245、モモ、直感する~試練を乗り越えると一回り大きくなれるって本当かなぁ?~中編
「私の誘いに応じてくれたことを嬉しく思う。どうぞこちらに」
「お招き頂いて光栄です。加護者様とはゆっくりとお話したいと思っていましたの」
アニタ様の口端だけの微笑みに寒気がした。その目は暗く濁り、血の気の失せた顔色は病的にさえ見える。前に会った時とは明らかに様子が違う。この短期間になにがあったのかな……? 桃子は怪訝に思いながらも、ベッド脇にセッティングされたテーブルにアニタ様を招く。
メイドさん達がお茶の用意に動き出した。レリーナさん達は部屋の隅に控えながら、目を向けないまでもこちらの様子は追っているはずだ。桃子は落ち着いた口調を意識しながら、ゆっくりと話す。
「アニタ様はユバ地方で育ったそうだな。本日の紅茶はそれにちなみユバ産の紅茶を用意した。お好きな味だといいんだが」
メイドさんが温かな湯気が出ている紅茶とお菓子を 台車に乗せて運んで来てくれる。音を立てないように差し出された大小のカップを満たす紅茶からは、ほんのりとミントのような清涼感のある香りが漂う。精神的に不安定だというアニタ様に落ち着いてもらおうと、メイドさんに縁のありそうな紅茶を調べてもらったのだ。
「……懐かしい。わたくしが屋敷でよく飲んでいた紅茶ですわ。口にするのは王様に嫁いで以来のことです」
「入手に苦労したとは聞かなかったが?」
側室のアニタ様なら望めばいくらでも手に入れられたはずだ。それをしなかったのはどうしてだろう? 桃子は加護者様モードでなるべく端的にその理由を尋ねた。煙が出そうなほど頭を使ってお話してるから疲れるよぅ。普通に、なんでですかー? って、聞きたいとこだけど、ここは我慢っ!
「嫁いだ日より今日まで、わたくしには故郷を思う暇などございませんでしたので」
「そうか。あなたは側室として努力してこられたのだな。ならば今くらいはゆるりと過ごされるといい」
「お優しい加護者様……でしたら、わたくしから一つお願いがございます。使用人達をこの部屋から下げてはくださいませんか?」
細い声で願うアニタ様に桃子は内心どきりとした。その緊張を悟らせないように表情だけはコンクリートで固めたようにぴくりとも動かさない。滑らかに返答を返す。
「なぜ? あの者達は幼い身のわたしを手助けする為にこの部屋にいるのだ。あなたにはなんの害もないはずだが?」
「モモ様ともっと深いお話をしたいのです。──王妃様と、バルクライ殿下にもご関係のある大事なお話ですから、人の目があると出来かねます──わたくしのお願いをどうかお聞き入れくださいませ」
王妃様とバル様という大事な人達のことを耳打ちされて、心の中に迷いが浮かぶ。罠かもしれないことはわかってるけど、もしアニタ様がバル様達にとって重要ななにかを握っているのなら、それを知らないままでいるのは後になって困ったことになるかもしれない。桃子は僅かな沈黙の間にそう判断すると、部屋の中をぐるりと見回す。今から無茶を言うけど許して! って心の中で謝りながらレリーナさん達に命じる。
「みんな、少しの間下がれ」
「いけません、モモ様! 側室様に失礼のないように努めるのが私達の務めでございます。どうぞ、ご命令をご撤回ください」
真っ先にレリーナさんが止めてきた。建前上はアニタ様のことも気にかけているように見せているけど、部屋の中に2人きりなんて危ないですよ! って、目で伝えてくる。ジャックさんやメイドさん達から向けられる視線の種類も、桃子をものすごく心配しているのがわかった。本当にごめんね! って思うけど、アニタ様から話を聞き出さないと。これは今この場で桃子にしか出来ないことだった。迷いを心の奥に押しやって、桃子は重ねて強く命じた。
「下がれ!」
「……わかりました。では、少しの間だけ退室いたします。お部屋の前で待機しますので、お話が終わりましたらお呼びください」
桃子はその機転に拍手を送りたくなった。レリーナさんは部屋の前で待つと告げることで、アニタ様を牽制したのだ。しかも外には護衛騎士のお兄さん達もいるのだから、守りは固いと印象付けも出来たはず。この状況ならば、おかしなことはしないだろう。レリーナさんは頭がいいね!
一礼して退室していくレリーナさん達を見送ると、アニタ様がゆっくりと椅子から立ち上がった。心持ち身構えて様子を伺っていると、不気味に思えるほどそれは嬉しそうに微笑みながら桃子の傍にやってくる。そして、いきなり抱きしめられた。突然のことに桃子は息を飲んで硬直するしかない。
「あなたはナイルではなく、わたくしの味方になってくれると思っていたわ。だってこんなにもベリンダのドレスが似合うのだから……」
「ひ……っ!?」
それってアニタ様の嫁いだ娘さんのこと!? 強い力で抱きしめられて抵抗が出来ない。息が出来なくなりそうだ。そんな桃子に気づかないのか、アニタ様は独り言のように話し続ける。
「モモ、わたくしの子になってちょうだい。ナイルとあの薄汚い女の息子は、わたくしの可愛い王子を毒殺して、王様の関心を奪っていった非道の者達なのよ! 王様ははやり病のせいだとおっしゃったけれど、そんなはずがないわ! きっと裏であの者達が手を引いていたのよ!!」
ヒステリックな声の乱れに桃子は混乱しながらも、必死に否定する。




