260、モモ、飛び出す~嬉しい時の涙は我慢しなくてもいいよねぇ~中編
「団長、オレにも抱っこさせてくださいよ」
その声に桃子はバル様の首から両手を離して首を巡らせる。その先には、ちょっぴり疲労が滲んだ笑みを浮かべるカイに、挨拶するように右手を上げるギャルタスさん、神官の服を土埃で汚して苦笑してるルイスさんに、以前よりも精悍な顔つきになったタオがいた。
タオだけは頬をほんのりと染めている。バル様にちゅうされたのを皆に見られちゃった! 桃子もぽんっと顔を赤くして、恥ずかしさにバル様の硬い胸元に顔を隠す。ううぅぅ、顔の熱が落ち着くまでお待ちください!
「モモー? オレ達にはお帰りって言ってくれないのかなぁ?」
カイにとぼけた声で呼びかけられて、桃子はバル様の胸元に隠していた目を横にずらしてちらっと覗く。カイがそれはそれは悲しそうな表情を浮かべている。そうだよねぇ、せっかく帰って来てくれたんだから、ちゃんと言わなきゃ!
桃子の様子に気付いたのか、合図をしなくてもバル様がそっと下ろしてくれた。恥ずかしさにスカートの裾を両手で握ってめいいっぱい息を吸うと、大きな声で叫ぶように伝える。
「みんな、お帰りなさーいっ!!」
桃子の大きな声に門へ移動を始めていた討伐部隊の団員さんや請負人や神官さん達も振り返る。そして「戻りましたよー!」「チビちゃん、元気そうだなぁ?」「加護をもらったおかげで全員無事だぞ」なんて声が届く。
その声が嬉しくて、桃子は笑顔でカイ達を見上げて両手を差し出す。抱っこを求めた姿に、驚いた顔をしていたカイも笑いながら抱き上げてくれる。ホストなお兄さんの久しぶりの抱っこ! バル様と同じくらいに安定感には定評があります。どうですか? 五歳児の桃子さん? 合格なのー。心の中からはしゃいだ返事が返ってきた気がした。久しぶりに見るカイはやっぱり格好いいお兄さんだ。夜の気配が漂う笑顔が綻ぶ。
「ただいま。髪飾りつけてくれてるんだね。よく似合うよ。いつも可愛いけどもっと可愛いお姫様になってる。やっとモモの顔が見れて嬉しいよ」
「久しぶりに会うなぁ、ただいま。おいちゃんも頑張って来たんだぜ?」
「いろいろと大変でしたがいい経験をさせてもらいました。モモちゃん、ただいま」
「出迎えてもらえるとは嬉しいねぇ、ただいま。オレも疲れが吹っ飛んじまったぜ」
皆からただいまと返してもらえて、桃子はすっかり嬉しくなってしまった。単純なお子様ですみません。五歳児のお子様精神でころっと恥ずかしさを忘れて、へにゃりと顔が緩む。桃子は、ギャルタスさんに頭を撫でられて気持ちよさに目を細めた。このテクニシャンさんめ! 猫を相手に鍛えたの?
「……おい、団長さんが無言でギャルタスを見てるぞ」
「表情は変わりませんが、なんとなく不満そうなのが伝わりますよね」
こそこそと話をしているルイスさんとタオは、神官同士なこともあり仲が良いようだ。普通に神官服を着こなすタオと違うのは、1ケ月の害獣討伐でルイスさんの無精ひげが顎だけから口周りにまで増えてるので、神官服を着てもワイルドな神官さんに見えることだろうか。
突然、ひょいっと身体が浮いた。おおぅと驚く間もなく、キルマの腕からバル様の腕の中にパスされていた。1周して落ち着く腕の中に戻ってきた。どうですか、皆さん! コンパクトサイズの五歳児は手軽な移動が可能なのです! と誰に向けるでもなく、テレビのショッピング番組の真似をしてみる。前にそのお手軽さが理由で簡単に攫われちゃったこともあったけどねぇ。
「キルマか。オレの代わりに本部の責任者としてよく務めてくれた。不在の間にルーガ騎士団で変わったことはなかったか?」
「バルクライ団長、カイ、御帰還を心より嬉しく思います。よく帰ってきてくださいました。団長にはご報告すべきことが山のようにあるのですが、現時点では問題はありませんので、詳しいお話は後ほど本部でいたしましょう」
「ああ」
バル様とキルマがなにやら真面目なお話しを桃子の頭の上で始めたので、桃子はバル様の腕をちょんちょんとつつく。もしもし、腕に私を抱えたままじゃ邪魔だよねぇ? 下に降りてるよ? そう思ってしたことだったんだけど、バル様になぜか短い指を摘まれて終わる。あの、違うの。悪戯したんじゃないんだよ? と会話を遮らないように目で訴えていると、頭を撫でられた。絶妙な撫で方だよぅ。ここにもテクニシャンがいた。桃子は思わず黙って目をとろんとさせる。はぁ、幸せなの。
「キルマ副団長も大変だったんじゃないですか? 補佐官のオレも討伐中で手を貸せなかったですし、こちらからも仕事を送りましたからね」
「本当に悪かったな、副団長さん。オレ達神殿の問題だったってのに……」
「構いませんよ。どちらにしても罪を犯した者を捕らえるのは私達の仕事です。書類仕事はモモが活躍してくれましたから、今回は楽な方でした」
キルマの言葉に桃子は閉じかけていた目をパチリと開く。
「ほんと? 少しはキルマの役に立てた?」
「少しではありません。とても助かりましたよ。特に4番隊については大助かりでした」
桃子はキルマに褒められて心に温かなものが広がる。五歳児のお子様だけど、そんな私でも役に立てたって、そう言ってもらえたことがすんごく嬉しい! バル様を見上げてにぱーっと笑うと、柔らかく細められた目に「よかったな」って言われた。言葉にしなくても、今のははっきり伝わったよ!




