248、モモ、諭される~頑張って失敗してしょんぼり落ち込んで、それでも今度こそって思うよ~中編
「アニタの愚行を聞いて飛んできたぞ! こんな痣をつけられて可哀想に。主治医、この子の怪我の具合はどうなんだ!?」
「少しばかり喉を痛めておいでですが、それ以外は問題ございませんぞ。声が掠れていらっしゃいますので、加護者様には3日ほど会話を控えて頂くようにお願いいたしました」
「そうか、その程度で済んで幸いだ。御苦労だったな、そなたはもう下がっていい」
「労いのお言葉をいただこうとは真に恐縮でございますぞ。それでは、わしは失礼させていただきます。──モモ様、3日後にもう一度診断いたしますが、それまでにどこか痛むところや違和感が出ました時は必ずお呼び下され」
「ん!」
王妃様の腕の中から、はいっ! の表現に上げた手を今度はふりふりして、おじいちゃん先生が扉の外に出るまで見送る。その間に王妃様は桃子を椅子に戻して、おじいちゃん先生が座っていた椅子に自分も腰を落ち着ける。そうして、腹立たしそうに目をつり上げて腕を組んだ。
「まったく、アニタめ。幼い子にこんな酷い仕打ちをするとは許せん! それに、加護者がこんな目に遭ったとなればこの国が神の怒りに触れることになるかもしれないんだぞ。側室ならば、それくらいのことは知っていように」
「……んん!?」
「驚くことはなかろう? モモは軍神の加護者なんだ。たとえ神がその重罪を許したとしても、バルクライがこの事態を知ればどれほど怒るか……」
「……む!」
桃子は自分を指差して頭を下げて見せた。バル様には私が謝ります! って表現したつもりだけど、伝わったかな? 王妃様が首を傾げたのを見て、以心伝心のレベルが上限を突破したレリーナさんが通訳してくれる。
「王妃様、おそらくモモ様はご自分にも原因があるとおっしゃりたいのでは? だからご自身がバルクライ様に謝罪なさると」
「……ん!」
そうなの! と、何度も大きく頷いていると、王妃様は顎に指をかけて顔を顰めた。
「バルクライと二人だけの時に頭を下げる分には問題ないが、王がアニタを裁くような公式の場では誰が相手でも頭を下げてはいかん。そんなことをすればモモにも非があることを認めることになってしまう。少しでも隙を見せれば、アニタの父親が自分の地位を守るために責任を押し付けようとしてくるぞ」
心がざりっとした。……王様がアニタ様を裁くんだね。酷い目にはあったけど、娘の危機にさえも自分を守ることを優先すると言われたアニタ様のお父さんに、アニタ様はなにを思うんだろう。あの悲痛な叫びを思い出して、桃子は胸が痛くなった。
されたことを忘れたわけじゃないし、許されることでもないんだと思う。だけど、誰にも見てもらえなかったと泣いたアニタ様を思い出すと、苦しくなる。だって、その痛みは私も知ってるもん。寂しくて、誰かに傍に居てほしい、自分を見てほしいって気持ちは、一人ぼっちだった桃子自身を思い出させるものだった。
「裁きってのは、バルクライ様がお帰りになってからですよね? 王妃様、いったい王様はアニタ様をどうなさるおつもりなんですか? 場合によっては、こちらも手を打つ必要がありそうですが」
ジャックさんが頭を掻きながら困ったように尋ねると、王妃様は皮肉そうに唇をくっと上げてみせる。
「その心配は無用だ。ラルンダのことだ、甘い裁きにはすまいよ。この機を使って邪魔者を排除に向かうだろう。自分の娘を側室にしたマーズ公爵は随分と好き勝手していると聞くからな。アニタへの厳しい追及は必ず行われる。王の側室が加護者を害したという事実が目の前にあるんだ。もはや逃れられはせん」
「それではマーズ公爵から接触される可能性がございますね。……モモ様、私から一つご提案がございます。お声を取り戻されるまでお部屋に籠りませんか? モモ様の受け答えがご不自由であられると、接触者が都合のいいように話しをでっち上げるかもしれません」
「私もそうすべきだと思うぞ。ラルンダからモモの警備を増強するように命は下るだろうが、それだけで万全とは言えんからな。本来なら、神殿の神官に光魔法で治してもらうべきことなんだが、側室が加護者を害したなんてこんなことが外に漏れれば大問題だ。それに、その痣は証拠として必要だ」
「お二人はそうおっしゃっているけど、モモちゃんはどうしたい? そうだなぁ、もし部屋に籠るっていうなら、その間はモモちゃんがしたいことに付き合うぞ。トランプでも絵本でもなんでもいいぜ」
「……う!」
ジャックさんの魅力的な誘い文句に、桃子は飛び付くような速さで頷いた。三日と言わず、一週間でも引き籠っていられちゃうかも! 心の中で五歳児も両手を上下させて小躍りを披露している。テンション上がってるかーい? いえーいっ! そんな返事が返ってきた気がした。ついつい五歳児につられて喜んでいると、閉ざされている扉から規則正しいノック音がした。




