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266、モモ、お礼を言われる~褒められると嬉しくて育ちたくなるタイプです~

 「書類に目を通すので少し待っていてほしい」とバル様に言われた桃子は、その間に最後のお手伝いをしながらお世話になったルーガ騎士団の皆に挨拶へと回ることにした。


 護衛役にカイをつけてもらって、手を貸してほしいというディーと一緒にまずは4番隊の執務室に向かう。一階に降りると廊下を何回か曲がった先に執務室がずらっと並んでいる場所があり、それぞれの扉には金のプレートで部隊の名前が彫られている。ディーが4番隊とプレートがつけられたドアを開く。


「喜べ! 隊長様がお助け団員を連れて来たぜぇ」


「こんにちはー」


「おっ、チビちゃん今日も来てくれたんだな!」


「カイさんも一緒じゃないっすか! 任務お疲れ様っした!」


「もしかして、今回はカイさんも手伝ってくれるんすか!?」


「おいおい、どれだけ切羽詰ってるんだ? オレはこの子の護衛に付いてきただけだよ。可愛い女の子ならともかく、野郎の手伝いをする気はないぜ」


「そう言わずに、頼んますよー」


 ディーの小脇に抱えられたまま挨拶をしたら、団員のお兄さん達が笑顔で歓迎してくれた。すっかり顔なじみとなった三人の他に数人の人が書類整理や仕分けをしているようだ。どの人も男の人である。正面の机には十…じゃ足りないかなぁ? 二十~三十枚ほど重ねられた書類の小山が出来ていた。右側の執務机でペンを握っていた男の人がゆらりと立ち上がる。紫がかった髪をしてるけど、目元が影になって見えない。この人が真面目だって言われてた副隊長さんかな? 桃子は顔を輝かせる。


「えっと、始めまして。ディーにはとってもお世話に──……」


「こんの……バ隊長がっ、なんって無礼な運び方をしてるんだぁっ!!」


「おおぅっ!?」


 釣り上がった濃紺の目を怒気に大きく見開いたその人は執務机を飛び越えて桃子を両手で取り上げた。驚いている間にとても丁寧に床へと下される。書類が宙を飛んで、団員さん達が愕然としちゃってるけど……?一瞬の早業に目と口を丸くしていると、副隊長さん? が表情を改めて深く頭を下げてくる。


「うちの馬鹿な隊長こと、バ隊長が大変失礼いたしました! 加護者様、僕は4番隊副隊長のリキット・アークと申します。僕達4番隊が任務中には、書類仕事でもお世話になったと聞いております。ほんっとうにうちの馬鹿共がご迷惑をおかけしまして……っ!」


「私は加護者のモモです。気軽にモモって呼んでください! こちらこそ、ディー、えっと、ディーカル隊長にはたくさん助けてもらいました。だから、お気になさらず?」


 すんごく礼儀正しくお礼を言われた桃子は、思わずつられて丁寧な言葉になる。だけど、慣れていない言葉遣いだから最後の語尾が上がっちゃった。慌てて、気持ちは込めて頭を下げる。


「こんな馬鹿共で役に立つなら消し炭になるまで使ってやってください!」


「消し炭……ディー、お前の副隊長すごいこと言ってるぞ?」


「相変わらずくそ生意気だな!」


「酷いですよ、副隊長」


「オレ達のこと馬鹿馬鹿言い過ぎっす。まぁ、実際頭は良くないんすけどね!」


「確かに! 4番隊で書類仕事が得意なのって副隊長だけだからなぁ」


 笑っている団員さん達を余所に、ディーだけは腕を組んで目を眇めると、口端をにやりと歪める。桃子にはわかった。これは今からからかいますよ! という合図である。


「はっ、オレがバ隊長なら、お前なんか童顔副隊長じゃねぇかよ。この猫かぶり野郎!」


「ああ゛ん!? 誰が童顔だって!?」


「いや、否定するのはそっちだけでいいのか?」


「尊敬する人達にいい印象を持たれたいから、ある程度は装います。それは人として当然のことでしょう! ──だが、僕の留守中に加護者様に書類仕事を手伝わせるなんて、不敬にもほどがあるだろ! 四番隊長がそれでいいとでも!? 僕が恥ずかしいわ! このバ隊長がっ、いい加減に絞めるぞゴラァッ!」


「ごりゃあ!」


「開き直った!? ──って、これは真似しちゃダメなやつだから、モモ!」


 カイの突っ込みが光る。すんごい巻舌だったから、真似したくなっちゃったの! でも、私じゃ上手く巻けなかったねぇ。ううむ? 練習したら巻けるようになる? 早口言葉をいっぱいしたら上手くなるかなぁ? リキットさんの猫みたいなつり目が凶悪に細まっている。目付きが悪くなると、やんちゃな不良さんみたい。


「うははっ、童顔とチビスケに凄まれてもまったく怖くねぇなぁ。とまぁ、冗談はさておき、お前なぁ、チビスケの優秀さを知らないからそんなことを言うんだぜ?」


「はぁ? こんな幼いモモ様に自分の仕事を押し付ける外道がなに言ってる?」


「いいから黙って見とけ。──チビスケ、こいつを計算してくれ。1145896に13400足して54341を引くといくつになる?」


「そんなのすぐに計算できるはずが……」


「うーんとね、1104955だよ」


「えっ!?」


 リキットさんが唖然とした顔を桃子に向ける。童顔さんなだけあって、無防備な表情になると元の桃子とあんまり年が変わらないように見える。本当は何歳くらいなんだろう?


「わかったかぁ? このチビスケはとんでもなく計算に強いんだ。手伝ってもらわない手はねぇだろ。それに手を貸してもらってたのはなにも4番隊だけの話じゃないぜ。──なぁ、モモ?」


「うん! 私はキルマ副隊長に雇ってもらっていたから、他の隊のお手伝いもお仕事の内だったの」


「そう、だったんですか……」


 納得してくれたみたい。ちょっぴり気不味そうな表情でリキットさんは頭を下げる。


「事情も知らずに決めつけてすみませんでした。──お前達も悪かったですね」


「わかりゃあいいさ、わかりゃあな」


「威張れたことか、ディー? お前の普段の行いの悪さがこうして副隊長の不審を買ってるってことだぜ? それにどうせ、お前のとこが一番書類仕事を手伝ってもらってたんだろ?」


「ぎくっ!」


「ぎぐぅっ!」


「ぎっぐぅぅっ!」


「お兄さん達は正直者だね!」


 大げさなリアクションが面白くて桃子は笑う。カイが呆れたように腰に手を当てて、泣きそうな顔で床に散らばる書類を拾っている団員さん達に視線を流す。


「やっぱりそうか。モモは今日で終わりだけど、これから大丈夫か4番隊?」


「なにとぞ、なにとぞ、また手伝いに来てください!」


「お菓子もお出ししますんで!」


「ジュースもお供えしますから、次回もよろしくお願いします!」


「どうする、モモ? 神様扱いされちゃってるぞ?」


「嬉しいけど、そんなにたいしたことはできてないよ。力仕事は全然役に立てなかったもん」


「そんなことを気にしてたのかい?」


「一生懸命手伝ってくれて、オレ達はすっごく助かってたよ」


「4番隊にとっちゃ神様みたいなもんだよな! ちびちゃんは計算の神だ!」


 そんなに褒められちゃうと口元がむずむずしちゃう! 桃子は両手で口を隠してはにかんだ。大変なこともあったけど、こんな風に言ってもらえるなんて幸せだねぇ。五歳児だから力仕事の面ではあんまり役には立てなかったけど、その分は計算で挽回できていたってことかな。この先もお手伝いの機会があったらぜひやりたい!


「またルーガ騎士団に来た時は、絶対に4番隊にもお手伝いに来るね!」


「おお。ありがとよ、チビスケ」


「なぁにを平和に終わらせようとしてるんですっ?」


「……終わったことはいいじゃねぇか! なっ?」


「やっぱり、バ隊長じゃないか! どこの隊よりも加護者様に手伝ってもらってたってどういうことだ!? あんたがいながらなにやってる!! 僕の謝罪を返せよ!」


「副隊長、落ち着いて! 返せる謝罪なんて存在しないから!」


「ほら、モモちゃんとカイさんが見てますよ!」


「書類を避難させるんだ! 誰か副隊長を押さえてくれ!」


「だぁっ、暴れないでくださいって!」


 ディーが誤魔化すように笑うけど、リキットさんが一瞬で修羅顔になって詰め寄っていく。両手を前に出して降参するように小さく上げてる隊長と、獲物をしとめるようにじりじりと距離を詰める副隊長は、すっかり立場が逆転している。きっとこれがいつもの4番隊なのだろう。桃子はその賑やかさに声を出して笑ったのだった。





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