254、モモ、信じたい~壮観な光景は記憶と目に焼きつくもの~後編
「あ~ん、会いたかったわ、ガデス! あたくしの思った通り。いくら出不精のあなたでも自分の加護者の声は無視できないものねぇ」
「……アデーナか。我から離れよ」
「つれないわねぇ。いいじゃないの、久しぶりに会ったんですもの。たまにはあたくしの領域にも来て頂戴。うふふ、あなたが来てくれるのならあたくしの全身全霊をもってお持て成しさせてもらうわよ?」
「いらぬ」
その甘い声にぴんとくる。桃子に軍神様を呼びなさいと言ったのは、美の女神様だったのだ。うわー、大人の色気がすんごい。濡れたように潤む緑の瞳とぷるんと艶々な唇が軍神様を誘惑してる! だけど、軍神様は僅か眉を寄せるだけで特に反応を返していない。同性でお子様な桃子だってこんな風に誘われちゃったら、どきどきしちゃうと思うのに。心を鋼にする魔法でもかけてるのかなぁ?
「アデーナちゃん、その服装はエッチさぁ! 胸元をそんなに肌蹴ちゃダメさぁ!」
「レナトスったら昔から変わらないわねぇ。その初心な反応が懐かしいわ。それにしてもあなた達ずいぶんと暴れたみたいねぇ。こんな場所じゃ感動の再会には程遠いかしら?」
「忘れるところだったさぁ。こんなに壊しちゃったら人間が困るけんね、再生の神たる僕が全部直すさぁ! そーれっ、今回は特別に大盤振る舞いさぁ!!」
再生の神様が空中に浮かびあがって両手を水平に広げてクルクルと回転する。すると白い光が四方に飛んで行って触れた地面や壊れた木の柵が元の状態に戻り始める。まるでDVDを逆再生したみたい! でも、これならキルマも困らないね……あっ、見っけ! 鍛錬場と廊下につながる扉の前で団員さんと話してる。こんな大きな騒ぎになったんだから、誰かが知らせに走ったんだろうねぇ。本部の窓からもたくさんの顔が覗いてるもん。
空中から降りてきた再生神様は、ぱんっと手を打って満足そうに周囲を眺める。
「これで元通りさぁ」
「さすが再生神ね。あなたの力を見るのも久しぶりだけどやっぱり美しいわ。あたくし達が顔を合わせたのは何百年ぶりかしらね?」
「さぁなぁ。いちいち数えてる奴なんてこの場にいないだろ。ざっと数えて300年~500年くらいじゃねぇの? っていうかよガデス、お前が落とした雷にアタシまで当たりそうになっただろうが!」
「もとより当てるつもりで放った」
「なんでだよ!」
「我が加護者を巻き込んだ時点でそなたも同罪ぞ」
冷静な目を向けられて思わずたじろいた賭けの女神様は、気まり悪そうに武器として扱っていた首飾りを指でいじる。
「それは悪かったよ。あいつがランディルを手にかけようとしやがったから頭にきちまったんだ」
「謝罪は本人にしてもらおう。─モモ」
軍神様はワープでもしたように桃子の前に現れると、左腕に抱きあげられる。ぐぐんっと視界が高くなったね!
「だぁっ、止めろ!」
うん? すぐ近くで男の人の悲鳴が上がる。桃子が首を動かすと賭けの女神様がディーを片腕で立たせたまま抱き上げようとしていた。ええぇぇっ!? 気絶から目覚めたファングルもトーマに支えられてあんぐりと口を開いてる。周囲の視線がすんごいです。レリーナさんとジャックさんは桃子をなんか心配そうなハラハラ顔で見てるけど、神様が集合しちゃってるから口出ししかねてる様子だ。大丈夫だよー!
「照れるなよ、ランディル。怪我してるんだから無理せずアタシに任せな」
「照れてねぇし、ランディルって呼ぶんじゃねぇ! 普通に歩かせろや!」
「痛てぇんだろ? 大丈夫か?」
「あんたのせいで悪化しそうだ!!」
やっぱり神様だからちょっと人とは感覚が違うのかも。それともあれかなぁ? ディーのことを子供の時から知ってるからまだ幼く見えてるの? 立派な成人男性でルーガ騎士団の隊長さんなのにねぇ。……もしかして、私も大きくなっても片腕抱っこされちゃう? 桃子は軍神様を見上げた。すると、軍神様は桃子の左手を取ってうっすらと眉を寄せていた。あれ? 機嫌が悪そう?
「なぜこのようなものを……首にも痣があるが、モモは我がレナトスを探していた間なにをしていたのだ?」
「えっ!?」
慌てて首元のスカーフを確認すると、ファングルを止血しようと掴んだ時にずれちゃってたみたい。軍神様にも怒られちゃう……? 桃子がおどおどしていると軍神様はゆっくりと視線を上げた。
「首の痣のことは後で問いたださねばならぬな。……だが、我がより不快のはこちらよ。パサラ、そなたに聞くべきことがある。そなたは我との殺し合いが望みか?」
「はぁ!? なんのことだよ? そんなわけねぇだろ」
「ではこれはなんだ? なぜ我が加護者の手の甲にそなたの印がつけられている?」
「あっ!」
「バレちゃったわねぇ。だから止めなさいって言ったじゃないの」
「それも、これは正式なものではない。我に伝わらぬようにこのような小癪な真似をしたか」
軍神様が怒っているのは桃子の左手の紫の蝶のことだったようだ。手の甲に浮かぶそれは賭けの女神様との約束をした証である。軍神様は不快そうに目を眇めて、桃子の手の甲の上で親指と人差し指で挟んで引っ張るような仕草をした。するとどうだろう。まるでシールのように蝶がペリペリと剝がれていく。軍神様が蝶を空中に放るとそれは溶けるように消えてしまう。
「モモ、パサラになにか約束をさせられたな?」
「えっとあの……」
「い、言うな! ここでは言うな! アタシから後で説明するから!」
「信用ならん。我が加護者の口から聞く。──申せ。内容いかんによってはパサラを切る」
「ここは正直に話した方がいいさぁ!」
桃子は青ざめた賭けの女神様を見て、ディーがいるのに話していいものかと迷う。だけど、軍神様はとっても怒ってるみたいだし、困った。もごもごしていると、美の女神様が後押ししてくれた。
「言っておしまいなさい。パサラはここで2人に謝るべきなのだから」
「ぬがぁ……っ、こんなバレ方ってねぇだろぉ」
顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しいパサラ様は観念したように小さく唸っている。これは言うしかないみたい。桃子はせめてパサラ様が悪く思われないように、なるべく柔らかい表現を心がけることにした。
「パサラ様にはディーとのこじれちゃった関係を戻す協力をしてほしいってお願いされました。だけど、出来ることでいいって言ってくれたので、無理やりじゃないです!」
「ハァン、それでチビスケが加護者についてオレに聞いてきたわけか。オレはてっきりあんたには嫌われてるもんだと思っていたが……」
「それは違うぞ! その、呪ったことは悪かったと思ってる。ランディル、いや、ディーカルを加護者にしたくて意地になってたんだ。長い間、悪かった」
「じゃあ、オレの呪いは解けてるのか?」
「ああ、解けてる。死にかけるほどの大怪我をするなんて思ってもいなかったんだ」
「オレもさすがに今回ばかりは、この怪我があんたのせいならマジで恨もうと思ってたんだぜ。今回の任務にも行けなかったしな。けど、今となっちゃ過ぎたことだ。もういいぜ。これでお互いわだかまりはなしにしようや」
「ランディル……っ」
「だから、ディーカルだっつーの!」
ディーの男前な言葉に賭けの女神様は目を潤ませていた。仲直り出来たみたいでよかったねぇ! 問題は軍神様だけど……? 桃子が軍神様を見上げる前に、がばっと軍神様ごと抱擁された。逞しい胸元とすべすべなほっぺに挟まれたのーっ!
「モモ! お前が協力してくれたおかげだ! 本当にありがとな! それと騙して悪かった。ガデスに知られるとやっかいだと思って、お前の手の甲には約束の印を刻んだ振りをしただけなんだ。だから本来ならお前が約束を守る義理なんてなかったんだよ」
「むぎょっ」
「お礼をさせてくれ! ランディ、じゃなくて、ディーカルにも今までの詫びにとびっきりのいいものをやるよ!」
笑顔で桃子から離れた賭けの女神様は軍神様に怒られていたことも忘れた様子で、うきうきと空中に手を翳している。無言で眉間に皺を寄せている軍神様に、再生神様が困った顔で微笑む。
「ガデスくん、今回は許してあげちゃいかん? 長年のわだかまりが解けたとこに水を差すのは可哀想さぁ」
「……今回だけ、そなたとモモに免じて許そう」
不服そうではあるけれど、一応こちらも許してくれたみたい。トーマとファングルの仲も丸く収まったし、賭けの女神様とディーの関係も修復出来たみたい。すんごい怒涛の展開だったけど、これで2つは一件落着だね! 桃子は心の中で、解決済みというハンコをぽんっと押した。




