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252、モモ、信じたい~壮観な光景は記憶と目に焼きつくもの~中編その二

 ファングルの様子がおかしい。苦しそうに両手で頭を抑えている。フィーニスの支配が弱まって、正気に戻りかけているのだろうか。トーマが強く呼びかける。


「ファングル!」


「う、あああっ!!」


 大きく呻いたファングルの表情に、ぼんやりと重なる顔があった。くすんだ灰色の髪に金色の目。左耳に見えるのは、細い鎖と繋げられた涙形のピアス。フィーニスだ。その顔が嘲笑うように消えると、ファングルの手が不自然な動きでディーに突き出された。手の平に黒い光が凝縮していく。あれは、フィーニスの使う魔法!


「……ディーカル、たいちょう……にげて……」


 フィーニスに抗っているのか、ファングルの口が苦しそうに動いた。しかしその意思を嘲笑うように、黒い光が無数に放たれる。ディーは地面を飛んで避けていくけれど、その動きが突如乱れてしまう。


「ぐぅっ」


 ディーが痛みを堪えるように胸元を手で握りしめる。ずっと動き続けていたから、負傷した身体が悲鳴を上げたのだ。黒い光が一直線にディーに向かう! まさに身体を貫こうとした瞬間、激しい閃光が鍛錬場を包んだ。ハスキーな怒声がぐわんっと響く。


<アタシのランディルになにしやがる!>


 突如現れた褐色の肌のエキゾチックな美女は、ディーを貫こうとしていた黒い光をキラキラ光る鞭のようなもので弾く。その姿にディーは痛みも忘れた様子で唖然と呟く。


「あんたは、まさか賭けの女神か……!?」


「大きくなったな、ランディル。お前には謝らないといけないことがある。だが、こいつをぶっ殺す方が先だ!」


 カラリと笑った賭けの女神様が物騒なことを笑顔でおっしゃる。そしてフィーニスに向き直ると、怒りの籠った笑みを口元に乗せて、たっぷりと皮肉をまぶした口調で罵る。


「小賢しい真似をしてるじゃないか。復活したとは聞いていたが人間に憑依して悪事を働くとは堕ちたものだなクソガキ!」


 その挑発に乗るように、ファングルの身体から影がズルリと抜け出した。横に揺れた身体はまるで投げ捨てられた抜け殻のように地面に倒れ込む。


「おい、おいっ、大丈夫かファングル!」


 トーマが駆け寄って助け起こしているが、完全に意識を失っているようだ。脱力した身体は揺さぶられるがままになっている。抜け出した影はフィーニスの姿となって現れ、大仰な仕草で両手を広げた。


「歓迎してくれて嬉しいね。まさかこんなところであんたに会うとはね。随分とその男に肩入れしているようだけど、そいつはあんたの加護者ではないだろう? だったら、オレが殺したところで怒られる覚えはないなぁ」


「たとえ加護者じゃなくてもこいつはあたしの特別なんだ。気にいった人間を他の奴に害されるのは嫌いなんだよ。ガデスが手を下すまでもない。あたしの手で二度と復活出来ないように消滅させてやる! ──炎の精霊よ! 風の精霊よ! 混じり合って炎の輪となれ!!」


 賭けの女神様が右耳の近くで手を翳し精霊に呼びかけた。緑の光と赤い光がお互いにぶつかり合って炎の輪が手の平の上に発現する。女神様は凶悪に口端をつり上げて、大きく振り被って炎の輪をフィーニスに投げつけた。


「灰になれぇっ!」


「野蛮な女神様だ。でもオレは優しいから受けて立ってあげようじゃないか。ただし、死んじゃっても知らないよ?」


 フィーニスは冷えた微笑みを浮かべると、両手に黒い光を浮かべて次々と放っていく。回転する炎の輪と黒い光が激突して激しい爆発を生む。賭けの女神様がきらきらした武器──首元を飾っていた宝飾品──を鞭のようにしならせてフィーニスを狙う。黒い剣を生みだしたフィーニスは鞭を叩き落として空中に浮かびあがる。その後を追いかけていく賭けの女神。魔法と武器の激しい打ち合いが始まり、その爆風の煽りを受けた団員さん達からは悲鳴が上がっている。


「やべぇな。このままじゃ、ルーガ騎士団がぶっ飛ぶぞ……っ」


「賭けの女神様も怒りでフィーニスをやっつけることしか考えてないみたい。なんとかして止めないと……うひゃああっ!」


 ディーの言葉を聞いて桃子はジャックさんの腕から抜け出す。しかし、近くでドォンッと爆発音がして、地面が揺れた。その衝撃で地面に転がりそうになってしまう。レリーナさんとジャックさんが支えてくれるけど、立つことすら一苦労な状況だ。黒い光と炎の輪が流れ球のようにそこら中に飛んできているのだ。


「気をつけろ、こっちにまた飛んできてるぞ!」


「モモ様、こちらに!」


「モモちゃん、こっちに!」


 真っ直ぐに桃子の元に飛んできている中、両方に同時に呼ばれて桃子は混乱してしまった。レリーナさん? ジャックさん? どっちに逃げればいいの!? その時、桃子の腕の中から青白い光が飛び出した。


「バルチョ様!?」


 青い光の正体、それはバルチョ様であった。桃子達を守るように空中に現れたバルチョ様が強く輝くと、その前方に魔法陣が浮かび上がる。まるで巨大な楯のような魔法陣は黒い光も炎の輪も弾いてしまった。


<今よ、モモ。かの神をお呼びなさいな>


 突然聞こえた甘い女性の声に、混乱していた桃子の思考は一気にクリアになった。神様同士の争いを止められるのはきっと同じ神様だけだよね! 桃子は大きく息を吸うと、届いて! と願いながら空に向かって呼びかけた。


「軍神ガデス様ぁぁぁぁ────っ!!」


 空から雷が眩い閃光とバリバリバリッてすんごい音を立てながら落ちてくる。それは賭けの女神様とフィーニスの間を引き裂いた。光の中からベレー帽に軍服を身に纏った軍神様が現れる。金色の髪の間から覗く赤い目がバルチョ様に守られた桃子を見て一瞬だけ細められ、それはフィーニスへと向けられた。





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