になりそうだね!」


「ああ。それを、オレも楽しみにしているんだ」


 甘いお菓子についた砂糖のように、ファルスさんの声には、2番隊に対するきらきらした期待がまぶされているようだった。 





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