265、バルクライ、答えを見つける 後編
「それじゃあ、ルーガ騎士団で起こったことをお話しするね? ええっと、最初に確認したいんだけど、ファングル・……ギリ? ギロ? えっとなんて名前だっけ?」
「カーギリな」
名前で躓いたモモを、ディーカルがフォローする。
「そう! ファングル・カーギリって人を知ってる?」
「……受付担当の者か」
バルクライは頭の中で団員の顔を探すと、思い浮かんだ人物に焦点を当てた。バルクライの答えに澄んだ黒い目が不思議そうに瞬く。
「もしかして、バル様は団員さんの名前を全部覚えてるの?」
「ああ」
時には司令官として団員の命を預かる立場だ。だからこそ部下となる団員の名は覚えるようにしていた。『向けられた信頼に相応しき団長たれ』これはバルクライが団長になった時に前団長から受けた言葉だ。当たり前のこととして行ってきたが、モモから向けられる純粋な称賛の視線が心の表面を撫でていく。
「すんごい記憶力だね!? それじゃあ、ファングルがトーマとお友達だってことも?」
「いや。同期であることは知っていたが」
「じゃあそこからだね。今言った通りに、ファングルとトーマはお友達なんだけど、少し前に喧嘩しちゃってたの。それで、落ち込んでいたファングルは心の隙を狙われて、フィーニスに憑依されたんだよ」
「そいつがルーガ騎士団で暴れてるのを、たまたま通りかかったオレが気づいたわけだ。それでファングルの意識を戻す方法を知ってるっつうチビスケを連れて騒動に飛び込んだ」
「ファングルの暴走を止めるには、お友達であるトーマの言葉が一番効くと思ったの。実際にトーマの呼びかけでファングルは動揺して意識を取り戻しかけた。そこに賭けの女神様が降臨して力づくでフィーニスを引き剥がしてくれたんだよ。それから神様同士の戦いになったの」
「最終的に、軍神とフィーニスの兄神だっつう再生神まで降臨してきてよ。で、軍神が再生神に譲る形で兄弟の一騎打ちとなったわけだが、仕留めるまではいかずに逃げられた」
「美の女神様も来てくれて、きらきらしい神様がいっぱいで眼福だったの。それとね、再生神様が騒動で壊れたものを直してくれたんだよ。だから鍛錬場は元通りになってるよ」
「そこは助かりました。あのままでは修繕費がとんでもないことになっていたでしょうから」
キルマージがしみじみと頷いている。それほどに神々の戦いが激しいものであったのだろう。フィーニスは元は神だった男である。モモや団員達の知恵と力、そして神の助力を得て力を削いだとはいえ、人外の力は強力なものだ。武力の強化は必須だが、よりいっそう団員との結束も重要となろう。友人という繋がりで、トーマがファングルを引き戻したように。
「でもね、いいこともあったの。賭けの女神様とディーが仲直りしたんだよ! それで、賭けの女神様が私とディーに貴重なお酒をくれたの」
「チビスケの分は軍神がアルコールを抜いちまったからまんまジュースだけどな。神の酒だからただ美味いだけじゃなく、傷を治す効能もあるんだと。実際、オレの怪我も完治しちまったし、効果は保証つきだぜ」
「早めに飲んでしまうといい。希少なものだと知れ渡れば、それを欲しがる連中も現れるだろう」
「貴族のことか? 強欲な連中が考えそうなことだぜ。加護者であるチビスケには手を出せねぇだろうが、オレが相手なら権力をちらつかせて奪っていこうとするかもな。だがよ、オレの酒を奪おうってんなら、歯の一、二本はもらっとかねぇと」
ボキボキと指を鳴らしながらディーカルがにやりと口端を歪める。奪われそうになれば、相手が貴族だろうと容赦はしないだろう。そしてその後処理は団長であるバルクライに回されるのだ。無駄な騒ぎを起こされる前にそんなものは失くしてしまうに限る。
ふと、モモの口元が引き締められたことに気づく。零れそうになった笑みを我慢しているようだ。その酒になにかあるのだろうか? 雄弁な目が楽しげに緩んでいるので、後ろめたい隠しごとではなさそうだ。バルクライは追及しようか迷ったが見逃すことにする。恋仲の相手でもないのに束縛が過ぎるのは厭われかねないだろう。そこには重要なことならば伝えてくれるはずだという、モモに対する信頼もあった。
「しかし、フィーニスが団員に憑依するとは……それに神々の降臨か。話を聞く限り、軍神はわざとフィーニスを見逃した節が見えるな」
「やっぱ団長もそう思うか?」
「ああ。本気でその場で討つつもりがあるのなら、再生神には譲らなかったはずだ。堕ちたとはいえ元は弟神だ。軍神は再生神が躊躇うことを見越していたのだろう」
「なぜそのように回りくどいことをなさったのでしょう?」
「……諦めさせたかった。いや、再生神のために区切りをつけさせてやりたかったんじゃないか?」
カイがぽつりと言葉を落とす。その言葉に執務室に沈黙が落ちて、全員の目が発言者に向けられた。
「どういう意味ですか、カイ?」
「確信があるわけじゃないぜ。ただ、こう考えれば理屈は通るかなと思ったんだよ。再生神は自分が消滅する寸前まで弟の説得を続けたわけだろ? それは再生神自身が弟を切り捨てることが出来なかったからだ」
「だからあえて弟と戦わせたってことか……軍神も酷なことをしやがるな」
ディーカルが苦い顔をする。仲間を大事にする男には不快な話だったのだろう。その隣で忙しそうに首を動かして周囲の話を聞いていたモモは、バルクライ達と一緒になって難しそうな表情で首を傾げている。真面目に考えているのだろうが、どこか微笑ましさが抜けない。そんな彼女に気づいた面々もつい表情を緩ませている。
どこにいてもその言葉や表情で周囲の肩の力を抜いてしまう存在。殺伐とした場所であろうと、モモがいればきっと誰かが笑う。そんな彼女だからこそ、バルクライにとって特別なのだ。
バルクライは仲間の顔を見回しながら団長として言葉を発した。
「神の思惑がどうであれ、オレ達がやるべきことに変わりはない。守るべき者を守り、戦うべき敵を討つだけだ」




