253、モモ、信じたい~壮観な光景は記憶と目に焼きつくもの~中編その三
「愚かな。人間の世を幾度かき乱そうともお前の望みは叶うことなし。我は悪しきものを粛清するのみ」
「言ってくれるね……っ。それならまずは、キミの可愛い加護者がボクの闇に堕ちる姿を見せてあげるよ!」
「…………っ!」
「モモ様!」
「オレが前に出ます!」
フィーニスの身体から黒い霧が噴き出して、桃子に向かって伸びてくる。レリーナさんが桃子を抱きしめながら背中で庇い、ジャックさんがその前に出て腰の剣を抜く。しかしそれは、三人に当たることはなかった。黒い霧はバルチョ様にくるくると回転しながら吸い込まれていったのだ。
「な……っ、人形ごときがオレの力を吸収した……っ!?」
「自分が誰を相手にしているのか、まだ気づかぬか? ──レナトスよ、いつまでその人形の中にいるつもりだ。姿を見せよ」
軍神様が呼び声に応えるように、バルチョ様から白く神々しい光が溢れて、空に上って行く。そうして現れたのは柔らかな美貌の男神だ。深い紫の髪に緑の瞳。額にはバンダナのように太い布を巻き、着物の丈を短くしたような衣装とズボンを履いている。その軍神様にレナトスと呼ばれた男神様は柔らかく笑うと、バルチョ様が桃子に向かってふわふわ飛んできた。
ジャックさんとレリーナさんが危険はないと判断したのかバルチョ様に前を譲ってくれる。腕の中に柔らかな身体がぽすんっと飛び込んできた。桃子は戻って来たバルチョ様をぎゅっとする。よかったよぅ! 中にいたのはおばけじゃなくて、神様だったんだね!
男神様は軍神様に向き直ると、親しげに笑いかけた。
「久しぶりさぁ、ガデスくん。弟がどえらい迷惑をかけたみたいで申し訳ないけん」
上品な微笑みからこてこての方言が飛び出したぁ!? かなりの衝撃を周囲に与えているけどそれに気づかないのか、神様達は普通に会話をしている。
「お前が消滅したとは信じ難く探していた。やはり生きていたか」
「嘘だ! オレは確かにあんたが消えるのを見たんだ! それなのに、どうしてだよ!?」
「再生神たる兄様を甘くみちゃいかんよ。いくら僕でも弟に殺されるほど弱くはないさぁ。消滅寸前に逃げて、君が去るまで岩影にひっそりと隠れてたけんね。しばらくは力の回復に時間をかけてたけど、たまたまこの国の第一王子が近くに来てくれたから、ちょっと身体にお邪魔して力を分けてもらってたさぁ」
ジュノ様が最近よくお腹が空くんだって言ってた理由はこれだったんだ! 男神様もとい、再生神様に力を少しずつ吸われちゃってたからセージが減るのをそう感じていたんだねぇ。私が前に勘違いしてた時と同じだ。
フィーニスが苛立つように両手を再生神様に向けて突き出す。
「いつもいつもオレの邪魔ばかりして! あんたのそういうところが昔から嫌いなんだよ!!」
黒い光が放たれる。しかし再生神様はそれを片手で簡単にいなして、柔和な顔を厳しく変えた。まだ説得する気なんだ。今は敵対してるっていっても相手は弟さんだもん。本当は諦めたくないんだろう。
「もうどれだけの歳月が過ぎたかわかるさぁ? 君が恨んで憎んだ人間も愛した人間ももういんのに、君のその感情はいつまでも朽ちることがないさ。気持ちはわかるけんが、今の世を生きる人間に災いを振りまいて回るのは子供の駄々と変わらないさぁ」
「黙れよ! 奪った側のあんた達に説教なんてされたくないね!」
黒い光を次々と放ち、黒い剣で切りかかっていくフィーニスに反撃を返すことなくただ避けるのみの再生神様に、軍神様は淡々と声をかける。
「言葉で諭すは限界ぞ。我はもう封印などという甘い対処はせぬ。ゆえに、我が粛清するかそなたの手で消滅させるか選べ」
「……仕方ないさぁ。弟の暴走を止められなかった僕の責任だけんね。最後は僕の手で消滅させてやるのが優しささぁ」
「オレが先にあんたを殺してやる!」
激昂したフィーニスが何度も黒い剣を手に襲いかかる。左手で黒い光を放ち、右手で剣を器用に扱っている。しかしその動きは少し前と違う。鈍く重いものだった。再生神様はそんな弟に悲しそうな表情を向けて、どこからか白い剣を取り出した。そして、初めて自分に向けられた切っ先を受け止めて振り払い、容赦なく追撃に白い光を放つ。それはフィーニスの左手に直撃した。白い煙が僅かに上がった。い、痛そう! 桃子はバルチョ様をぎゅっとして、周囲と共に緊張しながら神様同士の戦いを見守る。
「このぉっ! うあっ!?」
今度は右手に光の玉を当てられて黒い剣が飛ばされる。それを待っていたかのように、滑るような速さで空中を移動した再生神様がフィーニスの額を手で鷲掴みする。その身体からセージが溢れてバンダナや服の裾がゆるくはためく。
「僕の力はすべて返してもらうさぁ」
「や、止めろぉぉぉぉっ!!」
フィーニスが激しく抵抗するが、身体から噴き出した黒い霧がどんどん再生神様に吸収されていく。そして、全てを取り戻したのか再生神様が額から手を放すと、フィーニスは大きく肩で息をしながらよろよろと離れようとする。だが、それを再生神様は許さない。
「痛みはないさぁ。ゆっくりおやすみ」
天に向けて振り上げられた剣が勢いよく斜めに振り下ろされる。
「────兄上ぇっ!」
振り下ろされた瞬間、フィーニスが悲痛な声で叫んだ。その叫びに再生神様の剣先が大きくぶれた。次の瞬間、フィーニスがにやりと嗤ったのを桃子ははっきりと見た。その目が合うと声を出さずに口元が動く。そしてその姿が忽然と消え失せる。
「ああっ、してやられたさぁ!」
「そうなると思ってたぜ。あいっかわらず詰めの甘い男だな! せっかくアタシが譲ってやったのによぉ」
「レナトスを責めても状況は変わらぬ。狡猾さではあちらが上だったか。次があらば我が手で引導を渡すぞ。よいな?」
「邪魔はしないけん。ごめんさぁ、パサラちゃん、ガデスくん。何百年ぶりに呼ばれたから動揺しちゃったけん」
あっけない幕切れであった。周囲の空気が緩むのを感じながらも、桃子はほっと出来ずにいた。逃げる前にフィーニスがこちらに向かって『ま・た・ね』とゆっくり口を動かしたように見えたのだ。
嫌な余韻を払うように首を振った桃子は、目の前の神々の降臨という豪華な光景と、鍛錬場のあっちこっちからプスプスと燻された音がしてて細い煙が出てる様子の落差に、思わずキルマの顔を思い浮かべた。きっとこの光景を見たら頭を抱えるよねぇ。柵も破壊されちゃってるし、ルーガ騎士団本部の壁にも煤汚れや穴が開いてる。神様同士の魔法の応酬がどれだけ激しかったかは一目でわかる有様だ。
地面に神様達が下りてくると、今度は空から白い光が浮かれたようにふわふわ回りながらやってきた。それが弾けると軍神様の腕に美女が抱きついていた。美しい金髪にエメラルドの緑の瞳、お胸はメロン級の美の女神様の登場である。




