247、モモ、諭される~頑張って失敗してしょんぼり落ち込んで、それでも今度こそって思うよ~前編
「首に急な圧迫をかけられたために喉を傷められましたな。しかし、心配はいりませんぞ。わしの見立てでは、声は二、三日で、痣も一週間ほどで元に戻りましょう」
「ありが……けほんっ」
「おおっ、ご無理はなさいますな。こんな年寄りにも礼を言って下さるとは、加護者様はまことに良きお方じゃの! わしは感激しましたぞ。バルクライ殿下がお帰りになられる前に治してしまいましょうな。その為にも、2、3日の間はなるべく喉を使われませんように」
「……ん!」
桃子はお客様用の一室で、お城の専属医に診断を受けていた。白いもじゃもじゃお髭が似合う高齢なおじいちゃん先生に優しい口調でそう言われ、桃子は声を押さえて頷くことで答えた。お部屋にあった手鏡で確認すると、首元にはアニタ様に手で絞められた痕がくっきりと残されていた。
こんな痣を帰ってくるバル様には見せたくない。きっと心配して眉間に皺を寄せちゃうもん。診断結果を一緒に聞いてくれていたレリーナさんとジャックさんは安心した様子でほっと表情を崩す。
「大事に至らずようございました。突然、モモ様のお部屋が揺れるほどの大きな音がした時はいったいなに事が起こったのかと」
「ごめ──」
「あーっ、ダメですって! しゃべると治りが遅くなると言われていたでしょう? 大丈夫、言わなくてもわかりますよ。オレ達を遠ざけたのにはなにか大きな理由があったんですよね? けれど、それは本当にモモ様がする必要があることでしたか?」
「ジャック! モモ様に言い過ぎよ」
「いいや、レリーナさん。これは言わないといけないことだ。──モモ様のことだから、多少危険があってもバルクライ様の役に立てるのならと思ったんじゃないですか? 人のことを優先して考えられるのはモモ様のいいところです。ですが、人のことばかりじゃいけませんよ。こんな痛々しい痕までつけられて……オレ達が部屋の外でどれだけ心配していたかわかりますか?」
「…………」
レリーナさんに対しての敬語を外したジャックさんに真剣に問いかけられて、桃子は小さく頷いた。証拠も根拠もないのにアニタ様の言葉を信じて、迂闊にも自分から罠に飛び込んでしまった。結果的にはバル様達の助けになればと起こした行動が、大きな騒ぎを引き起こしたのである。……これは怒られても当然だよね。桃子はしょんぼりと項垂れるしかない。
すっかり萎れていると、パンッと軽い音がした。音に反応してはっと顔を上げると、ジャックさんが両手を合わせてにっかりしていた。
「はい、オレからのお説教はお終い! お次はレリーナさん、どうぞ」
「ふふっ、ジャックが全て言いましたから、私からはお願いを申し上げさせていただきます。危険な時こそ私達を巻き込んでくださいませ。モモ様にどこまでもお供いたします」
「…………ん!」
桃子は迷いながらも、レリーナさんとジャックさんの強い目に負けて、右手をびしっと上げて、はいっ!と示す。声を出せないからせめて身体で表現します! 柔らかく目を細める二人に桃子は、ありがとう! って気持ちを込める。伝われーっ! 心の中で五歳児が両手を前に突き出す。以心伝心の魔法を使ってるつもりなんだね!
「ううっ、なんとっ、加護者様は主思いの部下をお持ちですなぁ。主従関係の美しさにわしの中で感動の嵐が……っ」
おじいちゃん先生がほろほろと涙を零している。白いお髭も濡れちゃてるし、桃子はドレスのポケットに入れていたお高そうな手巾を取り出して、おじいちゃん先生に差し出した。これもレリーナさんが準備してくれたんだよ! こういう使い方をするとは思ってなかったけど、涙を拭いてね! そう思っていたのに、なぜかさらに泣かれてしまった。なんで!?
「おおおっ、どこまでもお優しい! わしの無愛想な孫息子に爪の垢でも飲ませてやりたいわい。加護者様、その手巾を汚すのはあまりにもったいないので受け取れませんが、お気持ちだけは、お気持ちだけはっ、受け取らせていただきますので」
力強く繰り返したおじいちゃん先生は自分の服の胸元からよれよれの白い手巾を取り出して涙を拭う。お城の主治医ってことはすんごく優秀なお医者さんのはずだけど、感激屋さんなのかなぁ? そんなことを思いながら差し出していた手巾をドレスに戻していると、バーンッと廊下側の扉が乱暴に開いて本日も凛々しい男装姿の王妃様が飛び込んできた。
「モモは無事か!?」
執務中に知らせを受けたのか、王妃様の指は少しインクで汚れていた。王妃様は椅子に座った桃子を見つけると、勢いよく抱きしめてくる。ボ、ボタンが痛いっ! ボタンの位置がちょうど桃子の頬に当たってぐりぐりしてる。大きなお胸とボタンに頬を押しつぶされて、桃子はうぎゅっうぎゅっと小さく声を漏らす。




