256、モモ、指触りを楽しむ~大人が嗜むお酒は格好いいけど、お子様のお口にはジュースが合うよね~後編
結局、賭けの女神様はディーをもう1回加護者に誘って、きっぱり断わられたようだった。私に説明してくれたようにしっかりと理由を話してたから、今度は賭けの女神様も怒らずにまた誘うって笑ってた。ディーの意志は固いようだけど、未来のことは神にもわからないことだからって。
神様達が去ってからは、キルマになんでこうなったかをトーマやファングル、それからディーと一緒に説明することになった。ディーはキルマに「怪我を悪化させたいんですか!」って怒られてたけど、全然懲りた様子もなく軽く謝って飄々としてたっけ。逞しいよねぇ。その後はルーガ騎士団でお仕事をしたんだけど、団員さん達はしばらくざわざわしてて落ち着かない様子だったなぁ。
お昼休みの時間には食堂でダナンさんとばったり会えたから、バルチョ様を気にしてた時のことを聞いた。そうしたら、やっぱりなにかのセージを感じていたんだって。でもあまりに小さなセージだったから、桃子が魔法を使った時にくっついた名残だと思ったそうだ。ダナンさんは魔法を使える人だから、セージを感じ取ることについては常人よりも長けてるのだと、キルマが教えてくれた。
桃子は瓶の表面をつつきながら1日を振り返った。ファングルの騒ぎから始まって、神様の降臨や戦い、バルチョ様の中にいた存在の正体とか、すんごく大変な日だったよねぇ。その様子を壁際で見守っていたレリーナさんが声をかけてくれる。
「お飲みになられないのですか?」
「綺麗だから飲むのがもったいなくなっちゃって」
「ユノス様の聴取も終わりましたから、首元の痣を証拠扱いする必要もございませんし、消えるのでしたら喜ばしいことでございましょう。せっかく賭けの女神様のご厚意で頂いたのですから一口だけでも飲んでみたらいかがですか?」
「……うん! そうだね」
穏やかに微笑むレリーナさんに桃子は素直に頷いて、おしゃれ瓶を手元に近づけた。その弾みでちょっとだけぐらついたガラス瓶がさっと支えられる。ジャックさんにはレリーナさんと交代して休憩してもらっているから今は席を外してるんだけど、専属護衛が1人でもこうした小さなフォロー力が変わらないのがすごい。桃子は目でお礼を伝えると、レリーナさんに支えてもらいながら、意を決してガラス瓶の蓋を引っ張った。
きゅぽんっといい音がして蓋が簡単に外れる。途端に果物のような自然な甘さと、爽やかさのある香りが広がった。桃子はいい匂いにわくわくしながら、用意していたコップに黄金色に輝く液体を少しだけ傾ける。
「ちょっぴりでいいって言ってたもんね?」
「はい。それでよろしいかと」
レリーナさんの同意に安心した桃子は一口分だけコップに黄金ジュースを入れると、さっそく口に含んだ。口当たりはマンゴージュースのような濃厚なとろみがあり、ハチミツとも砂糖とも違う甘さは初めて味わうものだった。コクンッと喉が鳴る。
「ふあぁ、美味しい……」
桃子はうっとりため息をついて、空になったコップの底を思わず覗きこんだ。正直に言います! 欲望のままにごくごく飲みたい! お風呂上がりの牛乳のように腰に手を当てて一気飲みしたくなる。こんなに美味しい飲み物があるなんて神様の世界はすごいなぁ。ディーが飲み過ぎてないといいけど。お酒が大好きみたいだから、チャンスとばかりに飲んでそうな気がするの。名残惜しく思いながらもコップをテーブルに戻していると、お腹がぽかぽかしてきた。
「どう? 首の痣は消えた?」
「ええ! もう見当たりません。すっかり元通りですよ。神の飲み物は素晴らしいものですね」
「よかったぁ。バルチョ様も元に戻ったし、今夜は安心して眠れるよ。レリーナさんも飲んでみない? すんごく美味しいよ?」
「とんでもないです。私には勿体ない……え? モ、モモ様、お身体が!?」
「……うん?」
レリーナさんが急にうろたえる。桃子は自分の身体を見下ろしてその違和感に気付く。視界が高くなっているような? そう気付くと、今度は服が急にきつくなる。桃子は慌てて椅子を飛び降りた。お子様椅子が勢いよく後ろに倒れて音を立てる。護衛騎士が異変に気づいて扉の外から声をかけてくれるから、桃子は「大丈夫だよ! 椅子が倒れちゃっただけ!」 って、答えておく。
だけどその間に自分の手が目に見えて大きく変化していく。木が育つようにぐんぐん大きくなって、同時に、ビリィッと音を立ててお洋服も破れてしまう。桃子はプチパニックを起こしながらも慌てて化粧台に走る。そして覗き込んだ鏡に映った姿に、顔を輝かせてバンザイした。服は肩とか脇が破れてぱっちんぱちんだし、スカートは短すぎてボタンがふっとんでいるけれど、そんなものは些細なことだ。鏡を覗いて目を指で擦る。
「夢じゃないよね? ……うん、夢じゃない! レリーナさん、私の身体十六歳に戻っ──うえぇぇ?」
戻ったよーっ! と喜びを爆発させようとした瞬間、視界がしゅるしゅると低くなっていく。鏡が遠くなってしまう。再び見下ろした自分の手はちまっとしたお子様のもの。桃子は一瞬で五歳児に戻ってしまったのだ。三分くらいしか戻ってないよ!? 即席ラーメンなの!?
「せめてっ、せめて喜ぶ時間くらいはほしかったよぅ」
「モモ様、どうぞお気を落とされず。……タイミングから見て、そのジュースが間違いなく原因でございましょう。量によって戻る時間が違うのかもしれません」
「そうだよね。一口で3分くらいなら、コップ1杯で2、3日は戻っていられるかもしれない」
桃子はテーブルの上に鎮座するガラス瓶をじっと見つめる。黄金のジュースを全部飲めば、1週間は確実に元の姿で過ごせるだろう。ごくっと、今度は違う意味で喉が鳴る。
桃子の中で天使の桃子と悪魔の桃子が囁いた。天使な桃子が止める。一気飲みなんてダメ! 軍神様も言ってたでしょ? 何回かに分けて飲みなさいって。悪魔な桃子が誘いかける。お馬鹿さんめ! せっかくのチャンスを棒に振る気か? 一気に飲めばもっと長く戻っていられるかもしれないんだぞ。天使の桃子が反論する。神様から頂いたジュースなんだから大事に飲まなきゃバチが当たるよ! むむむっと睨み合った天使と悪魔が手にふわふわグローブをつけてぽこぽこと叩き合う。
私もやるのーっ! ここでノーマル五歳児の参戦である。天使に味方した五歳児は、悪魔な桃子をくすぐって笑わせて降参させた。桃子は悪魔の誘惑を振り払ったのである。……うん、やっぱり欲に負けちゃダメだよねぇ。桃子は心の中で反省すると、ビリビリな服を見下ろして困り顔になる。
「レリーナさん、このお洋服って縫えばまだ着れると思う?」




