251、モモ、信じたい~壮観な光景は記憶と目に焼きつくもの~中編
「チビスケ、止める方法に見当はついてるのか!?」
「う、うんっ! それにはトーマの協力が必要なの!」
「わかった。このまま突っ込むぜ! 身体を丸めて口を閉じてろよ! ──前を開けろ」
ディーは怒鳴るように叫んで、激しい剣戟が鳴り響いている鍛錬場に桃子ごと飛び込んだ。隊長の号令の強さに身体が反応したのか、団員さん達がディーの先を開いてくれる。
「ディーカル隊長、使ってください!」
その中に4番隊団員のお兄さんもいたようで、すれ違いざまに自分の剣を投げて寄越す。左手で受け取ったディーは、歯で皮の鞘を銜えて引っ張り捨てて抜き身の剣を前に構える。そして、ぎりぎりと音を立てて切り結ぶ2つの剣の間を突くように下から切り上げた。2つの剣先が上に跳ねて、ファングルがたたらを踏む。その腹部めがけてディーが続けざまに強烈な蹴りを放つ。
「目を覚ましやがれ!」
「がはぁっ」
ファングルは苦しそうに息を吐きながら勢いに押されたようにズザザザアッと土煙りを上げて後退する。しかしすぐに勢いは殺がれ、俯いたまま身体が止まった。ファングルは、乱れた髪の間から血走った目でディーを睨み据えてくる。憎しみと怒りで濁った瞳は周囲の人間全てを恨むように欝々と光っていた。あの底抜けに明るかったファングルとはまるで別人のような形相だ。恐ろしさに固まる桃子を地面に下ろして、ディーは大きく息を吐く。
「はぁっ、全力で蹴りを入れたのに平然としてやがる。あっちは痛覚が鈍ってるみてぇだな。おいっ、トーマ! あいつはお前の友達だって聞いたぞ。なにがあってあんなことになってんだ!?」
「はっ、こっちが聞きたいねっ! 鍛錬場に入ってきた時から、俯いてて様子がおかしかったから声をかけたんだ。そうしたら、あいつがいきなり実践用の剣を抜いて襲って来たんだよ!」
トーマは薄く切られた左腕を押さえて目を尖らせていた。しかし動揺しているのは噛みしめられた唇から伝わってくる。拒絶していたとはいえ、いきなり友人に攻撃されたのだ。それだけの怪我で済んでいるのだから、むしろすごい。隊長さんだから出来たことなのかもしれない。
「なにを言ってたか聞き取れた奴はいるか!?」
「オ、オレが聞きました! あいつ『オレなんていらない存在なんだ』って、言ってました!」
緩く輪を作る人垣の中から焦ったように答えが返る。よく見れば、そのお兄さんはあの時トーマと揉めていた団員の一人だ。近くには、団服の胸元を切り裂かれたお姉さんが仲間に支えられている。彼等は一様に表情を強張らせているがけして逃げだそうとはしない。この場の指揮官となっているディーの指示を待っているようだ。
ディーは団員のお兄さんの言葉を聞くと考えるように目を眇めて、桃子に視線を向けてくる。
「どういう意味かわかるか?」
「うん、わかるよ。──トーマ、お願い。ファングルに本当のことを伝えてあげて! そうしないとファングルはフィーニスの見せた悪夢から逃れられないよ」
「────っ」
トーマが黙り込むのと、ファングルが左足に添わせるように剣を低く構えたのは同時だった。そして、ファングルはその態勢のまま走り出す。素早い! 距離を詰めて親友だけを剣が狙う。
「……なにもかも……全部……壊すんだ……」
暗く淀んだ声が呪いのように落ちてくる。下から降り上げられた剣先が翻って胴を狙う。その速さにトーマの反応が遅れる。切られちゃう! 桃子が叫びそうになった瞬間、ディーがトーマの前に出てファングルの凶剣を受け止める。剣と剣がぶつかり合うガキンッと鈍い音が耳に届く。背中にトーマと桃子を守ったディーは振り向かないまま苦い声で怒鳴る。
「トーマ、オレがこいつを抑えている間に腹を決めろっ! これ以上は手加減出来ねぇぞ!」
ディーの呼吸が荒い。首筋に汗が滲んでいる。もしかしたら冷や汗の部類なのかもしれない。散歩する許可は出たとはいえ、まだ完治してはいないのだから、相当の無理をしているはずだ。正気を失ったファングルの剣がじりじりとディーの剣を押し返していく。このままじゃ、ディーが怪我をしちゃうよ! 桃子はいても立ってもいられずに、トーマに飛びついた。
「相手の為だとしても、誤解されて傷つけちゃってたら意味がないよ! 今動かないと、本当のことを今この瞬間に伝えないと、取り返しがつかなくなっちゃう!」
必死だった。ファングルがこれ以上の暴走を続けたら、仮に正気に戻ったとしても心に大きな傷を残すことになってしまう。それに、ただでさえ怪我を負ってるディーの身も危ない。桃子は泣きそうになりながら言い募った。ファングルに伝えてくれるまで放さないもんっと決意してぎゅうっと両手に力を入れていると、頭の上でトーマが深く息を吸った。
「……そうだよな。こんな状況で意地を張ってても意味はないよな」
「トーマ?」
桃子は涙を滲ませてトーマを見上げると、頭をぽんっと叩かれた。力が抜けたように苦笑すると、表情を引き締めてトーマは顔を前に向ける。そして大声で叫ぶ。
「──ファングル、よく聞けよ! オレもお前を親友だと思ってる! お前を遠ざけたのは、オレに関わると無関係なお前まで2隊のいざこざに巻き込んでしまうと思ったからだよ!!」
トーマの本音がファングルの心を揺らしたのだろうか。大きく目を見開いた彼の手から力が抜けたのか、ディーが剣を押しのけて、ファングルの顎を跳ね上げた。桃子はそこから血が噴き出ることを想像して、大慌てで首元のスカーフを握りながら止血しようと駆け出す。
「こぉら! あんなとこに行っちゃいけません!」
「でも、ファングルが!」
「ご安心を、モモ様。あれは鍛錬用の剣ですから切れません」
けれど、後ろからジャックさんの腕にしっかりと捕縛されてしまう。いつの間にか追いついていた2人は桃子を捕まえるタイミングを見計らっていたようだ。じたばたしていると、レリーナさんが宥めるように教えてくれた。桃子は驚いて視線を動かす。ファングルは吹き飛ばされたものの大きくふらついただけで、血を出すこともなく踏みとどまっていた。桃子はジャックさんの腕の中で脱力する。はぁぁっ、心臓が飛び出しちゃうかと思ったよぅ!!




